鉢合わせ
六人は一旦話を終えると、部室を出て教室に向かうことにした。二階に上る階段の前で、六人の足が揃って同時に止まった。同じ階段を上から降りてきた特徴的な容姿の生徒とちょうど出くわしたのだ。
いち早くコウがその生徒に近寄っていく。相手は金髪の転校生である。
「ちょっと、コウ──」
櫻子がすかさず呼び止めた。
「大丈夫だ。何もしないから。ただ、挨拶をするだけだよ」
そうは言っているが、コウの目はギラギラと好戦的な輝きを放っていた。
「ちょっとアリス、このままコウを放っておいていいの?」
「そう言われても、今のコウはどうやっても止めようがないからね……」
アリスは左右に首を小さく振った。ミユが見たという金髪の話を聞いたコウは、俄然やる気が漲ってしまって、アリスの止める声などとても聞きそうに見えない。
「アリス、あんた部長でしょう? こういうときにガツンと言わなくて、いつ言うの?」
普段はコウと言い合いばかりしている櫻子だが、内心ではコウのことを心配しているのが、その言葉から察せられた。
「櫻子、ちょっと待って」
のどかがコウの後を追おうとした櫻子を手で止めた。
「ちょっと、のどか。なんで止めるの?」
「ちょうどいいかもしれない。ここで多少の挑発でもして、彼の出方を窺うのも手かもしれないわ」
倶楽部イチの慎重派ののどかが意外な言葉を発した。
「えっ? のどかまで何言ってんの? コウを止めないと──」
「コウがちょっかいを出したところで、彼は間違っても簡単に尻尾を見せることはないだろうけど、彼の本当の顔を少しでも見られることが出来れば、それはそれで上出来でしょ?」
「いや、のどかの言い分も、分からないではないけどさ──」
「櫻子、安心しろって。もしもコウが行き過ぎた行動に出たら、そのときはおれが力尽くで止めるからさ。それに相手の方だって、校内で派手なことはしてこないだろうしな」
京也はすでにいつでも動ける体勢をとっている。力だけでいえば、コウ以上の腕力の持ち主である。コウが小競り合いを始めても、京也ならば止めることが出来るだろう。
「──もう、二人がそこまで強く言うのならば、アタシも黙って見守ることにするけど……」
それでもまだ心配なのか、櫻子はコウの背中をじっと見つめている。
コウが階段を降りてくる生徒の目の前に立った。完全に前方を塞いだ形である。
その生徒はコウの様子を見るなり、困ったなという風に顔をしかめてみせた。もっとも、表情ほど困っている風には感じられない。むしろ、困っている風を装っている感じに見えなくもない。いずれにしろ、二人の間にはすでに緊迫した空気が出来上がりつつあった。
「──ボクに何か用ですか?」
その生徒──優希が慇懃無礼な口調で言った。
「用なんかねえよ。ただ、お前の顔が見たくてな」
すでにケンカ腰のコウである。
「悪いけど、ボクは男と顔を見合わせる趣味はないので」
優希の物腰は柔らかかったが、明らかにコウのことを挑発してきていた。
「けっ、勝手にほざいていやがれ!」
コウの右のこめかみがピクリと危険な動きを示した。拳はすでに強く握り締められている。些細なきっかけひとつで、簡単に拳が繰り出される雰囲気が満ちていた。
「オレが見たかったのは、お前の腹を空かせた顔だよ。そういえば、朝から随分と足元がフラついてんじゃねえのか? ああ、それも当然だよな。なにせ昨日、せっかくの『ご馳走』に有り付けなかったんだからな!」
「うん? 『ご馳走』……? ふふふ、なるほど。あなたはそういう見方をしているんですね。それでわざわざ朝から、こうしてボクにちょっかいを掛けてきたというわけですか」
優希が合点がいったという風に頷いた。その立ち振る舞いには依然として余裕が感じられる。
「まあ、あなたがどうしてそのような愚かな解答にたどりついたのか知りませんが、ひとつだけボクからアドバイスをしますよ。──もう少し人間を見る観察眼を養った方がいいみたいですね」
「はあ? なんだと!」
コウの怒りゲージが一気に吹っ切れたらしい。優希に詰め寄ると、昨日と同じように優希の制服の胸倉を荒っぽく掴んだ。
「そっちこそ、いつまでもくだらないことをホザいていられると思うなよ! お前の正体はとっくにバレているんだからな!」
今にも手が出そうな雰囲気だった。
「コウ、そのへんでもういいだろう。そろそろ授業が始まるぞ」
コウと優希の間に不穏な緊迫感が立ち上ったのを察して、京也が絶妙なタイミングで二人の間に割って入った。
「次に会うときまでに、お友達に少し礼儀を教えておいてください」
優希は嫌味っぽく言うと、足早に廊下を去っていった。
「くそっ! 絶対にあの野郎の正体を暴いてやるからな!」
コウが遠ざかる優希の背中に向かって吐き捨てた。
「ほら、コウ。もういいでしょ。アタシたちは教室に向かうわよ」
まだ怒りが収まらない様子のコウのことを櫻子が教室へと連れて行く。
「──でも、なんで優希くんはあんなに自信たっぷりな態度を崩さないんだろうなあ? ひょっとしたら、何か裏でもあるのかな?」
一番後ろで事の成り行きをぼーっと見守っていたさきが、ぼそりと小さな声でつぶやいた。相変わらず『朝に弱い』為、これが今日最初に発した言葉だったが、とても重要なポイントを突いていた。
しかし残念ながら、さきのつぶやき声がアリスたちの耳に届くことはなかった──。




