八
霧のかかった記憶の向こう。はっきり分かるのは、黒髪の弟とそこがどこかいうことだけだ。
そこは華氷の邸でも、黒基の城でもない。もっと昔に暮らしていた邸。
あれはいつだったか。戦国と呼ばれた時代の最中、それでも灰老は中立を貫いて、平穏だったころ。
黒髪の弟はまだ五歳。初めて会ったのも、つい数日前。
庭で遊んでいて、鞠を池に落としてしまった。柊へ向けて蹴ったはずなのに、狙いが外れたのだ。桜が描かれた鞠は、母が弟と会う日のためにと用意していたものだった。
「だから無理に取らなくても、だれか呼んでくるって言ったのに」
弟の髪を後ろから手ぬぐいで拭いてやりながら、しょぼんと肩を落とす様を見ては微笑む。
「はい……ごめんなさい」
「分かればよろしい」
池は決して深いものじゃない。けれど、むやみに近づいて足を滑らせたら危険だからと、母も家人たちからも言われていた。だから弟にはそこで待っていろと言って、人を呼びにいき戻ってみたら溺れかけていた。これには家人も母も大慌てだった記憶がある。風呂を沸かし、濡れた衣は着替えさせた。
あとは髪を乾かすだけだ。
最初は襖のそばからそっと覗くと、家人に小言を言われながら下を向いている弟が見えた。それがなんとなく可哀そうになり、家人に代わって弟の髪を拭いている。
他の兄弟とは会ったことがない。だからこうして、だれかの髪を拭くのも初めてで、加減が分からず時折抗議を受ける。
「い、いたいよ。あにうえ」
「ごめん、朔夜。でも言うこと聞かなかったんだから、おあいこだよ」
黒水晶のような瞳が、不満そうにこちらを見あげる。
手櫛で簡単に整えると、ぽんぽんっと頭を撫でた。あとは自然乾燥だ。季節はもうすぐ夏。陽射しもきつく、吹く風も暖かい。ちゃんと水気を拭きとっておけば、風邪をひくこともない。
「朔夜、柊、髪は拭けましたか?」
縁側から顔を出したのは母だ。柊と同じ茶髪の女性。顔はよく思い出せない。けれど、彼女が実の母だと、それだけは思い出せる。
「はい、母上。このくらいで大丈夫でしょうか?」
「おばうえ、ごめんなさい」
女性の元に駆け寄って、朔夜はぺこりと頭をさげる。
女性も柊と同様に朔夜の頭を撫でた。
「もういいのよ、私が差しあげたものを大切にしようと思ってのことですもの。分かってくれたなら、怒ってないわ。さあ、菓子を用意しました。皆でいただきましょう」
その言葉に柊と朔夜は、満面の笑みで頷いた。
その夜、聞いてしまった。たまたま灯りがついていたから、両親が起きているのかと思って。
「今さら、あの子を引き取りたいと言うのですか。今まで会わせようとすらしなかったではありませんか」
「朔夜に歳の近い子も他にない。柊に懐いているようだし、城で暮らせるならそれがあの子ためだろう。それに私だって、今まで黙っていたわけじゃない。幾度となく引き取りたいと城でも話した。正室はあの通りの気質だ、反対するわけもない。だがそれだけでは通らぬのだ」
「まだたった数日ですが、あの子は弟に会えたことを喜んでいます。自分から面倒すら見たがっています。それはよく分かる、けれど今になって、私に我が子を手放せと仰るのですか!」
母は声を荒げ、捲くし立てる。
何を話しているのか分からなかった。何のことか、まったく見当もつかない。
母が違う兄弟がいることは、ずっと言われ続けていた。だから、そういうものなのだと思っていた。初めて弟に会えると知った時は嬉しかったし、追ってくる小さな影が好きにもなれた。
父とは何度も会っている。時折、この邸を訪れては、よく土産をくれたり稽古の相手をしてくれた。
そっと障子を開け、柊は問いかける。
「……父上、母上。どういうことですか?」
「柊……! 聞いていたのか……」
父が嘆息する。
――僕はここを離れることになるのか。母上のそばから離れることになるのか。
二人の顔がどうしてか、はっきり思い出せない。
「今の話、聞いていましたね?」
母は声が少し震えつつも、手招きをしている。それに頷いて、母のそばに座った。
優しくて細い指が頭を撫でてくる。
「どうする気だ?」
「決まっています。ここまで聞かれて知らぬ振りをしたところで、いっそうこの子を苦しめるだけ。ですから、柊に決めてもらうのです」
「まだ八歳だぞ、そんな……っ」
「この子が自分で決めたなら、私は止めません。決めたことを後悔していないなら、何年私の元を離れていようと構いません」
いい話ではないと分かった。そして、多分この優しい母のそばを離れるかどうかの選択であることも。
じっと神妙な顔をして、柊は続きを待つ。
「父上はあなたに城で生活してほしいと言っています。けど私は一緒に行けない。朔夜はあなたを兄と慕っているし、あなたも朔夜を可愛がっている。城に行けば、朔夜とずっと遊んだり、一緒に寝たり菓子を食べたり。いろんなことができるでしょう。柊、城へ行きたいですか? 城へ行けば、母とは時折しか会えなくなる。あなたが選んだなら、母はそれに従いましょう」
弟と様々なことができる、それはとても素敵だと思った。
行ったこともない場所へ、知らないものを二人で覚えて、二人で練習して。
でも優しくて温かな母のそばを離れるのも嫌だ。
だって、僕がいなくなれば母上はひとりになってしまう。だからせめて、僕が母上の面倒みれるようになるまで一緒にいたい。
「邸に残れば、朔夜とは……もう会えなくなるのですか?」
「――いいや、おまえが元服して城勤めをするようになれば、また会えるだろう」
その父の言葉に、柊は俯いた。膝に置いた両手にぎゅっと力を込める。
朔夜とはまた会える。ニ、三年向こうにはなるけど、元服して城勤めをするようになれば、また。
柊は顔をあげ、父を見あげる。
「父上、ごめんなさい。僕はもう少し、母上のそばにいます。元服して、お城で働くようになるまで」
ふわりとお日様のような匂いに包まれる。気づけば母に引き寄せられ、抱きしめられていた。
母の肩が震えているのに気づく。
やっぱり、寂しいんだ。ひとりになるのは。
どれだけ昔から仕えてくれている家人がいても、食べ物に困らない生活でも、心が独りになってしまう。
「分かった……おまえがそう言うなら」
父は深く嘆息した。
さらに数日が経った。朔夜が城へ帰る日の前日になって、風邪をひいてしまった。熱を出して寝込んでしまい、これでは帰る日を伸ばさざるをえない。とはいえ、仕事がある父は先に城へ帰っていった。
井戸から組んできた水を張った桶に、手ぬぐいをつけ、ぎゅうと絞ると朔夜の額に乗せる。
「あにうえ……ありがとう、ございます」
「寝てなきゃだめだよ。母上も、季節の変わり目だから、って言ってたし」
朔夜は熱があるため、頬は紅潮して呼吸も少し荒い。
本当はうつったらいけないからと、何人かの侍女や家人に止められた。けどもうすぐ帰っちゃうんだから、させてほしいと言ったら、母は納得してくれた。
もちろん、その辺りを朔夜は知らない。
「はい……あにうえ」
何度も頭を撫でていると、次第に朔夜の瞼がとろとろと重くなっている。
こくこくと船を漕ぎながら、小さな弟は問うてきた。
「あにうえ……また、あそんで……くれますか……?」
「うん、また遊ぼう。今度は会う時までに、馬に乗れるように頑張るから、遠乗り行こう」
ニ、三年なんてすぐだ。だから、この時は嘘をついたなんて思いもしなかった。
変わらないことなんてない。平和で暖かな場所が、いつまでもあるわけない。そう知ったのは母が亡くなった時だった。
元服の一年前、十歳になったばかりのころ。黒基との戦が始まるまでまだ三年ほどある。
父は葬儀にも来なかった。武家の出でもない側室など、気にもしないということか。時々しか会えずとも、優しかったあの父が。
病にかかった母は、見る間に痩せ半年でこの世を去った。
父から送られる禄も食い扶持も、母が亡くなると全て止まった。そして黒基との戦が始まるまで、日々食べていくことに精一杯で。何だってやった。大店への奉公も、畑で取れた野菜の行商だって。
何人かの侍女や家人は、別の仕事を見つけると離れていった。残ってくれた者たちは、小さな主に負担をかけまいと苦労していたのが、十年以上経った今だから分かる。
そして、時は流れる。黒基との戦まで半年となったころ。
邸の修繕が追いついていないが、普段使う部屋さえ無事ならそれでいい。この生活にも慣れ、食べていくだけなら残ってくれた家人や侍女とともに、どうにかなるまでになった。
衣もつぎはぎが多く、端々は破れている。町人といっても通用するだろう。
忙しさにかまけて、父のことを忘れていたとは言わない。朔夜のことを思い出さなかったわけじゃない。だからといって、侍女や家人たちを放り出すことも、父母や小さな異母弟との思い出があるこの邸を離れがたかったのもある。一度離れるともう戻ってこれらないような、そんな予感がした。己の勘があまり外れることのないものだと、この時すでに知っていた。
そうして忙しない日々が続くある日、畑に水をやっていた柊のもとを訪ねてきた女性がいた。馬に乗って、それも駆けてきたようで、息があがっている。連れている供二人も同じような状態だ。
「柊……っ! よかった、ああ……本当に、あなたに何かあってはと、生きた心地がしませんでしたよ」
季節は春先。灰老の城から大の男でさえニ、三日はかかるであろう距離だ。山を超えるわけではないとはいえ、女性の身で馬を飛ばすのは辛かったはずだ。
この女性はだれだったか。自分はこの人によく似ただれかを知っている気がする。
黒髪も、黒水晶のような瞳も、そうあれは――。
ほぼ落馬のような状態で、馬を降りる女性を柊はとっさに支えた。
「……――奥方さま?」
ふわりと抱きしめられ、甘い香りが広がる。
柊の小袖は土をいじり汚れたままだ。頬も土がついている。だが女性はそれも気にせず、柊の頬に手を添えた。はらはらと流れる涙、黒水晶のような瞳が揺れている。
昔、一度だけ会った。朔夜は一緒ではなかったけれど。数年経っていると、どう敬称をつけていいか分からない。でも、この人は嫌いじゃない。
だけど。
「覚えていてくれましたか。ああ、そんな他人行儀な呼び方、しなくて構いません。以前のように、おば上と呼んではくれませんか?」
「どう、なさったのですか? 母の、葬儀にすら」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。私も夫も許してほしいとは思っていません。けどあなたに身の危険が及ぶと知って、どうしてもいてもたってもいられなくて……あの人は国主という立場上、簡単には城を出られないから私が代わって来ました。ここで他の者に任せてしまっては、きっと一生後悔するから。側近たちは皆、猛反対だったけど全部押しきってきました」
「今に、なって……?」
今になってこの人は何を言うのだろう。今さら自分に国のことなど、関わりあるはずがないのに。
やっと、家人や侍女たちの手を借りながら、どうにか生活できるようになったのに。
振り解けばいい。今さら、関係などないと言いきればいい。なのにできないのは、この人に残る弟の面影と、母の最期の言葉。
『もしも、父上や奥方さまから何か連絡があったなら、それが何であれ無視しないでちゃんと聞きなさい。本当に父上があなたを必要となさるなら、この邸のことなんて構わないから城へ行くのです。国主の血を引くあなたなら、きっと父上と朔夜の役に立てるから』
当時、陰陽術士としての勉強はしていなかった。それでも母はきっと気づいていたのだ。術士としての素質に。
女性は柊の両手をぎゅっと握った。
「あなたからすればそう思うのも当然。けど、聞いてちょうだい。身の危険が及ぶのは嘘じゃありません」
母が亡くなったという連絡は、家臣たちによって止められていた。もともと母が武家の出ではないことをよく思っていない輩がいたのも事実。その連中が邸からの連絡をすり替え、勝手に返事を書きさもこの邸から届いたように見せかけていたという。母や柊への禄も食い扶持もすべて、横領していたと父が知ったのはついひと月前。
「おかしいと思っていたのです。筆跡も内容も。けれど、時折あなたの様子を見に行かせた者は変わりないと報告した。今にして思えば、どうして自ら動こうとしなかったのか、それだけが悔やまれます。そして私たちはその報告を信じてしまった」
それが一年余り前。時を同じくして、黒基から縁談が持ちこまれた。
灰老の若君と、黒基の姫君。
中立を貫く灰老に、他国と姻戚関係は望ましくない。中立であることを僅かでも疑われれば、戦火に巻きこまれるのは目に見えている。だから、なんとしてもこの話は断るべきもののはずだ。だからといって、城内が一枚岩かというとそうでもなくて。
城内は縁談を受け入れる側と、戦になってでも断るべきだと主張する側の二つに割れた。
「灰老の若君……年齢的なことと身分上の吊り合いから、名があがったのは朔夜でした」
「そこからどうして僕に危険があるのですか?」
「上の兄君たちは、跡目争いにあなたが邪魔なのです。たとえ、柊、あなたにその気がなくとも」
朔夜に向けられた縁談の話で、城内がごたついている最中を狙って。
縁談の話がある朔夜に危険はない。黒基国主の正室の子は、姫君のみ。姫と結婚してしまえば、黒基へ婿として向かうだろう。兄たちにとって、今すぐの心配はない。
灰老では、朔夜の実の兄がひとりいる。同腹の兄だ。当然正室の子、柊は会ったことないが彼がいれば直系の血筋は確保できる。父は何も明らかにしていないらしいが、跡取りは彼でおそらく間違いないだろう。だが父が何も言わないからこそ、兄たちは躍起になっているところがある。とはいえ言ったら言ったで、互いを追い落とそうとぴりぴりするのは目に見えているのだが。
「柊が危ないと教えてくれたのは、他でもない朔夜でした」
「えっ……?」
「不思議なものですね。あの子はあなたの名前を覚えておらず、顔もぼんやりとしか思い出せないようなのだけど……上の兄君たちが話しているのを偶然聞いてしまったようで、教えてくれたのです」
笑みを浮かべて、女性は懐から小さな巾着を取りだした。
鈴蘭が刺繍された小さな巾着。
「私が手縫いしたものです。これはあなたと朔夜にだけ渡します。離れていても、いつかきっと朔夜と再会できるように」
女性はもうひとつ、小さな茶色の袋を渡した。それに銅銭が入っていると気づくのに時間は掛からなかった。たいして多い金額ではない。ニ、三度食事をすれば消えてしまう程度の金額だろう。
「……っ! おば上、これは……っっ!」
「ごめんなさい、柊。私が知らせに来たことは、もう知られています。今、このまま逃げるのです。こんな用意しかできなかったのも、本当に申し訳なく思います。朔夜も途中で、足止めしてくれていることでしょう」
女性の供でついて来ていた武士が、水の入った竹筒を柊の帯にぎゅっと縛りつける。
もうひとりは、しきりに辺りを警戒しているようだ。
「いたぞー! あそこだー!」
馬の足音が聞こえる。それも数人分。
追われるようにして、正室自ら知らせてくれた。柊もそれが普通どれほど難しく貴重なことか、分からない年齢ではない。それが余計に、女性が話したことが嘘ではないと告げている。もっとも嘘を言っているような雰囲気でもなかった。嘘を言うような人でもないと知っている。
女性は最後にぎゅっと抱きしめてくれた。
「行きなさい、柊。あなたなら、生き延びられる。それだけの力もあると私は信じています。朔夜も会いたがっていました。せめてあの子にもう一度会うまでは、生き延びるのです。何をしても」
「っ! おば上はどうなさるおつもりですか!」
この人はどうするつもりだ。このまま残るとでも言うのか。
彼女の衣の裾をつかもうとしたが、その前に供の武士に止められた。
「若君! 奥方さまの御心を無になさいますな! ……乗馬は習われましたか?」
「っっ……母上が亡くなる前に」
男の言葉に、伸ばそうとした手を止めた。柊は歯噛みして、行き場を失った手で拳を作る。
「お話なさってる間に水を飲ませておきました。ひとつ手前の村で替えたばかりの馬にございます。今しばらくは走れるでしょう」
「おば上はどうなさるのですか?」
男に急かされるようにして馬に乗りながら、柊は女性に問いかけた。
「大丈夫です。この国情のなか、私を殺したとあっては敵国につけこむ隙を与えるだけ。そこまで彼らも分からない人間ではないはず。さあ、行きなさい」
柊が返事をする前に、供の武士が馬を叩く。
見る間に小さくなる姿は、追っ手の数人に囲まれていた。うちニ、三人が柊を追いかけてくる。
目前は森だ。城とは正反対の方向になるが、こればかりは仕方ない。兄たちがいる城に行くのは、自殺行為だ。
「森へ向かってる、見失うな!」
聞こえる怒号にびくっとしながら、とにかく馬を走らせた。
鼓動が早鐘を打つ。頭が真っ白だ。それでも必死に聞いたことを整理しようと、柊は頭を働かせる。
国主になりたいなどと思ったこともない。朔夜の力になれればいいと今も考えているが、国を背負う立場に興味はない。互いに存在こそ知ってはいても朔夜以外、他の兄たちとは会ったこともないのに。
森の中に入り人の目がなくなったため、追っ手は矢を射かけてきた。顔のすぐそばを通り、馬上で揺れる髪が少し散った。幸い、顔は切れていない。
ふと残してきた侍女や家人たちが気にかかる。母が亡くなってからも、ずっと面倒を見てくれた人たちだ。あの人がいれば、最悪殺されるようなことはないだろう。けど、あの人自身はどうするのか。
だが揺れる馬上と後方を気にしながらでは、考えがまとまるはずもない。手綱を握る手が汗をかき、油断すると取り落としそうだ。
乗馬は習った。けどその時は、これほど本気で走ったことはない。畑仕事やら家事で身体は使っていた。だがこのニ、三年武士としての鍛錬はしていないのだ。全力で走る馬に、長く乗っていられないのはすぐに感じた。
紙一重で矢は届かない。
次の瞬間、目に入った光景に柊は手綱を思いきり引っ張る。
「と、止まれぇーーーー!」
谷底へあと一歩のところで止まった。
そう思った。
突然、馬が嘶き前足を高くあげる。
追っ手が射かけた矢が、馬の尻に当たった。視界がそれを認識したと同時に、身体が宙に放り出される。
下は川、流れが速く、このまま落ちたら助からない。そう思うだけの高さがある。
そこで意識が途切れた。
ああ、そうだ。そして次に目覚めた時、記憶をなくしていた。
黒基との国境近くの村まで流され、あの川で流されて助かったのは奇跡だと村人に言われたのだ。
それから華氷に拾われるまで、生きる屍のような生活だった気がする。
何をしても手につかない。兄が自分を殺そうとしたことも、食べていくのに必死だった生活をしたことも、母が亡くなったことも、小さな弟のこともすべて夢のような気さえして。
――母上、おば上、私は弟と再会できました。思い出すのに十年かかってしまったけど。




