↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/3

三.助ける君

 柴犬は次の日も、そのまた次の日も来た。大体おばさんとおじさんがお仕事のある時間帯や買い物の行っている時間に来るから、二人は柴犬に会ったことがない。

 でも僕が柴犬の話をすると、楽しそうに聞いてくれる。名前は?とか、性別は?とか、色々聞かれるけど、まだ答えはちゃんとできていない。

 あの柴犬は今まで一匹で生きていたのに急に現れたんだろう。僕があげる分以外は自分でちゃんと食事を調達してるんだろうか。

 大丈夫?何があったの?、と聞いて答えてくれるなら楽なものだけど、犬はそういうわけにはいかない。一度餌をあげたからには、僕が責任を持つしかない。かと言って夏休みが終われば、僕はまた地獄のような日々を送ることになる。そうなればあの柴犬はずっとお腹をすかして、尻尾を振って待つことになるだろう。

 一体何が正解で、僕はどうすれば良かったんだろう。あのままお腹をすかしたあの子をほっておくことが正解だったんだろうか。僕は朝から小さな頭を悩ませた。


 夏希に会った日から一週間が経って、僕はまた山を登ることにした。

 はあはあと言い、汗をかきながら足を動かす。年々暑くなっていく夏は嫌いだけど、地獄の日々から逃げられる夏休みだけは大好きだった。

 最初に出会った切り株に今日は蝿しか止まっていなかった。僕は手で追い払って、腰を下ろす。ここは本当に風当たりが良い場所だなと感じる。

 それと一緒にこの楽しい時間はあと少しなんだなと思って辛くなる。

 水を飲んでいた、その時、一週間ぶりの声が聞こえた。

「悠太じゃん」

 びっくりして水を吹き出しそうだった。竹の笹が風で揺れて当たる音しか聞こえなかったから本当にびっくりした。

「ビックリした。…久しぶりだね」

「ね、久しぶり」

 前と同じ服を着た彼女が明るく微笑んでいた。

「なんだか辛そうな表情してたけど、何かあったの?」

 どきりと胸の音がなる。誰もいないと思って、辛い表情が出ていたのかもしれない。

 もし家でこんな表情をしていたら、何様?って嫌味を言われるんだろうし、学校では先生にさえいじめを見て見ぬ振りされる。辛い表情をしたところで誰も何も気づいてくれない、って思っていたけど、気づいてくれてなんだか嬉しかった。

 だから僕も夏希なら、って気を許すことにした。

「僕のお父さんとお母さんが酷い人なんだ」

 みんなの前では僕を普通の子どものように扱うけど、家の中では空気のように扱われている。学校では落書きをされたりしていじめられている。そして夏休みになって、毎年来ている、この叔母さんと叔父さんの家に来たというのを。

 話を聞いてくれた夏希は、まるで自分ごとのように感じ、涙を流してくれていた。

「ごめんね。悠太が一番辛いって、分かってるけど、、やっぱり許せないなって思って...」

 僕は何も言えずにただ黙る。どこかから、カラスの鳴く声が聞こえる。

「悠太が絶対にいじめられて良いはずないし、自分のことしか考えてない叔父さんと叔母さんも最低だと思う」

「でも、僕何も言えないから。言ったって、誰も聞いてくれないよ」

 次第に自分の声が小さくなるのが分かった。最後までこの言葉が夏希に届いたかは分からない。

「じゃあさ、今一緒に住んでる二人に相談したらいいんじゃないの?」

 恵美おばさんと智樹おじさんってことか。

「二人は信じてくれるかな?」

「信じてくれるに決まってるじゃん。初めて会った時にもらったおにぎりは、できてから時間が経って冷たくなっていたけど、愛情が詰まってたよ」

 僕は俯いてた顔を夏希の方に向けて、「愛情?」と尋ねてみる。

「うん、愛情!」

 愛情なんておにぎり食べただけで分かるのかな。

「なんだろうな、おにぎりを食べると、自然に胸があったかくなるんだよな〜」

 夏希はいつの間にか止まった涙を拭き取って、空を見上げる。

「私には分かるよ。悠太が山へ行くなら、怪我しないように、とか、いっぱい楽しんでね、って優しい優しい叔母さんから悠太への思い。…つまり愛情がたっくさんおにぎりに詰め込まれてるの」

「ほんとに?」

 なんだか次は僕が泣きそうになってきた。目の奥が少しだけ熱くなってきて、上を見上げて見たりしてみる。

「うん。だって大切に思ってなかったら愛情なんて込めないでしょ?それに最初会った時の悠太は幸せそうだったよ」

 多分来たばっかりで、夏休み前のことを忘れて、今の生活でいっぱいで、でもそれが楽しくて…。

 こんなにも僕のことを考えて話してくれることが嬉しくて、嬉しくて...空を見上げたって涙が出てきてしまった。

「でも...」

「何泣いてんの?でもでも、言っても仕方ないじゃん」

 ほら悠太は良い奴なんだよ、って僕の背中を優しく叩く。

「悠太は優しい子だね」とお母さんが言って、頭を撫でてくれたことを思い出す。夏希は僕にどれほど良い言葉をくれるんだろう。

「分かった。相談してみる」

「うん。それが一番だよ」

 夏希にそう言われて僕の高ぶった気持ちは少しだけ落ち着いた。

「あとさ、僕毎日知らない犬にエサあげてるんだけど、そのこともちゃんと伝えた方がいいよね?」

 夏希は少しだけ驚いた表情をした後、すぐに元の表情に戻した。

「うん、ちゃんと伝えた方がいいと思うよ」

「だよね、今日はいろんな話聞いてくれてありがとう」

 僕はそう言って立ち上がった。

「今から家行くの?」

 同じように立ちあがった夏希が僕に尋ねる。

「うん。夏希に元気をもらったから」

 僕の中にある臆病な気持ちはいつのまにかどこかへ消えていた。

 叔父さんと叔母さんにきちんと相談するって決めたから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。