第十七幕 くれない2
絹代の葬儀から数日が経った、ある週末の夜。
すみやま総合病院での激務を終えた眞琴と伽羅は、引き寄せられるようにして、喧騒を離れた住宅街にあるジャズラウンジ「くれない」のドアを押していた。
カウベルの小さな音が響く、セピア色の落ち着いた空間。
カウンターの奥では、いつものように暗赤色のスタインウェイの前に座り、静かに鍵盤に触れていた高崎涼介が、二人の姿を見つけていた。演奏が終わり、高崎は眞琴たちのテーブルに来て腰を下ろす。高崎は、以前よりもどこか佇まいの変わった二人の眼差しをじっと見つめ、深く刻まれた目尻の皺を優しく崩した。
「何か変わったな。吹っ切れた顔をしているな。――一つ合わせてみようか?」
その洒脱で、すべてを見通すような師匠の言葉に、眞琴と伽羅は顔を見合わせ、静かに、けれどしっかりと頷き合った。
「はい。よろしくお願いします」
眞琴はハードケースから愛用のGibson L-5を取り出し、シールドをアンプへと繋いだ。伽羅はステージ中央のスタンドマイクの前に立ち、そっと目を閉じる。
このあいだの夜は、ただ師匠の音を聴くことしかできなかった。けれど、数々の生老病死の最前線を目撃し、匠とのエゴの衝突を経験し、そして水族館の鏡の前で、世界の深淵を理解した今の二人には、このセッションの持つ意味のすべてが変わって見えていた。
音楽とは、芸術とは、決してエゴ(末那識)を満たすためのコントロールドラマなんかじゃない。
音を一音繰り出すたびに、胸の奥の高次元がこの不自由な3.5次元の世界に結晶化していく。そして同時に、アーカーシャに刻まれた無数の「関係性の記録」と交信し、その場にいる全員で観測を共有して、この現実世界を美しく編み上げるための、宇宙で最も優しい祈りのセッションなのだ。
高崎がふわりと最初の一音を奏でると、ラウンジの空気が一瞬にして変わった。
それはまるで、サイダーのなかに落とされた、濁りのない清らかな純水の雫のようだった。真っ白なキャンバスに淡い色を静かに丁寧に置いていく。 高い音で戯れるすべての音に深い意味がある。すべての音が必然として置かれていく。深みが増す。揺蕩う靄が輪郭を纏いだすように、イントロの中から曲のシルエットが現れる。
曲は「Body And Soul」だった。その温かい旋律に導かれるように、伽羅が静かに、そして丁寧にルバートでバースを歌い始める。伽羅が歌い出すと高崎は迷いなく合わせていく。
今日の伽羅はいつもに増して、一段と神がかっていた。静かに語りかけるような歌い出しはどこまでも自然で、どんなに小さな声でも、濁りを全く感じさせない。
神が宿る小さな喉を震わせ、その声はそこにある空間そのものを共鳴させているようだ。それは目に見えない高次元からたったいま舞い降りたような、それでいてずっと昔からそこに響いていたような、聴く者を理屈抜きで納得させる力がある。
それは、純粋な透明感の奥に、確かな密度と質量を感じさせる、良質なダイヤモンドのような存在感だった。その声が旋律を纏った瞬間、そこにさまざまな風景や心の景色が広がる。ホログラムのように、部屋いっぱいに彼女の世界が映し出される。
どこまでも優しく、どこまでも深く、どこまでも悲しく、そしてどこまでも美しい。
その響きが空間の粒子に触れたとき、眞琴は全身の細胞が粟立ち、魂の皮膚が裏返るような衝撃を覚えた。
(あぁ……ここに、宇宙がある)
彼女の歌声のなかには、すべての生命の根源である阿摩羅識の海が、そのままの純度でどこまでも広がっていた。
やがてバースが終わり、眞琴の指先が弦に触れる。
これまでは頭で必死にコードを追い、エゴの不自由さに苦しんでいたはずの眞琴の指が、今夜はまるで大いなる「意志」に召喚されたかのように、勝手に動いて音を紡ぎ出していた。
自然に。作為なく。重力が水を高い場所から低い場所へと流すように、一音一音が、夜の複合次元空間の中に星々のように散りばめられ、星座を編み上げていく。
眞琴は、伽羅と高崎が空けてくれる隙間に迷いなく音を紡いでいく。完璧にバランスの取れた正三角形の三位一体が出来上がる。そこには、他者をねじ伏せたり自分を守ろうとする卑小なドラマなど塵ほどもない。むしろそれは、目も耳も持たない原始的な微生物が、ただ一つの触覚(指先)で世界そのものと直接交わり、完璧に自らの輪郭を肯定しているような、純粋無垢な祈りの世界の具現化だった。
伽羅の歌が終わり眞琴のギターが中央に出る。エゴのノイズが消え去った眞琴の意識には今、アーカーシャの深淵からの波動がダイレクトに流れ込んでいた。数秒後に自分たちが奏でるはずの「音のダンス」が、完璧な調和を保ったままたおやかな幻影として、時間の先回りをしてあらかじめ完成して見えていた。
彼の指は、ただその神聖な予定調和の影を追いかけるだけでよかった。指先が空間に揺らめく音楽の影に触れたその瞬間、高次元の幻影であった音たちが、初めてこの3.5次元の時間と空間のなかへと引き摺り下ろされ、鮮烈に具現化していく。それはあまりにも贅沢で、神聖なる「降格作業」なのだった。
高崎もソロを終え、音楽が最高潮の密度に達したところで、再び伽羅が歌い出す。音楽が、ラウンジ全体が、完全に一つになった。伽羅が、高崎が、眞琴が、そして客席で息を呑んで聴いている観客たちの観測の視線すらもが、すべて一つの巨大な「光の波動」となって重なり合い、一つになっていく。ラウンジの壁も、天井も、物質の境界のすべてが溶けていく。
自他の境界線が、跡形もなく消えていく。肉体という檻を失った意識が、頭蓋骨という境界を超えて、無限の宇宙へと拡散していく圧倒的な至福感。
それは、数年前に麻薬の過剰摂取で死にかけた、あの臨死の淵で視た「広大な海との一体感」そのものだった。
もう、自分が何者なのかと苦悩する「理由の喪失」に溺れることもない。
自分の渦が消えてしまうのではないかと怯える「消滅の恐怖」に震えることもない。
ただただ、迷いがない世界。恐れがない世界。すべてが元通りの清らかな水へと還り、けれど今この瞬間、僕たちは確かに他者と関わり、音を響き合わせて、この愛おしい箱庭の現実をプレイしている。
最後の音がピアノのペダルの残響とともにゆっくりと夜の空気に溶け去り、セッションが終わった。
ラウンジの中には、拍手すら起きないほどの、完璧な、美しい静寂が満ちていた。
眞琴は目を開け、隣で晴れやかな笑顔を浮かべている伽羅と、鍵盤からそっと手を離した高崎師匠の顔を見つめた。
他者観測優先のこの不自由な世界。けれど、だからこそ、僕たちはこんなにも優しくお互いを見つめ合い、存在を認め合って生きていける。
眞琴は自分の指先に残るギターの温かい残響を愛おしそうに噛み締めながら、この終わりのない大いなる空間錯覚の箱庭のなかで、これからも伽羅と共に、世界の音を調律し続けていく覚悟を、静かに胸に刻むのだった。
【気づき】
《変性意識状態》……変性意識状態の本質とは特別なオカルト現象などではなく、自我の渦の回転が加速することで「自分」とする認識のフォーカスが空間全体へと拡大し、自他の境界線を越えて世界とひとつになる拡張体験なのではないか。




