呪いとは
私は借家のベランダで6月の初夏の深夜にしては珍しく、涼しく穏やかで、遠くから柔らかく聴こえる鈴虫や蛙達のざわめきを耳にしながらLarkの煙草の煙の流れで薄らとそよ風が吹いていることを感じている。
人生の中で自分の為に時間を使い、自分のペースでゆっくり出来る幸せな時間。
寂れた昭和の面影残る人気のない深夜の住宅を見ていると、何もかも許されたり、人の感情など、どうでもよいにも感じる。
間違いなく、現実は続いているのに。
今までの私の人生は沢山の罪を犯したように思います。
色々な人に偽りを持って接し、様々な人を良いように利用し、人の心を無責任に軽視しているような。
そうして周囲の人々の時間を私の好きなように振り回してしまった事への罪悪感や、その私の卑しさや後悔の念から逃れる為に2030年の8月15日に誰にも見つからないように、1人で死んでしまおうと決め、2028年6月の今、残り時間を過ごしています。
この内容を残そうと思ったのは、3つあり、1つは答え合わせをしたかったからです。
それは私を助けてくださった方や、私の家族、私の友人や愛するべき人と、私自身に対して。
もう1つは私にとっての真の呪いとはなにかという事について、誰かに伝えたかったから。
最後に人は少しづつ変わる事が出来、いつしか幸せになる事も出来ると感じたからです。
私の人生は酷く醜く、嫉妬に塗れ、見るに堪えないどろりとした醜悪な感情にまみれていた様に思います。
その始まりは幼少に遡りますが、私は比較的な裕福な家庭の次男として生まれ、厳しく寡黙で暴力を厭わない大工の父、活発でわんちゃんが大好きで繁殖業を始め、私に暴力はダメだ。と常々口にしていた母親、面倒見の良い兄の3人と多くの飼い犬達に囲まれて育ちました。
大好きな両親、身近な兄、かわいく純粋な犬達に囲まれ、幸せだった様に思います。
私は物心ついた時から、犬に囲まれ、毎日犬の世話を手伝っていました。
いつも隣に犬達が居て、母や兄がそれをお世話をし、そしてそれを前向きに行うとなんだか周囲の人達が私を立派に扱ってくれれるような気がして、進んでしていた様に思います。
そしていつしか義務の様な気がして、気が乗らなくても当たり前に世話をしておりました。
ただそんな日を繰り返し、少しづつ疲れ、いつしか義務として世話はしますが手を抜いたり、ダラダラと行うようになり、母も父も私をその度にキツイ言葉で叱責しました。
そうする中で幼いながらに両親の中で私よりも犬達が大事で、私は大事ではないのでないのだろうか。と思い始め、ある時兄と母が冗談で言った、【お前は橋の下で拾ってん、3軒上隣の人が本間の親や】という言葉を聴き、私の中で、道理で私は目を向けられないわけだ。と幼いながらに納得し、回覧板を持っていく時などに私をまた迎えてくれるのではないか。というある種救いを求める様な気持ちでその家や人を眺めていました。
またある時、夜遅く配達員が荷物を届けた荷物を母と一緒に受け取った時に、配達員が凄いねぇこんな時間に起きて。目が硬いんやね。と明るく話しており、世話に終わった夜の時間は世話も終わりのんびりと母や兄と過ごせた事もあり、段々と夜遅くまで起きるようになりました。
ただやはり小学生1年生には睡眠時間は必須なようで、学校ではいつも眠っており、授業もまともに受けなければ、友達が出来るわけもありませんでした。
そんな崩れた心情で日々が過ぎていき、小学生2年生のある時、ダラダラと世話をし、何時間も無駄にするよりも頑張って早く終わらせた方が楽なのではないか。と思い至り、その日からテキパキと行いようになりました。
そして少し過ぎたある日、最近は少し優しい父と母がいつもより上機嫌な雰囲気で私を呼び、私にダウンをくれました。
いつも兄のお下がり着させ、服をくれるという事が全くなかった私は非常に驚き、今でもはっきりと覚えています。
そうしてその時に私の中で 、1つの呪いが芽生えました。
皆様はパワプロというゲームはご存知ですか?
野球のゲームで主人公を育成していく内容なのですが、非常に良くできており、監督や仲間への言動によって、自身の能力や監督や仲間の信頼パラメーターが上がり、過ごしやすくなるような、そんな《人間関係》も盛り込んだゲームなのですが、その出来事があってから私は、両親や周囲の人にその《人間関係》を当てはめるようになりました。
自分に優しく、必要とされ、愛されるためには選択を間違えない様に、慎重に考えなければならないと。
そんな考えに至りました。
それからというもの、犬の世話は断らずにやりたくなくても言われた事は何とか行い、母は女の子を望んでいた様で、私の髪を二つくくりにしたり、かわいい靴下を履かせたりして可愛いやんと言っている様子から、テレビのCMで流れている女性らしい仕草や言葉をを意識して真似する様になりました。
そんないつも通り、今思えば明らかにやり過ぎな父の暴力を受けつつ、いつも通りわんちゃん達のグチャグチャな部屋を片付け、庭にだし、お水を綺麗なお水に替えて、庭の糞尿の後始末を行っていた日。
疲れたなぁと家の勝手口に腰掛けていた時にその小窓から、母と父の口論が聞こえました。
内容から、父は仕事をしてもお金が入らずで困っており、母はお金の催促やいつ入るのを問いただしているようでした。
そうして私が小学校3年生になる頃には、少しづつお腹を減らした日が増え、時折、電気やガスが止まり、お風呂にも入れず、不衛生な日が増えていきました。
父も母も喫煙家でいつもリビングはLarkの煙草の煙で真っ白になり、ただ談笑していました。
この時はその違和感に気づくことも無く、ただ平穏な日々と思って過ごしていました。




