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第六話 穏やかな眠りへ


 ブレンが風呂場の方に向かって呼び掛ける。すると長い黒髪を後頭部でまとめ、漆黒のメイド服に身を包んだ一人の女性が現れた。


 「おかえりなさいませ、ブレン様。ご命令を」

 「風呂の準備をしてくれ」

 「かしこまりました」


 ブレンの命令を承諾したハーキが現れた時のようにふっと虚空に消える。すると、湯船からにわかに湯気が沸き立った。


 「ごすじんさま? 今の人は?」

 「人というか、屋敷妖精だな。この家に住み着いていて、家の事はたいていやってくれるぞ……よし、こっちに座ってくれ」


 レティが座る。それを確認したブレンがシャワーノズルを片手に壁の取っ手を引くと、シャワーからお湯が出てきた。


 「わ、わきゃ!?」

 「熱くはないか?」


 ブレンが確かめるようにレティの足にシャワーのお湯をかける。お湯の温度が大丈夫かを見る意味もあったが、レティの身体にやけど傷があることもブレンを慎重にさせた。火であぶられたのか熱湯を浴びせられたのかはわからないが熱いお湯自体が彼女のトラウマを刺激するかもしれないからだ。

 だが、おっかなびっくりにシャワーを浴びていたレティの表情は、次第に気持ちよさげな柔らかい物へと変化していった。


 「お水も少ないから平気です。でも熱いのに痛くない。不思議……」

 「よかったな。次は体を洗ってやる。痛かったらちゃんと言うんだぞ。ハーキ、手伝ってくれ」


 ブレンは横に用意されていたタオルを手に取ると壊れ物を扱うようにレティの身体を洗い出した。タオルには石鹸水が含まれており、こするたびに泡が出てレティの身体が包まれていく。


 「しろくて、ふわふわ……」

 「いい匂いだろ。これを使うとな、体がきれいになるんだ」


 言いながらブレンはてきぱきとレティの汚れを落としていく。ハーキに前の方を手伝ってもらいつつ、汚れが落ちていくにつれてレティの容姿もあらわになっていく。

 やせ細った身体。銀色の髪は見苦しくなければ充分という程度にしか考えていないブレンが見てもわかるほど傷んでおり、頬もこけてしまっている。小さく舌足らずな声と同様に手足もまるで枝木のように細く頼りなく、かろうじて青色っぽいとわかる瞳が落ちくぼんだ眼窩の底に沈んでいる。


 「泡を流すぞ。ちょっと目をつぶってろ」


 シャワーで泡を落としていく。レティを洗い終わったところでブレンも自分の身体をシャワーで流し、彼女を抱えて風呂に入ろうとした。しかし


 「え、あ、やだ。やだ」

 「どうした?」

 「あ、あのごすじんさま。ここ、入らなくちゃダメですか?」

 「ダメっていうか、入ると気持ちいいぞ? 嫌ならやめるけど……」


 レティはおびえた様子でブレンの顔と風呂場を交互に見る。先ほど彼女がシャワーを若干怖がっていたことを思い出したブレンはレティを抱えると風呂場から出てハーキを呼んだ。


 「お呼びでしょうか」

 「レティのために服を作ってくれ。着るのが楽なやつがいい」

 「かしこまりました」


 ハーキが姿を消す。ブレンに体を拭かれながらレティは申し訳なさそうな顔をしていた。


 「ごめんなさい、ごすじんさま……」

 「謝らなくてもいいぞ。俺はお前が嫌なことはしないからな」


 水気をふき取り、ハーキが持ってきた服をレティに着せる。そこまでした時、レティは大きくあくびをした。


 「ご、ごめんなさい。レティは、まだ眠くないです」

 「無理はするな。ベッドまで運んでやるから」


 レティを抱きかかえて客間へと向かう。ハーキによってきれいなまま保たれていたベッドにレティを寝かせると、彼女は「ふわぁぁ」とまた気持ちよさそうな声を出した。


 「ふかふか……ふわふわです……」

 「もう眠いんだろ。無理しなくていいから寝ろ」


 ブレンがレティの頭をなでる。だがレティは、眠気を振り払うようにしてブレンの方を見た。


 「ごすじんさま、なんだか、嘘みたいです……」

 「嘘?」

 「はい。今日のことは、本当はあの暗い檻の中で見ている夢で、目が覚めたら全部消えちゃうんじゃないかって。だから、あんまり眠りたくないです」


そういうとレティは駄々っ子のように頭を振ったり手で顔をこすったりした。


「心配いらないぞ。これは現実だ。目が覚めても消えたりしない」

「ほんとう?」


よほど眠たいのか、レティの言葉遣いは丁寧なものから年相応のそれへと変わっていた。


「ああ。お休み」


レティが目を閉じ、寝息を立て始める。その穏やかな表情をブレンは長い間眺めていた。


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