第五話 傷だらけの身体
「あの、ごすじんさま。奴隷のレティがお家に上がり込んでよいのですか? 一緒に住んでいる方々のご迷惑じゃ―――」
まずは彼女を介抱しようと思ったブレンは、三十分ほど走り続けて自宅へ戻った。ひとまず家の中へ入れようとしたブレンだったが、レティの口から出たのはまたも拒否の言葉だった。
この国で奴隷は公に認められたものである。扱うのは金銭に余裕のある商人や貴族であるが、その扱いといえばイヌ以上人間未満というのが普通であった。しかし、ブレンはそもそも奴隷制度自体よく思っておらず、彼女をそんな風に扱うなど論外だった。
「いいからいくぞ。お前は怪我をしているし、体中ひどく汚れているんだから洗わないと」
「で、でも、奴隷がごすじんに体を洗ってもらうなんてありえないです。レティは、自分で―――」
「悪いな。そもそも俺、従士はいても奴隷なんか使ったことないからその辺のルールは知らない」
「で、でも……」
ブレンはそのように言うものの、レティはなおも渋る。仕方なしにブレンはため息をつきながら言った。
「命令だレティ。このまま家に入れ」
「……はい。ごすじんさま」
すると、あれほど渋っていたにもかかわらず、レティは素直に家の中に来た。「命令だ」という言葉さえあればレティは素直に言う事を聞くと知ったのは、ブレンがレティを抱え上げる時である。
ブレンの腕の中で大人しく運ばれるレティ。しかし運ばれていったその先の部屋を見て、彼女は目を見開いた。
「ごすじんさま? こ、ここは……」
レティの小さな身体がやおら震えだす。その部屋は全体が石でできており、奥の方にはなにやら巨大な木桶に水が張られている。小さなオールのような謎の棒やギザギザとした金具を目にした時、レティの恐怖は頂点に達した。
「ここか? ここは……」
「ごすじんさまごめんなさい! レティが、レティは何かいけないことしましたか!? ごめんなさい! もう二度としませんから痛いのはやめてください!」
「うわ、レティ!?」
レティが必死でブレンに訴える。彼女に何か誤解をさせてしまったと気づいたブレンは慌てて彼女を宥めた。
「落ち着けレティ。俺はお前の味方だ。何も痛いことなんかしない」
「じ、じゃあどうして。どうしてレティを拷問部屋に連れてこられたのですか? レティが何かいけないことをしたから、お仕置きするんじゃないのですか?」
「ご、拷問部屋!?」
レティの言葉にブレンは目を見開いた。そして苦笑いを浮かべながら、つとめて穏やかにレティに語りかけた。
「レティ。これは風呂場だ。拷問部屋じゃない」
「で、でも。あの大きな木桶は水責めのためのものではないのですか?」
「ちがう。あれは湯船だ。あそこにお湯を張って入るんだ」
「あの棒とか金具で叩いたり肌を削いだり―――」
「棒はお湯をかき混ぜて冷ますためのもの。金具は体をきれいにする垢すりだ」
「このおへや、全部石が剥き出しで拷問部屋っぽいですよ?」
「拷問部屋っぽいって……」
レティの感想にブレンは絶句した。別に風呂場に限らず、石造りの部屋など王国では珍しくない。
にもかかわらず石造りの部屋イコール拷問部屋という感想が出る彼女は、いったいどんな人生を歩いてきたのだろうか。いや、そもそも自分の人生を歩んでいたといえるかどうかも怪しいかもしれない。
「いったん下ろすから服を脱げ。風呂は裸で入るものだ」
「は、はい。脱ぎます」
「あ、いやちょっと―――」
待ってくれ、とブレンはそう言おうとした。レティよりも一回りは年上の自分が彼女と裸で一緒にいるのは倫理的にまずいという考えが一瞬頭をよぎったからだ。
しかし、ブレンの目に飛び込んできたのは、そんなものを簡単に吹き飛ばすような凄惨な光景だった。
「レティ、お前……」
「ごすじんさま?」
レティがブレンの言う通り服を脱いだままきょとんと彼を見上げる。その体には大小無数の生々しい傷跡が残されていた。ブレンも戦闘を仕事とする騎士であるので刀傷の一つや二つ持ってはいるが、レティのそれとは比べるべくもない。
だが、ブレンにとって最も衝撃的だったのはレティが平然としていることだった。自分の身体の状態に疑問はなく、女性らしい恥じらいすら知らない、いやわからない彼女に。ブレンは愕然とした。
「い、いやなんでもない。今、きれいにしてやるからな」
改めて、今のレティには介抱してやる人間が必要だと悟る。そうしてブレンは風呂場に向かって声を上げた。
「ハーキ! 出てこい!」
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