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第四話 奴隷の少女レティ

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 カラスを名乗る男たちの気配が消えた路地裏で、ブレンは《見通しの光瞳(サーチ・アイ)》の魔術を停止した。今は男たちの行方よりも少女の怪我の方が気がかりだったからだ。

 少女を抱き起し、傷の状態を確認する。しかし少女の肌を見ると、ブレンは怒りに顔をしかめた。


 「チッ、フィアレに頼んでも完治は難しいぞ……」


 意外なことに出血は既に止まっていた。だが少女の身体は、もはやどこから出血していたのかもわからないほど傷だらけになっていたのだ。

 しかも、ただ傷だらけというわけではない。裂傷や打撲痕に始まり、やけど、変色、刺し傷、真新しい皮ふにミミズ腫れ。ただ単純に虐待を受けていたとは到底思えない、悪意と執拗さをもって暴行を加えた跡が少女の身体に残されていた。


 「あ……」

 「気が付いたか? どこか痛むか? 自分の名前、わかるか?」


 少女が目を覚ます。彼女はゆっくりとあたりを見渡すと最後にブレンを見つめ、そして震えながらつぶやいた。


 「ごすじん……さま?」

 「え?」


 舌足らずな声だ。顔どころか全身が血やどこでついたのかわからない泥と、よくわからない粘液で汚れている。正確な年齢はわからないが、十四、五歳といったところだろうか。


 「ごすじんさま……あなたが、レティの新しいごすじんさま?」

 「はい?」


 困惑するブレン。しかしレティを名乗る少女はそのままブレンに縋り付いてきた。


 「ごすじんさま、ごすじんさま……レティは、ごすじんさまの命令なら何でもします。どんなことでもします。この存在は端から端まで、最初の文字から最後の結びまで全て」


 レティの態度は卑屈な奴隷そのものだ。出会いがしらの相手に這いつくばり、必死でというよりはそれが当然であるかのように忠誠を誓う。

 だがそれは、ブレンにはとても受け入れがたいものだった。


 「いやちょっと待ってくれ。何なんだ一体」

 「ごすじんさま?」

 「だから俺は君のごす……ご主人様じゃない。まずはそこから―――」

 「でも、前のごすじんさまは、次に目覚めたとき最初に見た人が新しいごすじんさまだって。だから、あなたはレティのごすじんさまですよね」


 だめだ、とブレンは直感した。レティの言っていることは支離滅裂でとても話になるようには思えない。


 「あー、わかった。じゃあ俺はレティのご主人様だ。それで満足か?」


 仕方なしにブレンは折れることにした。彼女の全身の傷がどうなっているのかも気になるし、今は真夜中。しかもあのカラスのような連中は俺とレティを殺すと宣言している。一刻も早く安全な場所に移動しなくてはならなかった。


 「はい! よかったぁ。やっぱりごすじんさまだった……」

 「ああ、うん。それじゃあ俺の家に行くぞ。ほら、しっかりつかまれ」


 レティがほっとした笑顔を見せる。とりあえず話が付いたので、ブレンはレティを抱き上げて家に運ぼうとした。しかし、レティはブレンが予想だにしない反応を見せた。


 「ま、待ってくださいごすじんさま。レティは、一人で歩けます。だから―――」

 「そんなボロボロの身体で何を言ってるんだ。さっきまで出血していたはずだろ」

 「レティは大丈夫です。ごすじんさまのお手は煩わせません。だって、だってそんなことしたら、また……」

 「え?」


 レティの身体が急に震えだした。一体どうしたのかとブレンが顔を覗き込もうとすると、レティは「ひっ」と短い悲鳴を漏らしながら腕で顔をかばった。


 「お願いしますやめてくださいいい子にしますし絶対に逆らいませんアレと一緒でも我慢するしおなかがすいても寒くても気持ち悪くても平気です体は弱いけど頑張るし死んじゃうのも怖くありませんだから、だから―――」

 「おいレティ、いったい何を……」


 壊れたかのようにまくしたてるレティ。だがその意味不明な言葉の羅列よりも、次にレティがこぼしたものに、ブレンは歩みを止めた。


 「もう、痛いのはいやだぁ……」


 ぽろぽろと、涙をこぼしながら。その言葉も涙も、死の直前まで搾り上げてようやく出てきたもののようだった。

 痛い。それは何が痛いのだろうか。身体だろうか。それとも心だろうか。


 (ああ。なんでもっと早く気が付かないんだ)


 ブレンはそこでようやく我に返った。寸前までカラスのような男たちと接触していたことやレティの異様な言動に気を取られるなどで動転していた彼だったが、一番重要なことを見落としていた。


 この子は、レティは傷ついて倒れたのだ。重傷を負った肉体からだと同様に、精神こころもまた致命的な傷を負っている。


 奴隷のような態度は、きっと自分を守るために生み出された仮面なのだろう。だからこそ、いまこぼした「痛いのはいやだ」という言葉は、人間以下の存在としてふるまう彼女に残された人間の部分であるはず。


 「ブレン」

 「へ……?」

 「いや、名前を言ってなかったと思ってな。俺はブレンっていうんだ。お前はレティで間違いないな?」

 「は、はい。あの、なんで今名前を……?」


 戸惑うレティに対して、ブレンは彼女を強く抱きしめながら答えた。


「これから一緒に暮らすんだから、お互いに名前くらいは知っておかなくちゃならないだろ。」


 レティをだきしめたまま歩き出す。その表情に、もはや迷いはなかった。


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