魔術師のいる教室
魔術師騒動の収束から1日。
学校の倒壊が理由として、今日は休校だ。といっても、元々休日なのだから、実質は休部活とでも言うべきか。この状態は明日まで続く予定らしい。
昨日は御手洗の協力で校内の安全が確認され、大怪我をしていた佐倉のついでに検査をしようと、生きていた全員が病院に運び込まれた。
普通なら訝しがられそうな事態だが、病院自体が魔術師協会の関係機関らしく、俺達はあっさりと受け入れられたのだ。
俺は検査で魔術師だとバレるのではないかとむしろヒヤヒヤしていたが、目立った怪我がないため問診だけで済まされ事なきを得た。
風邪でも病気でも、この病院には今後来ないことを密かに決意して。
そんなわけで、今、俺は病院にいる。
とはならない。
魔術師のことは家族であろうと他言しないことをきつく言い含められた上で、怪我をしていない俺はその日のうちに家に戻されたのだ。
家のほうには落雷による建物の崩壊ということで話がいっているらしく、大変だっただろうと言われるだけで、詮索されるようなことはなかった。
そんなわけで、今、俺は家にいる。
ともならない。
心の中に残った疑念を払拭しきれなかった俺は、朝食を済ませるなり家を飛び出した。
学生寮に行き、聞き込みをして回り、先生に電話を繋いでもらうことで情報を得て、現在に至る。
目の前にあるのは、団地の一角にあるボロアパート。その2階の隅にある日当たりの悪そうな部屋の前だ。
「間違いなさそうだな」
横目で標識を確認して、俺はインターホンを押した。
ピンポーンと軽い音が家の中で鳴り、エコーする。よくあるタイプのインターホンだ。何の変哲もない。
程なくして、扉が開かれた。
「はーい。どちら様ですかー?」
現れたのは女子大生だ。厳密な素性は知らないが、少なくとも高校生の子供を持つ親には見えない。ガードが甘いラフな格好をしている大人な女性と言えば、俺がイメージするのは女子大生だった。
「あの、どちら様でしょうか?」
と、無言が続いたせいか女性が訝しげな瞳を向けてくる。
「俺……じゃなくて、自分は桜磨高校の浅見と言います」
名乗るだけでは足りないかと思い、学生手帳を取り出した。卒業生でもある彼女は外側だけでも物が理解出来たのか、表情が弛緩する。
不審者認定が解除されたところで、俺は本題を切り出すことにした。
「神津賢丞君は居ますか?」
「えぇ、居るわよ」
要件がハッキリしたおかげか、女性はにっこりと笑顔を浮かべる。
「賢丞ー。学校のお友達が来たわよ」
「今行くよ、姉さん」
部屋の奥から男の声が聞こえた。
女子大生は笑顔を浮かべて奥へと消えていき、代わりに男子高校生が現れる。
「やあ、待っていたよ」
身長は俺と同じくらい。筋肉質でも痩せ型でもない、中肉中背の平凡な見た目。あどけなさを残した顔に浮かぶのは、柔和な笑み。優しげな目には、けれど鋭い眼光が宿っている。
その胸の中には黒猫が1匹。
「初めまして。浅見真君?」
「何が初めましてだよ。神津賢丞」
最初の犠牲者がそこにいた。
「さっきのは姉か」
「そうだよ。身贔屓かもしれないけど、綺麗な人だろ?」
悪びれる様子もなく、神津が笑う。
死人が動いているという感じではない。生き返ったとも表現出来るかもしれないが、それよりは違う解釈をするほうがしっくりとくる。
「で、本題は何かな?」
「死んでなかったんだな」
俺は、俺達は魔女狩り執行官達から彼の死を知らされただけで、彼の死体を確認したわけではないのだ。
「そうなるね」
「なぜだ」
「それは、なぜ生きているかという質問かい? それとも――」
神津はニヤリと笑みを浮かべる。
「なぜ魔術師協会は死んだと認識していたかという質問かな?」
黒だ。
こいつはこの事件に確実に関わっている。巻き込まれた被害者なんて形じゃなく、ある種の元凶として。
そんな常識外れなことが可能な存在。それは――
「お前も魔術師かっ……」
「その通り」
神津は得意げに笑ってみせる。
「何のためにこんな事を」
「何のため、か」
ふいに神津の顔が曇った。
「僕にとって、姉さんは唯一の身内なんだ。だから、あの人のためなら僕はなんだってする。って答えで満足するかい?」
しみじみと呟くと良い奴っぽいが、その結果があの殺戮だ。敬博が狩りを計画していたのは神津のせいではないだろうが、魔女狩り執行官達の来訪が彼の計画を加速させたことは間違いない。
だが、彼らがいなければ……
「そう怒らないでくれ。僕は学校で何があったかは知らないんだ」
神津の腕がゆっくりと伸びてくる。俺はその手を避けることが出来なかった。
「だから、君の頭に直接聞くよ」
何を、と問いかける暇さえなく意識が暗転ーー「時間ピッタリですね!」「皆さんは魔法使いという存在を信じますか!」「マジ、クールなんですけど」――「俺の仕事は、魔女狩り執行官」「彼はこのクラスの中にいる魔術師に殺されたのさ」「これから数日間お世話になるよ」「無口なくせにモテモテだな」「無気力系ヒロイン」「2人ともやめなよ」――「おれの姫と何を話してたんだ?」「背後には気をつけときな」「昨日のやつらどう思うよ?」「魔術師が、この学校を選んだ理由だから」「俺は支援金じゃないかと思うよ」「敷地内が全面禁煙なとこかな」「先輩は殺されました」「さあ、魔女裁判を始めるぞ」――「なんでこんなことするんすか?」「説明が欲しいですね」「邪魔だァ!」「死にたくなかったら動くなよ」「この中にも魔術師とやらが居ないとは言い切れないからね」「ふん、馬鹿馬鹿しい」「勝手に動かないようにしましょう」「カーテンを開けよう!」「あいつを追わなくていいのか?」――「グルァッ!」「顔が怖くなってるぞ」「さあ、教室に戻れ」「お前達はここに残ってろ」「今は自分の安全を考えよう」「何しに来たんだよ」「少し雑談でもしようか?」「終わりだよ!」「てめぇも魔術師だったのかァ!」「獲物は大人しくくたばれよ!」――「さァ、死合おうぜ」「助けてくれてありがとな」「何が無事にだよ」「全員、止まりなさない!」「好奇心は猫を殺すという言葉はご存知で?」「あの死体を見たのですか」「事件は解決と判断されましたわ」――
――「まあ、これだけわかれば十分かな」
神津の手が離れた。それと同時に途方もない疲労が襲いかかってきて、立っているが難しくなる。
「……な、何をした……?」
目の前にいるのが魔術師で、常識では理解出来ないことが起こったのだから、魔術なのだろう。けれど、問わずにはいられなかった。
「君の記憶を追体験させてもらったんだよ」
神津の笑みは変わらない。
「記憶……だと?」
英語で言えばメモリー。いや、メモリアルか。どちらでもいいのだが、それを追体験しただと? 魔術は物理的な現象だけではなく、精神にも働きかけることが出来るというのか。
「僕の魔術だよ。君の魔力を使わせてもらったけどね」
「何を言って……?」
「理解は求めないよ」
求められても理解が追いつかない。
記憶の追体験? 俺の魔力を使った? 難しい言葉ではないはずなのに、頭が回らない。
まるで、魔力を解放し続けた時のように。
「ただ、強敵を倒してくれた君にはご褒美を与えないとね」
そう言って、神津は不敵に笑う。
「なに、を……」
「あのクラスは崩壊する」
神津の笑みはどこまでも楽しそうで、同時に寂しそうだった。空元気とはまた違う、壊れた笑み。
「こんな事件があったんだ。クラスメイトが、人によっては友達が、あるいはもっと親しい人が死んだんだ。気づかぬうちに、あるいは目の前で、残酷に、残虐に。普通で、普通のままでいられるはずがない。
建物は直ったとしても、人の心の傷は治らないんだから」
神津の言ってることは、正しい。
だが、その原因を作ったのも彼だ。敬博との間に何があったのかは知る由もないが、責任がないわけがない。
「学級崩壊か、学校の崩壊だって考えられるな」
それでも彼は他人事のように笑いながら続ける。
「でも、僕ならそれを変えられる」
神津の瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。
「魔術師協会は、僕を死んだと記憶していただろう?」
そうだ。こいつは生きている。
敬博が自分は殺してないと言った時は半信半疑だったが、真実だった。だとすれば、あの魔女狩り執行官も生きているのか。
いや、アレは死んだタイミングが違う。ならやはり、あの日、あの場所にはーー
「同じ原理さ」
神津の声で、余計な思考は中断させられた。
「死んだ生徒なんていなかったと、いや、こんな事件すら起こらなかったと皆の記憶を書き換えることだって可能だ」トントンと神津は自分の首をつつく。「君の協力さえあれば、ね?」
「……本当か?」
俺は思わずそう問いかけていた。
「本当だとも。君がその気になれば、すぐにでもね」
神津の目は本気だ。俺が頷けば彼は迷いなく記憶を書き換えるだろう。
「さあ、どうする?」
そう言って悪魔のような笑みを浮かべる男の手を、俺は――
時刻は7時55分。俺は窓際最後列の自分の席で惰眠を貪っていた。寝不足ってわけじゃないが、早く来てまで行った作業が早々と終わってしまったから暇なのだ。
話せる人がいないわけじゃないんだが、今日は自分から話しかけに行く気分ではない。
「眠そうだね。休日になんかあったのか、真?」
「あー、いや。そういうわけじゃないんだ」
教室に着くなり、荷物も置かずに話しかけてきたのは、颯大。休み明けはこの話題から始まるのが、彼の常だ。
「おれもとくなかったな」
ひょっこりと小柄な影が滑り込んできた。いつの間にか登校していた成だ。神出鬼没なのは、いつものことか。
「『宿命の魔術師』の最新刊が発売になったんだよー」
目の前の女子が振り返って、会話に加わってくる。ほがらかな笑みを浮かべる彼女は、御子柴千尋。魔術師という言葉を使うことに抵抗はなさそうだ。
「あぁ、それ私も買ったわ」
彼女の隣に座る野崎が反応した。物静かな文学少女といったイメージだが、漫画も読むらしい。
「さすが、まんがぶ」
あぁ、そういえば彼女は漫画部の所属だったか。成と野崎はあまり縁があったとは思えないが、意外と知ってるらしい。あるいはーー知っていることになったのか。
「そういうあんたは買ったの?」
「かってない」
野崎は残念そうに肩を落とした。同じ話を出来る同志だとでも思ったのだろうか。まあ、成は漫画とか全く読まないから仕方ない。
「俺は買ったよ」
颯大が得意げに笑う。
「お、もう読んだ?」
野崎が楽しそうに身を乗り出した。
「読んだ読んだ」
「なら、最後の話のさ――」
好きな漫画の話だと明るい表情を浮かべるのか。意外な一面を知ることが出来たのは、少し楽しいな。
「だよな。後はよ――」
それに応える颯大も、好きな漫画なのかは知らないが、楽しそうだ。夏休み明けで話したい話題が溜まっていたときのように、言葉が口をついて溢れ出していた。
野崎は実際に持ってきていたらしく、漫画を取り出して、ページを開きながら話を続ける。
「…………」
その様子を、ジトっとした目で成が眺めていた。
「…………」
「みのも買ったら?」
御子柴が漫画をみせながら、笑いかける。その表情はどこまでも楽しそうだが、言われた成は口をへの字に曲げていた。
「で、私も持ってきたんだけどさー」
そんな様子を知ってか知らずか、御子柴は2人の会話に加わっていく。颯大も完全に女子達の方へと移動していた。
取り残されたのは、俺と成の2人だけ。
「まんが、か」
静かに呟いて、成は去って行った。
それと入れ替わるようにして、パーカーを着た男子生徒が教室に入ってくる。そして、俺の隣の席に鞄を置くと、ニッコリと笑顔を向けてきた。
「おはよう、真」
「いきなり名前で呼ぶなよ。そんなに親しくなった覚えはないぞ」
「釣れないなぁ」
そう言って、男は自分の席に座る。先週までは敦の席だったその場所だが、今はこの男の席なのだ。
「一緒に世界を書き換えた仲じゃないか」
「書き換えたのは、お前の魔術だろ」
「君の魔力を使ってね」
そう言って、魔術師――神津賢丞はイタズラに成功した子供のように笑った。
俺はこの書き換えられた世界を生きていく。
変わってしまった人々と、変わらない日常を。
魔術師のいる教室で。




