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とうとうここまで来てしまった。
結婚式だ諸君。
まじか……。たしか、申し込んで一週間も経ってないぞ。あの女、図ってやがったな……。
男らしく腹はくくったが、これからが心配だ。妹は絶賛大喜びで花嫁の控え室に行った。お兄ちゃんを一人にしないでくれ! めっちゃ緊張してるんだよ!
妹のかわりにやってきたのは、爺さんだった。
爺さんはにこにこしている。
「子供が結婚するっていうのはいいものだなあ」
「はは、爺さんにその経験をさせてあげられてよかったよ」
「うん、どうも」
「あー、花嫁さんの方はどうだった?」
「綺麗すぎて腰を抜かすわい」
「そんなに?」
爺さんはにっこりを頷いた。
本当に嬉しそうだ。会った時は本当に信用していなかったけれど、今ではもう十分、僕の知っている親父よりもよっぽど親って感じだ。出した条件は本当に汲んでくれたし、おかげでこうして仕事しながらまじで結婚までしちゃってんだけど……。
爺さんは控え室の椅子に座った。
「君がうちの養子になってくれてよかったよ」
「なんだよ、急に。爺さん、どうしたの?」
「なんだか、涙腺が緩くなって来てなあ。歳だなあ」
「そうだね。でも、泣くのはもうちょっと待ってよ。結婚式には枯れちゃうかもよ」
「枯れるもんかい」
爺さんはぐいっと目尻を拭うと僕の姿をまじまじと見て、また幸せそうに笑った。
「私はちょっと出るよ」と言った。僕はそれがいいと頷いた。このままじゃ爺さんの水分がなくなって脱水症状になっちゃいそうだからね。
僕はのんびりとすることにした。
まさかの一週間という速さの結婚式で、僕の頭はすでにパンク状態。こういうのって二人で決めるもんじゃなくない?
僕らの場合は、お嬢さんがさっさと全部「これでいいですわね?」と有無を言わせずに決めて行ったおかげで一週間。そういえば、すごく前に服の寸法を図られた気がする。多分、これのためだったのだろう。真っ白いタキシード……。汚したら怒られそうだ。
少しタイを緩めていると、ぱっと妹が入ってきた。彼氏も一緒だ。並んでると宗教絵画みたいだよ。
「お兄ちゃん、やっぱりかっこいい!」
「お前もすっごく天使みたいだよ〜〜〜!!」
「お兄ちゃんも本物の王子様みたいよ! 大好き!」
「僕もギャビーが大好きだよ……!」
僕らがハグしあっているのを、彼氏くんは複雑そうな表情で見つめた。僕もね、君という存在が現れた時、めちゃくちゃ複雑だったよ。
妹は僕から離れると、ニコニコと天使の笑みを撒き散らしながら、いかにスージーが綺麗だったかを話し始めた。大げさなぐらいの表現を使いまくり、賛辞しまくっていた。落ち着きなさい、わかったから。
式場の方も見てきたようで、今までお世話になった学校のおいさんと奥さんや爺さん連中、あの真面目なおじさんに、今の仕事の連中もやってきているらしい。僕と妹は貴族としちゃ当たり前にも異端なので貴族連中の名前はわからない。とりあえず、ディックとアリスがいるのは聞いた。よくこれたな……。
まあ、とにかく、最近下っ腹が出てきたらしいディックは学校の頃よりも明らかに輝きが弱くなっていると思う。
僕は毎日仕事してるし、鍛えてるので大丈夫です。ムキっとしてるよ。脱いだらすごいぜ。
妹が喋っているとドアがノックされ、そろそろ……と式場のお姉さんに言われた。妹はさっと立ち上がり「お兄ちゃん、本当におめでとう!」とほっぺたにキスして彼氏くんと出て行った。
彼氏くんは複雑そうな表情をしていた。僕も君と妹が手を繋いでて複雑な気持ちになったよ。
僕は深呼吸して、ドアを開ける。
いろんなやつがいて、僕は緊張をほぐすためにいろんなところにいるやつに向かって手を振った。妹に口パクで「スターが登場してるんじゃないんだから、普通に歩きなさいよ!」と言われ、僕はやっと真面目に歩いて神父さんの前まで行った。
あー、待ってる間って緊張するよな。
後ろからドアの開く音がして、うわあ、というため息がそこらじゅうで聞こえた。なんだ、そのため息、振り向きたくない。
コツコツとハイヒールの音がだんだんと近づいてくる。くそ、これはいよいよ振り向いて、親父さんからもらわねばならない場面!
僕は意を決してくるっと振り向いた。
まじか……。
え、まじか……。
まじだわ……。
言いたくないけど、やっぱり、外見はめちゃくちゃ綺麗なんだよな、うん。だから、まあ、見ほれたとかそんなのはまったくないけど、ほら美人は三日で飽きるっていうし? そう、見飽きてんだよね。だから、そう、ちょっとまあ、驚いただけだ。
僕はさっと腕を差し出して、親父さんからお嬢さんを渡された。あんたの分まで、できることはするよ。
彼女はボソッと「綺麗すぎてさっき見ほれたでしょう? まあ、あたくしったら美しくたおやかで可愛く可憐ですから? さらに綺麗だなって見ほれてしまっても仕方がないことですわ」と言った。
僕はもちろん「そんなわけないだろ。ちょっと黙ってろよ」と反論した。
神父の言葉はそっちのけで僕らはボソボソ言葉の応酬をした。
それから結局、僕が負けた。ちくしょう、認めるとめちゃくちゃムカつく表情するんだよな、こいつ……。
「では、誓いのキスを」
「くそ……。なんでこんな大勢の前でしなきゃいけないんだよ」
「バードでいいんですのよ?」
「ディープにしてやろうか」
「できるものならやってごらんなさい」
「オッケー、やってやろうじゃねえの」
僕はさっきはずしたベールを顔かくしに、ついでに体もひねって、客に見えないようにしっかりディープでやってやった。
「どうよ」
「最低ですわ!」
「スッキリしたよ、僕」
「まあ、美しくたおやかで可愛く可憐なあたくしを前にして我慢できなかったってことにしときますわ」
「はいはい、もうそれでいいよ」
「あら、素直ですわね」
「文脈と言いかたで分かれよ!」
「あら、違いますの? そうでしょう?」
「ちょっと黙れよ」
「素直になってよろしいんですのよ?」
「結婚式でまで痴話喧嘩したいのかな、君は」
「あら、喧嘩するほど仲がいいっていいますわよ。でも、あなたが負けますわね。だって、あたくしは美しくたおやかで可愛く可憐でさらいたくなるくらいですもの」
「あー、もう……」
僕は目玉をぐるりと回した後、彼女をお姫様抱っこした。
会場はわあっと沸いた。僕はとりあえず、手を振っておいた。
それから、彼女だけに「これからあの時みたく攫って監禁してやるよ。お望み通り」と言った。
「あなた、話し聞いてました?」
「聞いてたよ。攫って欲しいんだろ?」
「まあ! 違いますわ! ちゃんと判断してちょうだい!」
「いやあ、恋人ににちゃったのかなー! ほら、長年いると似るっていうじゃん?」
「じゃあ、素直になればいいのに」
「素直だよ、僕は」
僕らは、式場のドアから出ると、そのまま、さっさと馬車に向かった。
式場から出てきたみんなからいろんな祝いの言葉をもらいながら、僕らは家に向かって走り出した。
彼女は馬車の中で「あたくし、本当に誘拐されてしまいましたわね」と言った。
ほんと、あんたを誘拐して失敗だったよ! まさかここまでくるなんてね! 大失敗さ!
僕がふてくされるように、むっつり外を眺めていると、彼女は突然僕の顔を掴みキスをした。
「ちくしょう! 愛してるぜ!」
「素直でよろしい」
彼女は勝ち誇った表情をした。
ほんと、あんたを攫って失敗だったよ。だけど、これからは大成功だと思えるように努力するさ。
まずは今日の夜からね。




