第50話 継承式
「――そんなわけで、流石に疲れてしまってな。
つっても、引退するだけで隠居するわけじゃないからよ、そこは安心してくれや」
継承式冒頭。
引退に伴っての演説……のはずが、気がつくとただの雑談になっている。
予め用意されていた原稿の内容は網羅しているものの、これでは威厳もへったくれもない。
(ま、それは今更か)
天界王という名では呼ばれているものの、本質的な部分は昔から変わらない。
よく言えば気さく、悪く言えばいい加減。
とはいえ、独りよがりではなく常に周りに気を遣っていることがわかるため、かえって人望につながっているとも言える。
天界広しといえど、疲れたから、で引退を受け入れられる者はそういないだろう。
横を見ると、そのクジ・ファ・アが肩をすくめる。
相変わらずですねこの人は、と言いたそうだ。
壇上には、天界王、司会進行の弥勒、補佐のクジ・ファ・ア、姿は視えないが護衛のヴェイ・クの4人しかいない。
準備の段階ではもっとスタッフがいてたのだが、そもそもの『計画』を知る人物以外を近くに置くことは危険度を増すことに繋がる。
そのため、式典が開始する前には全て下がらせたのだ。
「んじゃ、シャル、挨拶してくれ」
そうこうしているうちに、いつのまにか演説(雑談)が終わり、おもむろに次期天界王シャル・ド・ネを呼び出す。
「ん? あれ? シャル? おーい?」
当初の式次第では司会進行の弥勒が呼びこむ手はずになっていたのだが、勝手に進めてしまっていた。
自由というかなんというか……結果さえ合っていればいいだろう? とよく言っているが、こういう時くらいは段取り通りにして欲しいものだ。
(……もしかして、未来が確定しないの天界王のせいなんじゃないか……?)
呼ばれたシャルも、予定と違うためどうしたものかと反応できずにいた。
「あー、続いて次期天界王シャル・ド・ネによる挨拶です。
シャル・ド・ネ、壇上へ」
固まったまま動かないシャルに、すかさず弥勒がフォローに入る。
彼が壇上に上がるまでに間、弥勒は天界王を睨みつけてみたものの、当の本人は気づくことすらなく涼しい顔だった。
「えー……“ド”の称号を与えられし“ネ”家の当主シャルである。
此度は天界王の突然の引退に、みな驚いていることと思う。
かくいう――」
現王とは真逆の生真面目さをもったシャルは、事前に用意してある原稿通りに一字一句間違えることなく挨拶を読み上げる。
これが終われば、いよいよ『王の証』の授与だ。
恐らく……いや、間違いなくここで『敵』が動いてくる。
今回の継承式は狂言だ。
不穏な動きのあるという50貴族の『誰か』をあぶり出し、『王の証』の秘密がなぜ漏れたのかを探る。
ここまでは順調だ。
罠も用意してある。
全てうまくいく、それだけの備えはしてきた。
だが、
(どうにも嫌な予感だけが消えないね)
式典前に使った『未来視』では、過程は未確定のまま、しかし収束した未来では王が倒れ伏していることに変わりはなかった。
本来、これだけ用意周到にことを進めれば簡単に変わりうる未来が、にもかかわらず変わらないのだ。
何か『抜け』があることは間違いないが、それがなんなのかわからない。
「――若輩者ではありますが、精一杯天界王の務めを果たしていく所存であります。
どうか、皆様のお力もお貸しくださいますようお願い申し上げる!
以上!」
そうこうしているうちに、シャルの挨拶が終わる。
「では、最後に『王の証』の継承を執り行う」
弥勒が高らかに宣言し、現王が中央へ立つ。
懐から『王の証』を取り出し、集まった者へ見えるように掲げる。
偽物を用意する、という話も出たが、万が一見破られた場合に『敵』が動かない可能性があるため却下された。
いつ動くかわからない相手を強制的に行動させるための餌だ。
間抜けを釣るならともかく、疑似餌では大物はかからないだろう、との判断だった。
天界王の横へシャルが並び立つ。
お互いに向かい合い、シャルがひざまずく。
「シャル・ド・ネよ。
天界王の務め、任せたぞ!」
掲げられた『王の証』がシャルの手に触れる、その瞬間――
(今だ!)
弥勒が最後の未来視を行う。
いかに不確定であっても、いざ動き出したならばそれは『未来』ではなく『現在』だ。
そうなれば、その後どう動くかは未来視で見ることができる。
「え……!?」
今回の継承式は狂言だ。
だから、協力者は極力少なくしてきた。
信用のできるものを選び、念の為紫翡翠の眼でも『視』た。
だから、視えた未来で『裏切るはずのない』クジ・ファ・アが、天界王ではなく弥勒に向かってきて来たことに理解が追いつかなくても無理はない。
ボムッ!!
次の瞬間、壇上に煙幕がまかれる。
視界が閉ざされ、何が起こっているのかわからない。
「くっ」
未来視を止め、別のスキルで周囲を確認する。
「スキル:透過する瞳!!」
いかなる妨害も通り越して『視る』事のできるスキルだ。
視界がひらけると、こちらへ迫りくるクジの姿があった。
近い未来を見たとはいえ、予想よりも早い展開に頭が追いつかない。
と、眼前まで迫ったクジの姿が突如変貌する。
髪が、瞳が、肌が、血で染め上げられたかのように赤く染まっていく。
背が伸び、ソレに合わせて背が曲がる。
手も足も長くなり、指には鋭い爪が現れる。
額からは鋭利な角が二本生える。
比較的筋肉のついていた体が、骨と皮だけのひょろ長い姿へ変貌した。
「はぁい、弥勒★?
1000年ぶり、元気してた★?」
「な!?」
「なぁにそんな変な顔して、ワタシのこと忘れちゃった★?」
「お前……クピュリレル・ドレ・アか!?」
「せいか~い★
覚えててくれて嬉しいわ~★」
1000年前、天界王を選出した際の太古の10貴族が一人。
“ド”と“レ”の2つの称号を持ち、現“ア”家の初代であり、天界王選出の直前に姿を消した男。
その男が、なぜこの瞬間に現れたのか。
すぐには答えは出そうになかったが、一つだけ確実なことがある。
「キミが黒幕か!」
「や~ね~、黒幕だなんて★
弥勒ちゃんの未来視が厄介で、本当に出てこれるかは賭けだったけどね~★」
息がかかるほどの距離で、腕が振り降ろされる。
「くそっ、ヴェイ!!!!」
ガイィィィン!!!
弥勒の声と同時に、どこからともなく飛んできたナイフがクピュリレルの爪をはじく。
「あはっ、そういえばいたわね★
でもねー? 弥勒ちゃん★?
その子、こっちに呼んじゃったらダメじゃない★?」
「ぐああああ!」
クピュリレルの言葉と共に響く天界王の叫び声。
見ると、赤い爪が腹部に突き刺さっている。
「ワタシの爪、飛ばせるのよん★」
「なっ……!」
「あと★
よそ見もダメよん★」
気づいた時には、腹部に重い衝撃が走り、そのまま壁に叩きつけられていた。
「ぐはっ……!」
全てが後手に回ってしまっていた。
予想外が重なり、瞬間の判断すら間に合わない。
「うふふ★
ワタシの勝~ち★
ついでに、あなたの厄介なスキル、もらっていくわね~ん★」
そう言って弥勒に向かって手を伸ばすと、その体から光の玉が7つ溢れて出てくる。
「ごっちそさ~ん★」
満足したのか、もう弥勒のことは見向きもせず、ゆったりとした足取りで天界王の元へ向かう。
薄れいく意識の中、すでにシャルも倒れ伏しているのが見えた。
その光景を最後に、弥勒は意識を失った。
50話まで来ました―!
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