第47話 王の証
「お前だから話すが……」
沈黙が支配していた応接間で天界王が口を開く。
が、開いたものの、また閉じてしまう。
弥勒はというと、急かすこともなくゆっくりとお茶菓子を楽しんでいる。
「……お前のそういうところが嫌いだ」
「……あのさぁ。
ボクにどうしてほしいんだい?
急かしてほしいならそうするけど」
「ああ、いや……すまん」
再び沈黙。
王の証に何か秘密がある、という類の噂は一つとしてない。
かつての10貴族(それぞれが分家に派生し、今の50貴族を形作る)が天界王を選出した際に作られた『ただの飾り』でしかないはずだ。
もし仮にそういった『特別』があるのであれば、もっと権力争いが起こってもおかしくはない。
だが、ただの『証』を求めてそんなことをする阿呆はどこにもいなかった。
「しかし、本当にお前の『眼』はすごいな」
どうにも本題に入りあぐねている様子で、切り出す。
「本来であれば絶対に気づくはずはないんだが……なぜそう思ったんだ?」
「うーん……そうだねぇ。
どう話していいか難しいところだけど……ボクの眼は『違和感』を見ることができるんだよ」
「違和感……?」
「キミは初め、『面倒なことになった』って言ったろ?
つまり、必ず裏に何かがあるわけだ。
とはいえ、キミ以外知るはずのないことが原因だ、なんて、恐らくキミ自身思ってもいなかっただろう。
だから、普通であれば気づくわけがないんだけど……だからこそボクは『視た』んだよ。
きっとそういう『何か』を求めてボクのところに来たんだろうからね」
一気に言い切ると、ソファへ深く座り直し再びお茶菓子を口に入れる。
ここから先は天界王が口を開かなければ進めない、とばかりに。
「ラベンダーアイ、か……。
だとしたら、俺が何も話さなくても――」
未だに迷っているのか、天界王は本題に入らない。
「いやいや、『全て』なんてさすがにそんなことはないさ。
中には見えないものもある。
それこそ――」
一旦言葉を区切り、お茶をぐびり。
青く澄んだ天界王の瞳を覗き込み、続ける。
「それこそ『王の証の秘密』、とかね」
お互い目をそらすことなく見つめ合う。
長いようで短い一瞬。
先に折れたのは天界王だった。
「はぁ……わかったよ、観念する」
「そうしてくれ。
まぁ、見ようと思えば多分見ることはできるんだけど……強固に守られているものを見るのは大変なんだよ」
「めんどくさがりめ」
「うるさい秘密主義者」
「仕方ないだろ、よっぽどの内容なんだから。
……聞いても後悔するなよ?」
「するくらいなら最初から聞いてないさ」
◇
「一言で言ってしまえば『王の証』の力というのは『事実の改変』にある」
「それは……あー……やっぱり聞くんじゃなかったかな」
「だから言ったろう?」
「冗談だよ。
あ、そうか。
これをなかったことにしてもらえば!」
「あのな……。
そもそも、『事実』の改変というのはだな――」
天界王は語る。
事実の改変。
あるものをなかったことに、なかったものをあったことにすることができる力。
AをBとすることすら可能であり、それをただの事実として全てのものが受け入れてしまう。
それは、単に過去を変える力ではない。
事実そのものが変わる力である。
それゆえに、誰もが変わった事に気づかない。
変えた本人すらも……。
また、事実のみに作用するため、その『原因』は一切無視される。
「だから、今回の暗殺未遂そのものをなかったことにすると、なぜそうなったのかはわからないままになってしまうんだ。
その上、俺自身ですら忘れてしまうために、今後起こるかもしれない『何か』に対策を取ることを考えすらしない以上、防ぐことができないんだ」
「『事実を改変したこと』としてその事実を残すことはできないのかい?」
「できなくはない。
が、それは俺だけが覚えている、としかできない。
そうでないと『王の証』の力についてが周知されることになってしまうからだ。
そうすると、なぜそんな対策をとるのか? と聞かれた時に答えられなくなってしまう。
暗殺を警戒して、なんて言って、まともに取り合ってくれる者がいるとは思えないからな」
「確かに、この力について知らない状態でキミが『暗殺の危険が……』なんて言い出したら、ボクでもおかしくなったと疑ってしまうな」
「だろう?」
それを聞き、弥勒も『結局は事実を残すしかない』という結論に至る。
「原因が無視される、ということは、結局暗殺に至る道筋が消えるわけではない、ということか……。
うーん。
恐ろしく万能の力かと思っていたが、そうでもないんだな」
「後先考えなければ万能なんだろうけどな。
あまりにも強力すぎて扱いに困ってるよ。
結局、俺だって最初に『天界王だけがこの力について知っている』という改変を行った以外には使っていないくらいだ」
「なるほど……。
それが『ただの証』でしかないと思っていた理由か。
今まで誰もそれについて疑問を持たなかった、と考えるとその力の恐ろしさを体感した気分だね」
少し震えるように両の肩を自ら抱くようにする。
「あまりにも危険な力だからな、10貴族との盟約で天界王になると同時に行使することになっていたんだ。
さすがに、今まで『証』についての話をしていた10貴族の代表たちが一切その話題に触れない……どころか、ただの『飾り』としてしか見なくなった瞬間は、俺も身震いしたさ」
しかし、その理屈で言えば、今回の暗殺未遂が『王の証』を狙ってのものであるとは考えにくい。
あれが『飾り』であることに弥勒ですら疑問を持たなかったのだ。
だからといって、それ以外に暗殺を行う理由が見当たらない。
実際に『よほどおかしなやつでなければ』譲ってもいい、という言葉に嘘はないだろうし、仮にそう言う輩が来たとしても『改変』してから譲ればいいだけだ。
暗殺、という手段を取るからには、
「それでは困る、ということか……」
「この件、思っている以上に厄介かもしれないな」
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