第38話 フエ
転移させられてからすでに10日が経っていた。
向こうの時間だと……まだ1日、ってとこか。
千代ちゃんは無事だっただろうか。
どうにも拭いきれない不安はあるけれど、今の私にできることはない。
弥勒さまを早く見つけて、とっとと帰ろう。
転生局の時間が10倍早く進むというのであれば、逆に言うと1年かかっても向こうでは1ヶ月ちょい、ってとこだし。
ちょっと長めの海外出張くらいに思っておこう。
なんかお土産とか持って帰れないかなぁ……。
いつの間にか私、地球より転生局に帰りたくなってる。
別に地球でいじめられてたとか、辛い思い出があるとかではないんだけど。
うん、あそこでの暮らし、ほんと楽しかったな……。
いや……楽しい、だ。
過去形にしないためにも、頑張ろう。
この10日間、ひたすら真贋判定を繰り返し使用してやっと目的地が絞り込めた。
住んでいる家から電車で2時間。
そこからバスで1時間、さらに徒歩で1時間という山奥の里。
地図によると……存在しないはずの場所。
ネットの衛生地図を使っても森しかなかった。
どうあっても他に候補地がなく、念の為観察眼を使ってみてようやく見つけたのだ。
そのせいで確定するまでにやたらと時間がかかってしまった。
しかし。
こんな道なき道を行かなければいけないというのは何かの嫌がらせなのだろうか。
転生局の長い廊下ですら歩きたくない派の私にはとてもキツイ。
「ふぅ……あと少し、だよね、たぶん」
見上げると日がだいぶ傾いている。
秋も深まる季節なだけあって、紅葉がキレイだ。
真夏の暑い時期でなくてよかった。
これだけ山道を歩いていたら汗だくになるけど。
それにしても、もう着いていてもおかしくないはずなんだけど、周りには何も見当たらない。
もう歩きたくないんだけどな。
ザワザワ……
不意に周りの木々が揺れる音がする。
抜ける風が気持ちいい。
……は、いいんだけど。
誰かに見られている……?
こんな山奥の森の中、普通だったら人がいるわけないんだけど。
間違いなく里の関係者だろうなぁ。
観察眼によれば、ここは忍者の隠れ里であり――千代ちゃんの生まれ故郷なのだそうだ。
『忍者の隠れ里』とか、まさか本当にそんなものがあるなんて。
……まぁ、転生局で異世界転生を担当している私が言うのもなんだけど。
あそこにいると、ファンタジーもSFもノンフィクションだしね。
「お前、何者だ?」
「うわぁぉう!」
考え事をしている眼の前に音もなく現れるのは勘弁してほしい。
「い、いきなり大声を出すな!」
「あんな声のかけられ方したら誰でもびっくりしますよ!!」
「む、すまない」
あれ、なんか思ったよりいい人っぽい?
声の感じは女の人っぽいけど……ゆったりとした服装と、顔を隠す仮面で性別はいまいちわからない。
敢えてわかりにくくしているんだろうな。
観察眼で『視』ればわかるんだろうけど……なぜかそんな気にならなかった。
「じゃ、なーいっ!
だから、お前何者だ?!
なぜ『千代』の気配がする?!」
「『千代』ちゃんの気配……??」
どういうこと?
ついてきてる……わけないか。
……あ!
「これ?」
ポケットの中から『千代ちゃん助けて笛ミニ』を取り出す。
転移させられる直前に渡された、フエのお菓子みたいなやつ。
「それは!
なぜお前がそれを持っている!」
見せた途端、ものすごい勢いで詰め寄られた。
「近い近い近い近い」
「ええい、うるさい!
早く白状しろ!
というか、よこせ!」
そのままの勢いで、フエを取り上げられそうになる。
よくわからないけど、そう簡単に渡すわけにはいかない。
紫翡翠の眼発動
スキル:予測する瞳
筋肉の動き、角度、脚さばき、重心の位置など、どう動こうとしているかが手に取るようにわかる。
フエと奪おうとする手の動きに合わせて軽く体を引く。
ギリギリまで引きつけてからだったのに、それによってバランスを崩すこともなく次の動きに繋げてくる。
さすがは忍者だ。
素早いだけでなく、臨機応変に次の手が出てくる。
ミルティ先輩直伝の護身術を使う間もない。
スキルがなければあっという間に捕まっていただろう。
「くっ、思ったよりもやるな。
この私が捕まえられないとは!」
「そりゃ、捕まりたくないですから」
あんまりスキルを使い続けていると頭痛がしてくるので、早めに諦めてほしいんだけどなぁ。
「ふぅ」
お? 諦めてくれたかな?
「一つ、聞かせてくれ」
「どうぞ?」
「これは、どこで手に入れた?」
「千代ちゃんから貰いました」
「!!
……千代は、生きているのか……?」
「あー……難しい質問ですね」
「どういうことだ?」
「答えるためには、少しこちらの事情を説明しないと」
「ふむ……」
一回死んで転生局へ行っているけど、別の世界へ転生することなく転生局で働いている状態、というのは『生きている』でいいのだろうか。
一応、肉体が与えられているから『死んでいる』のとも違うし。
うーん。
「お前の目的はなんだ?」
「ん? え?」
「ここには特殊な人避けの結界が張ってあるのだ。
普通の人間がここへ来られるわけがない。
それなのに来た、そして千代の『カギ』を持っている」
カギ?
フエ、じゃなくて?
「えっと。
話せばこれも長いんですけど。
ヒトコトで言えば『弥勒さまを探しに』来ました」
「……なるほど。
そういうわけか。
里へ案内しよう、ついてこい」
言うだけ言ってくるりと向きを変え行ってしまう。
「ちょ、ちょっとまって!」
一体全体なんなんだろう。
山道を1時間あるき回った足にはキツかったけど、どうも待ってくれる様子もない。
必死においかけること約10分、目の前には小さな門が立っていた。
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