第28話 暗転
「桜坂 螢子だな?
悪いが、ちょっと来てもらおうか」
今日も一日疲れたな、と寮への帰り道を歩いていると、突然いかつい男の人が立ちふさがる。
おお、久しぶりだなこれ。
拉致事件直後は、たまにこうやって声をかけてくる輩がいたけど(その都度ミルティ先輩が追い払ってくれた)、ここ1年くらいはほとんどいなかったからなぁ。
しかし、参ったな。
今日は千代ちゃんもミルティ先輩もいなくて、一人なんだよね。
……ってそうか、わざわざ私が一人になる日を待ってたのか。
なんともご苦労さまなことだ。
もちろん、しばらく何もないからと言って『もう終わったのね、よかったよかった』なんてのほほんとしていたわけではない。
もふもふが持たせてくれた誰でも使える武器や、『助けて千代ちゃん笛』もある。
『何かあったらすぐに吹いてくださいね!
お風呂とかトイレとかでなければ、1分以内に飛んでいきますから!』
という、(ネーミングはともかく)とても頼もしいグッズだ。
それに、ミルティ先輩直伝の護身術もあるしね。
……あの地獄の特訓を思えば、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう? って感じだ。
あ、ダメだ、コレ死亡フラグだった……なしなし!
まぁ、実際。
襲撃が止むちょっと前には、私1人で切り抜けたことが何度もある。
普段は使わない、戦闘用の『眼』のスキルもいくつかあるし、今回も大丈夫だろう。
今日は忙しかったし、疲れている千代ちゃんをわざわざ呼ぶこともない。
「先に言っておくが。
無駄な抵抗はよせ。
こっちとしては、お前を傷つけることになんのためらいもないからな」
「あー、ご存知ないかもしれないですけど、私を殺したり傷つけたり、力づくで従わせようとしたら、紫翡翠の眼の力は――」
「『失われる』か?」
「え、ええ、そうです。
よくご存知ですね……ああ、2年ほど前に私を拉致した人たちのお仲間さんでしたか」
フーちゃんが、ほぼ片は付いたけどまだ残党がいるかもしれない、と言っていたけど。
彼がその一人か……。
それにしても、不思議な動きをする人だ。
セリフ回しが芝居がかっているというのもあるんだけど、それ以上にゆらゆらとした感じが捉えにくい。
特別な訓練を受けてきました、って感じだろうか。
せめて正体だけでも探ろうと『視』ようとしても、すぐに視界からはずれてしまうのだ。
「ま、そんなところだ。
そして……」
お!
自らの芝居に酔ったか。
あれだけ動き回っていたのに、おそらく決め台詞を言うであろう溜めと共に足が止まる。
今だ!
紫翡翠の眼発動
スキル:高速スキャン
ん? あれ??
『視』たと同時に、世界にノイズが混ざる。
得られた情報もごくわずか、『能力課』職員であることだけだった。
どういうことだ?
「それが『嘘』だということも知っている」
腕をバッと広げての決め台詞。
ポーズもドヤ顔も、ノイズのせいでよく見えないけど。
「……『嘘』とは限りませんよ?」
「確かにそうだな。
『試したことがない』以上、万が一はありうる」
「そうです。
精神的に落ち着かないときには、うまく力が使えない、というのは本当ですし。
ですから、手荒なマネをされると――」
「自由意志で使わせる方法なんて、いくらでもある」
「え?」
「自由意志ってのはな、作れるんだよ」
「で、今お前、『眼』を使ったろ?」
「え? まだ使ってないですよ?」
「ぶっ、あははははは!」
いきなり大爆笑された。
なんだ? 情緒不安定なのかこの人。
「お前すげーな。
今の今で、その返しかよ。
声のトーン、表情、タイミング、どれをとっても普通の反応だ。
しかも『まだ』ときたもんだ。
カマをかけただけであれば、うっかり信じそうになるぜ」
うーん、褒められたみたいだけど、ちっとも嬉しくない。
そうやって話している間も、ノイズはどんどんと酷くなる。
酷くなりすぎてノイズを通り越してモザイクだ。
「その『眼』、対策を取らせてもらってるんだよ。
発動すればすぐにわかる。
カウンターで発動する『毒』が仕込んであるからな」
声だけが鮮明に聞こえるのはなんとも不思議な気分だ。
いっそ、変に甲高い声にでもなってくれれば『音声は合成です』ってテロップと共に楽しめたんだけど。
「毒、ですか」
そうか、『能力課』か。
とういことは、あのデータが見られたってことか……。
これはもう私1人でどうにかなるレベルではなさすぎる。
千代ちゃん、時間外労働ごめんね!
ポケットから『助けて千代ちゃん笛』を取り出し口に咥え――
「はい残念。
助けは呼ばせかないぜ?」
笛を吹く前に取り上げられてしまった。
スキをついたつもりだったんだけど、こう何も見えないとやはり難しいか。
「その眼があれば、なんとでもなると思ってただろう?
もっと早くに助けを呼ぶべきだったんだよ、お前は」
万事休す。
どうしようかな。
「ま、おとなしくしてるんだな。
悪いようにはしねーさ」
パチンッ
そう言って男が指を鳴らすと、停電でもしたかのように私の世界から全ての光が消えたのだった。
そのフラグはいけない……(笑)
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