プロローグ 机から出てきたビーバー
春、四月。
始業式が終わり、四年生になった私、葦原カナデの机のメールボックスから飛び出てきたのは、ビーバーだった。
新しい教室、真新しいツヤツヤ空色の机には、リアルなホログラムのビーバーがドーンと乗っかっている。
「初めまして、卒業までよろしくっす、カナデ。とりあえずサツマイモほしいんすけど」
「しゃべった!?」
「そりゃAI搭載されてますんで。売店でサツマイモ売ってるから早く買いに行くっす」
「売ってるの!?」
そう——新四年生から卒業まで、小学生一人一人をサポートする自立AIを搭載した動物型『仮想空間アシスタント・ファミリア』。みんなは、それを簡単に『使い魔』と呼んでいる。
その『使い魔』が、私のところにも配られていたのだ。
もっちりずっしりとした茶色の体に、オレンジの大きな前歯、つぶらな瞳と体と同じサイズ感の小判型の尻尾。
どこからどう見ても、図鑑で見たことのある、ビーバーだ!
ただし、ちゃんと人間の言葉を喋っているし、なぜかサツマイモを要求してきている。
私は、三年生の終わりに、担任の先生から聞かされていた話を思い出した。
「みんなは四年生になったら、それぞれ『使い魔』というAIアシスタントをもらって、卒業まで一緒に学んでいきます。みんなの性格に合わせた動物をもらうので、楽しみにしていてください」
確かに、私も三年生のとき、何度か簡単な性格診断テストを受けた覚えがある。
でもその結果、私の『使い魔』はビーバーになったらしい。
(ビーバーって……どんな生き物? えっと、ダムを作るんだっけ? よく分かんないけど、ううん、きっとすごい子だよね)
私は教室を見回して、他の子がどんな動物の『使い魔』をもらっているのか確認してみる。
すると——。
「うわぁ、ハムスター! ちっちゃい、可愛い!」
「見て見て、ゴールデンレトリバーだ! ずっと犬が欲しかったんだよね!」
「俺も! って……何、それ?」
「メンダコだって〜」
「パンダいるパンダ! 誰の『使い魔』だろ?」
あちこちで喜びの声が上がり、クラスメイトのみんなははしゃいでいる。見慣れた犬や猫もいれば、珍しい動物もホログラムで現実に姿をあらわし、まるで教室が動物園になったようだ。
しかし、机にどっかり座り込んだビーバーをながめ、自分の性格について考え込んでいると、ビーバーに腕をガシッとつかまれた。
「ご主人、おイモはまだっすか! あれがないと働く気が起きないっすよ!」
「へ? わ、分かった、売店行こう」
「いやっほーい」
ホログラムに腕をつかまれる、なんてあるんだ。しっかり感触もあって、まるで目の前のビーバーが生きている本物のようだ。
私は『使い魔』のビーバーと一緒に、先生が来る前に急いで売店へと向かった。
新しく配布されたのは『使い魔』だけじゃなくて、私が今左手首に巻いている腕時計型端末【ウォッチ】というちょっとしたスマホのような機械もある。
売店での買い物では全部【ウォッチ】をかざしてプリペイド式電子マネーを使えるし、移動授業やイベントのお知らせもしてくれる便利な機能がたくさんある。もちろん、学校以外でも指定されたお店なら使用可能だ。
意外と素早く四つの足で走る『使い魔』のビーバーと、校舎一階の売店前へ行くと、私はあんぐり口を開けてあぜんとした。
なんと、十人以上が売店に押しかけ、それぞれの『使い魔』たちにせかされておやつを買っている。
いつもは文房具や上靴を売っているだけだと思っていた売店には、電光掲示板に『新学期のオトモ、『使い魔』用アイテム、販売中』の文字がおどり、レジの端末と【ウォッチ】の間でデータのやり取りが行われている。
売店店員のお姉さんは一人一人に声をかけながら、手早く会計を済ませていく。
「はいはい、あわてないで。品切れはないからね。まだ新学期始まったばっかりでSPを使い切らないようにね」
スクールポイント?
聞き慣れない単語に、私は首をかしげた。
「スクールポイントって何?」
「ご主人、知らないんすか?」
「うん」
「売店で『使い魔』用のアイテムを買うときに使うんすよ。おやつもそれっす」
「そうなんだ。他にもあるの?」
「もちろんっす。VR空間学習のとき、短い時間だけ足が速くなったり、力がついたりするパワーアップアイテムもあるっす」
「へえ、ゲームみたい」
「噂ではレアなアイテムもあるとかなんとか。かじり甲斐のある丸太とかあるんすかねぇ」
「ないんじゃないかな」
さすがに、丸太を抱えて教室に帰るなんてことはやりたくない。教室に丸太を置くなんて邪魔すぎる。
売店の列に並び、私の番が来ると、『使い魔』のビーバーが一生懸命飛び跳ねながら注文していた。
「サツマイモ、サツマイモくださいっす!」
「『使い魔』用おやつね。サツマイモ以外にも、ニンジンとかキャベツもあるよ」
「サツマイモだけでいいっす! ね、ご主人!」
「そんなに食べたいならいいけどさ」
『使い魔』のビーバーのあまりの必死さに、私は売店のお姉さんへ【ウォッチ】を差し出して、サツマイモ——の形をした『使い魔』用アイテムを買った。
もちろん、現実にあるわけではなく、あくまでデータだ。
紙袋に入った大量の輪切りのサツマイモ、そのデータのホログラムを『使い魔』のビーバーは抱えて嬉しそうに、さっそくほおばっている。
売店のお姉さんは、ふとこんなことを言っていた。
「あら、あなたのスクールポイント、あと少ししかないわね」
「え?」
「しょうがないっす。サツマイモ、五つ分買ったっすからね」
「ええ!?」
勝手にサツマイモ大量購入した『使い魔』のビーバーに、悪びれる様子はない。
【ウォッチ】の画面を見ると、私のスクールポイントは残り2しかなかった。
おやつが一つ、2SP。合計10SPがごっそりなくなり、いきなりの浪費に泣きそうな私へ、売店のお姉さんはすぐさまフォローしてくれた。
「大丈夫よ。授業が始まったら、すぐに貯まるから。宿題出したり、先生に質問したり、課題をクリアすればいっぱいもらえるもの」
「……課題?」
「VR空間学習でね、課題をクリアするとたくさんSPがもらえるわ。その『使い魔』と一緒に、頑張ってみて」
どうやら、そういうことらしい。
四年生から始まるVR空間学習、一体どんなものだろう。
今度は二足歩行でもちもちと教室へ向かって歩きながら、『使い魔』のビーバーはサツマイモの入った紙袋をしっかり抱えて離さない。
それはデータで、君もサツマイモもホログラムだから手放してもなくならないよ、と言っても無駄だろう。そのくらい、大事に大事に抱えている。
「サツマイモ、好きなんだね」
「もちろんっす! たくさん買ってくれたご主人には感謝感激雨あられっすよ!」
「あはは。そういえば、名前はある?」
「あ、自分、親からもらった名前がありますんでー」
「あるの!? っていうか親!?」
「ビバ太郎と」
「ダサいよ! 変えよう!?」
「まあご主人がそういうならしょうがないっす。サツマイモのお礼っすよ」
「じ、じゃあ、ナゴミちゃんっていうのはどう?」
「いいっすね〜」
「でしょ?」
「何でナゴミなんすか?」
「なんかこう、もちもち歩くのを見てると『なごむ』から、かな」
「あ〜確かに自分、癒し系っすからねぇ」
「自覚あるんだね」
「そりゃそうっすよ。ところでサツマイモもう一個」
「もうだめ。食べすぎ」
私は【ウォッチ】を操作して、『使い魔』用おやつのホログラムを消した。
このままでは『使い魔』のビーバー、改め、ナゴミが全部食べ尽くしてしまう。
「仕方ないっすねぇ〜サツマイモの分はしっかり働くんで、期待しててくださいっす、ご主人」
「うん、頑張ってサツマイモ代稼ごうね……」
「了解っす!」
何だか納得いかない気もするけど、こうして私とナゴミは出会った。
春も葉桜、新しい環境に新しい友だち、新しいビーバー。
何だか、少し不思議な一年の始まりだった。
賞に落ちたんで供養に出します。
ちゃんとVRモノです。




