第1話 屋上と焼きそばパンとギャル先輩①
第1章 屋上と焼きそばパンとギャル先輩
高校一学期の屋上は、まるで焼けたフライパンの底のようだった。コンクリートの床は容赦なく太陽の光を跳ね返し、僕の安っぽいスニーカーの底をじわじわと温めている。
僕は一人で、購買で買った焼きそばパンを口に運んでいた。友達というものがこの世に存在しないわけではない。ただ、僕の周りにはたまたま一人もいなかった。それだけのことだ。高校デビューという言葉を耳にするたび、僕はそれが失敗に終わった宇宙ロケットの打ち上げのように感じられる。点火と同時に爆発し、黒い煙を上げて地面に転がっている。それが僕の現在の立ち位置だった。
僕の身長は175センチある。平均よりは少し高い。でも、猫背で存在感の薄い僕は、もっと小さく見える。まるで雨の日の古い電柱とさほど変わらない、クラスの連中にとって風景の一部に過ぎなかった。
屋上は普段誰も来ない。一応は進入禁止になっていてパイロンが立っている…が、何回かここを訪れ、入ったとしても特に何も問題がない事を知った僕は、息苦しい教室ではなく、ここでひとりで昼食を取る事が日課になっていた。
「…高校デビューか…」
僕は小さいころからそこそこ勉強も運動も出来た。特に努力しなくてもだ。真面目に取り組まなくても90点以上は取れたし、中学のテニス部でも1年生で県大会にいけた。僕はその小さな才能を鼻にかけ、案外世界はチョロいなと甘く見ていた。
しかし、そんなことはなかった。
中学2年ごろに僕の才能のタンクは空になり、授業について行けなくなった。成績は急降下し、あわてて教科書を読んだが遅かった。基礎ができていない。何が書いてあるのかさっぱりわからない。部活もそうだ。じっくり真面目に取り組んでいた他のチームメイトはメキメキと実力を付け、あっという間に置いていかれた。
そして僕は、奮起するどころか、努力することをあきらめ、前向きに努力する者を鼻で笑う、いわゆる「冷笑」系の男になっていた。
当然そんな奴に友達などできるはずもなく、中学生活の残りの1年半を寂しく一人で過ごした。このままではまずいと考えた僕は、家から少し遠いここ県立宮の北高校を進路の目標とした。少しばかり偏差値は足りなかったが、心を入れ替え受験勉強をしっかりやったのでなんとか(あるいは奇跡かもしれない)合格したのだった。これで、僕は再スタートできる。
だが、そう上手くはいかなかった。
ずっとひねくれていた僕は他人の気持ちがわからない。
クラスの輪に入れない。
自分から声をかけることもできない。
他人と会話を合わせることが難しい。
そして現在に至る。
中学から逃げ、地元から逃げ、やっとたどり着いた新天地でも僕は何も変われなかった。
…このまま、ここで3年間をすごすのか…
絶望、という暗い視線で遥か遠くにそびえる名前も知らない山々を眺める。
その時。
「だから、もう終わりだって言ってるじゃん!」
鋭い声が、熱く淀んだ空気を切り裂いた。
僕はパンを飲み込み、声のした方へ目を向けた。屋上の隅、給水塔の陰に二人の男女が立っていた。
女の子の方は、金髪に近い茶髪を風になびかせ、制服をラフに崩し肩が出ている。ピンクのネイルがキラキラと光を反射している。まるで、灰色に塗りつぶされたこの学校に間違えて迷い込んだ極彩色の熱帯魚のようだった。
対する男の方は背が高く体格が良い。何かスポーツをやっていそうだ。整った顔立ちはいかにも「自分は世界の中心にいる」と信じて疑わないタイプのものだ。
「納得いかねえよ。お前、他に男ができたんだろ。いつもいつも出掛けてやがって」
男の声には、湿った重たい悪意が混じっていた。
「そんなんじゃないし!束縛しないでよ!ほんとに山に登ってるんだってば」
「山ぁ? バカにしやがって、どうせ男だろ?ウソついてんじゃねえよ」
男が彼女の腕を乱暴に掴んだ。彼女は顔をしかめる。その瞬間、僕の胃のあたりが冷たく脈打った。
僕は基本的に、世界に対して斜に構えて生きていたいと思っている。面倒なことには関わらず、ただ静かに好きなゲームをして、好きなカレーを食べて、好きな昼寝をしていたい。他人の修羅場に首を突っ込むなんて、穴の開いたバケツで海水を汲み出すような徒労だ。
しかし、男が彼女を突き飛ばし、彼女がコンクリートの上に尻餅をついたとき、僕の体は僕の思考を追い越して動き出していた。




