三十四話 ヴィレスの過去
─螺旋階段─(視点:ヴィレス)
目に映る全てが、昨日より一昨日より綺麗に見える。
そう思えたのは、いつぶりだったっけ。
私が生まれて間もない頃、両親は私に「ヴィレス」という名前を付けてくれた。
戦争だなんだと街が騒がしくなっている中、両親は一心に私を愛してくれた。
我儘だって聞いてくれたし、叶えてくれた。
遊んで欲しいと言ったら遊んでくれた。
物語を読んで欲しいと言ったら二人で読んでくれた。
私はそのことをずっと当たり前だと思ってしまっていた。
優しさ、温もり、暖かさ、愛情。
この全てが、当たり前のようにずっと続くと思ってしまっていた。
だけど、今から九年程前、私が十歳の時─。
「ぷっははははははははは!!!!」
黒い覆面を着た「利水」と名乗る人間が王都に侵入、転覆を企んだ。
それを止めようとした王は利水の巧みな術によって細切れにされ無惨にも死亡。
そこにあった人が原型を崩したままくちゃくちゃの状態になって切り刻まれたことに、私は恐ろしさで泣いてしまった。
そして、現場を一番間近で見てしまった私は、すぐに彼に目をつけられた。
「お前、なかなかに使える目をしているな。」
「…!!こ、怖い……!!」
「怖いだァ?心配すんなよ!俺は今王を殺したってだけだ。別にお前自体に何かするわけじゃない。」
その時の私は酷く震えていて、金縛りに遭っているように身体が動かなくなっていて、口さえもろくに動かせない状態だった。
心の底から目の前の状況に怯えていて、訳も分からず囁き声しか出せなかった。
取り払う勇気が持てず、抵抗することさえできなかった。
「私達の娘に何をする気?」
「ヴィレス、お前は後ろに下がっていろ。」
「──うん」
「くそっ、邪魔が入ったか。」
私の両親は王よりかは優れたスキル技は持ってない。
だけど、きっとこいつなんかに負けるはずがない…!望み薄な期待を一心に親に向けた。
「安心しろ。さっき言った通り、お前達の娘には何もしない。ただ、お前達が俺を殺す気だってんなら、そこの娘をすぐさま人質にとる。」
「卑怯なっ…!!」
両親は利水に鋭い目線を向け、背中に装備してあった剣を抜いて、持ち手をしっかりと握り、利水目掛け突っ込んだ。
「ふっ、馬鹿だな。」
「「──!!!!」」
一瞬両親が止まった。
スキル技を使った動きは一切見えなかった。
「お母さんっ!!お父さんっっ!!」
訳も分からず私はそう叫んだ。
だが二人は、人形のように固まっているせいで、返事を返してくれない。
そこにあるのはただの、空虚だけ。
「安心しろ。殺しちゃいない。」
「んじゃあどうしたの…?」
「眠らせたんだ。」
「寝るわけないじゃん、二人は兵士さんなんだから。」
「寝る暇がなかったってこともあるだろう?」
「寝るわけないの…!お父さんとお母さんが、こんな時に勝手に寝るわけないの!」
「…じゃあ、お前はずっと両親の様子を見ていたのか?」
「見てる!」
「あっそ。」
私の瞼は涙でいっぱいになって、頭の中は刺々が付いたボールが詰まっていてチクチクするような感覚が止まない。
子供の喧嘩レベルの顔になれず、その時の私の顔は、お母さんの怒った顔より怖くなっていた。
「戻してよ、元に戻してよ…!!」
「やーだね。お前が仲間になるっていうまで、元に戻さない。」
「あんたなんかの…?あんたなんかの仲間になんで、なるわけないでしょ!?」
「んじゃあ戻さな〜い。意地っ張りは嫌いだからな。」
憎い、憎い。
目の前にいる意地悪した人が、とても煩わしく見えた。
鋭く光った私の青い目は、利水に剥き出している。
まるで、子供の純粋な心を自分で端折り、殺意に変えるように。
「その顔、その目、滑稽極まりないね笑 どうせ俺を殺したいとか思ってるんだろ?話の聞かないバカな雌は嫌いじゃないけど、それでもお前の両親を解放する気はない。だってさっき術をかけたばっかりなのにその術を解いちゃったら、態々お前の前で術を披露した意味がなくなるだろ?」
「意味がわからない。あんたの、あんたの話す言葉なんて、まったく意味のわからないことばっかり!!そんな人の仲間になんてならないって、さっきから言ってる!!」
「その幼稚な背丈を見るに、お前はまだ子供で立派な大人になれていないんだろう。俺の話す言葉はガキが理不尽だとキレるぐらいの難関言葉だ。当然、お前みたいな女には絶対に分かるはずがないよな笑」
「…!!」
でも、今を振り返ればそうだ。
私は何も知らなかった。知らないままで両親の寵愛を受けてきた。
難しい言葉を覚えたのは、利水のおかげと思うと、非常に腹が立って許せないのだが…。
「まぁいい。俺はそんなお前でも律儀に俺に付き従ってくれる術を、知ってるんでね。」
「…!!やだ、やめて…!私はあんたとなんか…!あんたとなんか……!!」
「無駄、何度言っても無駄なんだ。お前は俺に付き従う運命なんだよ。ちょうどそういう奴が欲しかったから、お前にとっちゃ残念だが俺にとっては好都合だ。殺しはしない、嫌いな奴にしかしない。お前は嫌いじゃない、お前の家族も嫌いじゃない。だからこそ生かすんだ。だからこそお前だけを付き従わせるんだ。さぁ、言うことを聞くがいい。スキル魔法、操理!!」
その瞬間、私の中の自我が崩れ、死んだような感覚がした。
何もかもが利水に奪われていくような、そして体内が泥水に侵食されていくような、そんなどうしようもない絶望感に溺れ、私は利水に付き従うことになってしまったのだ。
私はどうなってしまったのか─。
そんなことは知る由もない、知ることさえも怖い。
泥水に浸かったまま、モニターという雪崩による現実世界の叡智のものに、映し出された景色を遠目で見るような感覚がずっと続いているから。
その中では何も叫ばなくて、自由に動けなくて、ただ縛られているだけ。
その事実に私は、恐怖を覚えてしまう。
どうにかしたかったけどどうにもできなかった。
もどかしい瞬間が虚空に流れる。
そんな時に私は、リエナという少女に出会った。
身体が汚れていて喋れない、その時は名前すらもわからなかった。
私はその子供を心の底から憐れみ、両手で抱きかかえ、城に連れて行ってあげた。
「なんだ?その赤子みたいなやつは。」
「私が拾いました。世話は私がします。」
「ふんっ、勝手にしろ。」
その時私に、精霊みたいなものがくっついたのか、力が漲るような気がした。
この子の影響なのか…?まぁ、そんなことわかっても意味ないか。
そう思い、人格を変えるように切り替えた。
リエナは本当に優しかった。
そして礼儀正しく大人しかった。
「君を守りたい」という目もしていた。
捨てられていた時すら泣いてなかったから、泣く勇気も湧かないような子なんだろう。
なんだか、私と一緒だね…。友達かのような親近感が湧いた。
「ねぇ、最近寂しくない?」
「─え?」
「なんかヴィレス、悩み込むことが多いの。だから心配しちゃって。」
「私なら大丈夫よ─。大丈夫だから。」
「なら良いけど…。」
その後もずっと、リエナと共に過ごした。
国のことも王に成り変わった利水の態度のことも目にチラつくが、言うほど気にはならなかった。
和気藹々で楽しくて、二人だけの時間が多かったけど、その時間が大勢の人が居るみたいにはしゃげた唯一の瞬間だった。
このままずっと、二人でいられたら…。いつでもそう思っていた。
私にとってリエナは、かけがえのない大切な人…、家族のような存在になっていたんだ。
数年後。いや…今から数日ほど前と言った方がいいかな。
利水から客人を連れて来いと言われた。
それが、隆真含む役所の役人達だった。
噂は一切耳に入らず、前からずっと目立っていた訳でもない。
なのに、なんで急に?私はそれが気になって気になって仕方がなかった。
それについては、今回の一部始終で、「本当は隆真と腹を割って話したかった…。」という意味でだと深く理解した。
でも正直、両親を眠らせ私と国民の心をズタズタに引き裂いた、あの人間が元は善人だったなんて、今でも信用出来ない。
出まかせを言っただけなんじゃ…?と、内心疑っている。
隆真という男は優しすぎる。あの男さえも赦そうとしていたのだから。
─螺旋階段─
「俯いた顔をしているが、どうかしたかい?」
お父さんが心配そうに私の顔を見ている。
「ううん、大丈夫だよ。俯いてたのは、少し考え事をしていたの。」
「そうか…。困ったことがあれば言うんだよ。」
「分かった。」
9年ぶりの親の優しさを、心でしっかり噛み締めた。
リエナは、その光景を見て羨ましそうな顔をしている…。
捨てられていたから、と言わざるを得ないな。
幸せと共に悲観という気持ちも湧いてきた。
─城の一階─
下に着いたら、隆真たちがいた。
全員畏まっていて、私や両親がその雰囲気に押され身体が震える。
「こんな雰囲気の中で、こんな事を言うのは変だと思うのだが…、聞いてくれ。ヴィレス、君を利水の代わりの王として、この国を引っ張って欲しい。」
畏まった隆真の口からこぼれ出たのは、王にならないかと言う誘い。
私は心臓が揺れ動くように動揺し、言葉を紡ぐ隙を失くした。
「急になにを言い出すのかと思えば、娘を王に?何故急にその様な重い責任を我が娘に背負わすのだ!!」
「娘を守って下さったことには感謝します。ですが、我が娘は普通の女の人であって、王になれる様な志は持っていないはずです!気持ちは当人から聞きますが、役人風情である貴方達が私達のような何もない国民に無責任に地位を授けるなんて、殺された過去の王と同じ事をしているだけです!!」
両親が隆真達に対して牙を向けている。
隆真達はそれを真剣な表情で聞いている。
二人の言い分も勿論分かる。
私は普通の人であり、国の王になれる様な人じゃない。
だから、その私に国の責任を押し付けるのはあんまりだ。
それは私も少し思っている事ではある。
それと同時に私は、この国を救いたいとも思っている。
利水によって壊されてしまったこの国を…。
利水によって苦しむことになった国民達を…。
利水によって潰えそうになった未来を…。
私が、この私が変えられるのならば、変えてみたい。
心の底で強く熱く光るそれは、本心だ。
この気持ちを、ちゃんと親にも隆真達にも伝えなきゃ、リエナが聞いて呆れるわ…!!
つづく




