12話 次の品
ギルドを出て、通りを一つ曲がる。
昼の光は高く、石畳に白く反射している。
行き交う人の影が短い。荷を背負った商人、武器を提げた冒険者、桶を運ぶ子供。誰もが急ぎ足で、自分の用事だけを見ている。
さっきまでの空気が、嘘みたいに薄れる。
金は入った。契約も終わった。
――仕事は終わりだ。
「さて」
小さく呟き、足を止めずに宿へ向かう。
通りを抜け、少しだけ人通りの少ない裏道に入る。
喧騒が一段落ちる。代わりに、鍛冶場の槌音や、どこかで煮込む匂いが風に混じる。
目立たない道を選ぶのは癖だ。
必要以上に見られると、ろくなことにならない。
宿の扉を押すと、外より少しだけ暗い空気が迎えた。
昼時だが、客は少ない。静かな時間帯だ。
共用スペースの窓際。
ノアが、同じ姿勢で本を読んでいた。
光を背にして、ページだけがゆっくり動く。
「戻った」
声をかけると、
「……おかえりなさい」
視線を上げずに返ってくる。
「どうなりましたか」
ページをめくる指だけが、少し止まる。
「売れた」
短く答える。
ノアの手が、ほんのわずかに止まる。
紙の端に触れたまま、動かない。
「そうですか」
それだけ言って、またページをめくる。
階段を上がる。
木の軋む音が、足の裏に伝わる。
昼の宿は静かで、余計に音が響く。
部屋の前で一度だけ足を止め、扉を開ける。
中は、薄暗い。
窓からの光が机の上だけを照らしていて、その中央にグランがいた。
「戻ったか」
顔を上げる。
視線がまっすぐ来る。
「戻った」
扉を閉める。
「一人、売れた」
「……そうか」
短い返事。
机の上に目をやる。
見覚えのある短剣が、分解されて並んでいた。
刃、柄、留め具。
きれいに分けられている。
「それ、俺のだな」
俺が言うと、
「ああ」
グランが答える。
「荷物にあった」
「勝手に触ったか」
「問題あるか」
「ない」
最初から、そのつもりで置いていた。
刃を手に取る。
光を当てると、表面が整っているのが分かる。
錆びていたはずの部分が、きれいに落ちている。
「……研いだな」
「ついでだ」
「形も変えてる」
軽く振る。
重心が変わっている。
元より、扱いやすい。
「これ、売れるぞ」
思ったまま言う。
「売る気はない」
即答だった。
「使う道具だ」
「だろうな」
短剣を机に戻す。
カチャ、と乾いた音が鳴る。
「試した」
グランがぽつりと言った。
「何を」
「腕だ」
短い答え。
「……そうか」
俺は小さく笑う。
「ちょうどいい」
壁にもたれながら言う。
「こっちも試すつもりだった」
グランが、わずかに眉を動かす。
「仕事の話だ」
視線が変わる。
完全に、仕事の顔だ。
「聞こう」
「鍛冶はできるか」
「できる」
即答。
「どの程度だ」
「基礎は全部」
「応用も、それなりに」
「証明は」
「ない」
「だろうな」
窓の外で、遠くから金属を打つ音が響く。
規則的なリズム。
「じゃあ、次だ」
俺は言う。
「壊れた装備を持ってる連中がいる。直せるなら、話は早い」
グランの口元が、わずかに動く。
「壊れ方によるが、可能だ」
ジェイドを真っ直ぐ見つめ、そう返す。
いい返しだ。
「場所はある」
「鍛冶屋の炉を借りる」
「伝手は、作る」
グランは短剣を一度見てから、俺を見る。
「条件は」
「成功したら、売る」
俺は言う。
「失敗したら、別の手を考える」
少しの沈黙。
「……いいだろう」
「決まりだな」
部屋の空気が、わずかに重くなる。
扉に手をかける。
「準備しろ」
振り返らずに言う。
「すぐ動く。準備しろ」
下から、ページをめくる音が微かに聞こえる。
一人減って、二人になった。
だが、問題ない。
――商品は、まだある。




