10話 交渉
「じゃあ、本題だ」
俺がそう言うと、卓の空気が一段引き締まった。
酒場の喧騒は変わらない。だが、この机だけ、仕事の場になる。
「身請け、ってやつだな」
ラグスが言う。
「そうだ」
俺は頷いた。
「まず前提から話す」
指を一本立てる。
「奴隷の相場だ」
3人の視線がジェイドへ向く。
「この街で、成人の男1人。健康で、作業可能。それだけで金貨10前後が基準になる」
フェルが小さく息を呑む。
「……意外と高いな」
「安いのは理由がある」
俺は淡々と続ける。
「病気、怪我、素行不良、使い潰し前提。そういうのは五以下だ」
実際の所、カイルは戦闘経験ありで健康体そのものであった。
しかし市場に流れた経路に違法商人がおり、本人の性格的にも命令に盲従しないため、正規の奴隷商人が処分しにくい在庫として手を焼いていた。
そのため金貨5枚、相場よりもはるかに安く買うことができていた。
カイルもその事は知っていたが、今は何も言わず目を瞑っている。
「だが、カイルは違う」
俺はカイルを一瞥する。
「戦える。実戦経験あり。指示が通る。冒険者として見ても、中位の下から中程の実力がある」
ラグスが眉を寄せた。
「……それなら」
「普通に募集した方が早いんじゃないか?」
ラグスが2人に目配せをしながら、尋ねる。
いい質問だ。だから、俺が答える。
「下位ならな」
俺は言った。
「だが、お前たちはもう下位じゃない」
3人の反応で分かる。
自覚はある。
「冒険者は、ざっくり四段階だ。下位、中位、高位、超位」
フェルが頷く。
「中位に上がると、事情が変わる」
俺は続ける。
「個人で動く奴が減る。大半は、すでにパーティーを組んでる」
「中位まで来た前衛を引き抜くには、金か、縁か、どっちも必要だ」
「募集を出しても」
ラグスが言う。
「来るのは下位か、問題持ち、か……」
「そういうことだ」
俺は指を2本立てる。
「しかも、お前たちは前衛が1人欠けている」
「この状態で無理に動けば、評価も依頼も落ちる
。中位から下に落ちるのは、早い」
ミレアが、小さく唇を噛んだ。
「……それで、奴隷」
「そうだ」
俺は頷く。
「即戦力を、確実に確保できる」
フェルが苦笑する。
「合理的すぎるな」
「商人だからな」
一拍置いてから、数字を出す。
「相場で言えばカイルは、金貨30枚。冒険者として雇えば、それ以上かかる」
「無理だ」
ラグスが即座に言った。
「分かってる」
俺は頷く。
「だから、交渉だ」
「値下げの理由は?」
フェルが聞く。
「一つ」
俺は指を折る。
「俺は、早く売りたい」
「二つ。お前たちは、買った後も使い続ける」
「三つ。本人が、ここを選ぶなら話は早い」
ミレアが、静かに口を開いた。
「……金額は」
「金貨20枚」
俺は即答する。
「それで終わりだ」
ラグスが目を閉じ、考える。
「……それでも重い」
「分かってる」
「分かってるから、もう一つ条件を出す」
フェルが身を乗り出す。
「何だ」
「別に物じゃない」
俺は言った。
「そんなに都合よく渡せるほど量があり、価値のあるものなどない」
三人とも納得した顔になる。
「代わりに」
俺は続ける。
「正式契約だ」
「契約?」
「冒険者ギルドを通せ」
俺は言った。
「カイルを、正規メンバーとして登録しろ
。待遇、分配、治療、補給。全部、書面に残す」
ミレアが、はっとした。
「それは……」
「お前たちの信用にもなる」
俺は言う。
「俺のためじゃない。カイルのためだ」
ラグスが、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど」
「金貨20枚。それで、正式契約」
俺は最後に言う。
「そして、本人の意思だ」
全員の視線が、カイルに集まる。
カイルは、少しだけ間を置いてから口を開いた。
「条件は、理解した。金も、契約も、悪くない」
一拍。
「俺からも、一つ」
ラグスを見る。
「前衛を、消耗品扱いしない。無理な依頼は断る。死ぬ前提の仕事は、受けない」
「当然だ」
ラグスは即答だった。フェルも頷く。
「生きて稼ぐ」
ミレアも、真っ直ぐ言う。
「治療も補給も、削りません」
カイルは、初めてはっきりと笑った。
「……なら、行く」
交渉は、そこで終わった。
俺は立ち上がる。
「契約は明日」
「今日は、飲め」
ラグスが苦笑する。
「商人らしいな」
「褒め言葉だろ」
「ああ」
カイルが、俺を見る。
「……世話になった」
「仕事だ」
俺は言う。
「それ以上でも以下でもない」
そう言ってから、背中越しに一言だけ付け足す。
「いい取引だった」




