勝つための行動
三人の姿は、絆音の家の客間にあった。
「さて、お話ですが、咲真さん、ご自身でなさいます
か?」
絆音はこてんと首を傾げる。
「自分で、します」
咲真は悩みに悩み、深呼吸をしたのちに、声を震わせながらであるが、勇気を持ってそう決定した。
「私は、退席した方が良いですか?」
絆音は更に咲真を悩ませる。
「えーっ、とぉ、?」
咲真は向かいに座る葵をひと目見て、声を絞り出す。
「ここに、いてください。お願いします」
「承知いたしました。
それでは飲み物を用意してきますので一旦退出させて
いただきます」
「わ、わかりました」
絆音は部屋を出ていく。
その後すぐに絆音は戻ってきて、扉からひょこっと頭だけを出してこう言った。
「お二人ともアレルギー等はありますか?」
「ないです」
「僕もありません」
「了解いたしました」
絆音は扉をパタンと閉めてまたキッチンに向かう。
咲真と葵は部屋に二人きり。
二人とも、思うことは同じ、
((とても、気まずい!津城さん!早く戻ってき
て!))
であった。
そこから数分沈黙の時間が経ち、絆音が戻ってきた。
「どうぞ、熱いのでお気をつけください」
絆音はそう言って暖かい緑茶の入った湯呑みをそれぞれ咲真と葵の前に丁寧に置く。
「「ありがとうございます」」
すると、湯呑みを見た葵がふっと息を漏らす。それに咲真が気づくとつられて咲真も息を漏らし始めた。
「先輩、笑わないでくださいよ、つられちゃったじゃな
いですか」
「だってさ、真顔でこの湯呑みのちょうど絵柄がこっち
向くように置かれたからさ、ちょっとツボ入っちゃっ
た」
「気に入っていただきましたか?」
「ええ、とても」
「はい」
二人がなぜ笑っているかというと、二人の湯呑みには動物のダジャレが書かれていたからである。
咲真の湯呑みには“カンガルー、考えるー“の文字のそばに足を組み真剣な表情で悩むカンガルーの絵が、
葵の湯呑みには“土に潜らないモグラ“の文字のそばにだるそうなモグラの絵が、書かれていた。
「それはよかったです。二人の雰囲気も柔らかくなった
ことですし始めましょうか」
「「はい」」
「咲真さん、自分のタイミングで、どうぞ」
先ほど“始めましょうか“と言い、完全に場の空気を仕切っていた絆音は咲真に話を降る。
「わ、かりました、」
咲真は葵の目をまっすぐ見ることができず目を伏せると自分の前に置かれた湯呑みのカンガルーが目に入る。
なぜか、咲真の強張っていた喉が緩む。
「焦らないで、私は、待つから」
葵のその言葉で咲真はすっと葵の真剣な目を見てゆるゆると息を吐き、浅く吸う。
その勢いのまま、だがゆっくり、ぽつぽつと咲真は話し始めた。
「じ、つは」
* * *
「これで、終わり、です」
咲真は、葵の父が咲真の父を害したこと、先ほど葵の父にあったところ脅されたこと、
………………復讐するために警察官になったことなどを少しずつかいつまんで葵に話した。
「なる、ほどね。私に、話しずらいわけだ。
でも、まず」
葵は立ち上がって咲真に頭を下げる。
「谷川、いえ糸繰咲真さん、謝って済むことじゃないで
すが、まず、謝らせてください。
父があなたに、あなたのご家族に、多大なるご迷惑を
おかけしてしまい、本当に、申し訳ございません」
咲真はすぐさま立ち上がる。
「先輩が謝ることじゃないです!
頭を、あげてください!」
「いいえ、私が謝ることです。
本当に、ごめんなさい、
私の父のせいで貴方の人生を、狂わせてしまった」
「でも!」
続こうとした咲真の口は言葉を発することはなく、つぐむ。
それを見た絆音は“そろそろか“思い口を挟む。
「お二人とも、落ち着きましょうか。
座ってお茶でも飲んでください」
二人は渋々、と言った顔で座り湯呑みを手に取る。
「佐々木葵さん、次は、私が謝る番です」
「え?」
葵は予想外、という風に声を裏返す。
「私は咲真さんを止める、ということを第一に考えあな
たを呼び出しました。
ですが、咲真さんはあなたを傷つけてしまうからと
言いたくなかった。
ですので、あなたは私が意図的に傷つけたようなもの
なのです。
本当に、申し訳ありません」
今度は絆音が立って葵に頭を下げる。
「そんな!
頭を上げてください、
私は、逆に言ってもらえて嬉しいです」
「…………それは、なぜ?」
「えっと、上手く言い表せない、んですけど、
咲真くんが復讐を、したら遅かれ早かれ私はこのこと
を、知る、じゃないですか」
「はい」
「それを、私は今、咲真くんの口から聞けた。
そして、本人に謝ることもこれから償うこともできる
だから、私は、“今”聞けてよかったなと思いまし
た」
「なるほど、」
絆音が咲真をチラリと見ると咲真はとても、居心地が悪そうな顔をしている。
「そういえば咲真さん、
佐々木葵さんに聞きたいことはないんですか?」
「それ、は」
咲真の反応的にこれは“ある“ということだろう。
「それは何?私が答えられることならなんでも答える」
「その、家で先輩の父親は、どんな感じなんですか?」
「それは……………まぁ、普通?
帰ってこなくて無愛想だけど、ちゃんとお母さんと私
のことは目をかけてくれてた」
「そう、なんですか」
「でも、咲真くんの話を聞く限り、
多分、利用価値があったから、
大切にしてたんだろうなぁ」
葵が天を仰ぎしみじみと、だが、どこか納得したような目でそう言った。
「そっか、私は言うなれば“駒“かぁ、
なるほど、」
咲真が慰める言葉に迷っていると葵は、
「あぁぁ、やぁぁっと、腑に落ちた」
探偵や刑事が難事件のトリックを導き出した時のような、喜びも見えるような、爽快な表情でそう言った。
「せ、んぱい、?」
「咲真くん、ありがとう。
おかげで私の長年の謎が解けた」
葵は目を細めて咲真に礼をする。
「え?どういう、ことですか?」
葵は困惑する咲真に対して胸張りこう答えた。
「私はね、
父親に目にもの見せるために警察官になったの」
「…………はい?」
咲真が眉を眉間に寄せるのも無理はないほど、突拍子もなかった。
「あ、ごめん。説明が足りないね。
かいつまんで言うと、
小さい時お父さんはね、とっても、優しかった。
例えば、
欲しいおもちゃを買ってもらえたり、
どこかのパーティーに連れてってもらったり」
咲真は葵が沢田邸にそれほど驚いていなかったのはパーティーなどに出たことがあるからか、と思った。
「……………でも、何か、こう、違和感があったの。
それで、一応、一応ね!お父さんに憧れて警察官にな
ろうと思って相談したら、
あんの人っ、すぐに上に引き抜いてやろうか?
なんて!のたまうから、
自力で出世して、目にもの見せるために、警察官
に、刑事になりました、
以上!」
葵はそう言って咲真に向かって敬礼をした。
咲真は反射的にそれに答える。
「なるほど、そんな経緯が」
絆音だけは冷静に分析をする。
「先輩、話してくれてありがとうございます」
「いやー、話したくて話しただけだからだいじょぶだ
よー」
「佐々木葵さん、本日はありがとうございました。
あなたを呼んで本当によかった」
絆音は少し目を細めしみじみ言った。
「このお礼はまた、させていただきますので、白木さん
を叩き起こしましょう」
絆音の目は生き生きとしている。
「流石に、それは悪いので駅までの道を教えていただけ
れば構いませんよ?」
葵はもちろん遠慮しまくる。
「でも、今三時なので流石に、」
「じゃあ泊まってきゃあいいじゃん」
あくび混じりのそんな声が聞こえた。
「佐々木さんが良いのならまぁ、いいですけど」
「いいんですか?でも、そんな急に」
葵は悩むが、それはダメだと流石に厚かましすぎると断ろうとする。
「別にいいよー、」
「というか、あなたは?」
「あぁごめん、
あたしは交久瀬月麦、ここに住んでる高校生だよ〜
ん」
「えっ?!高校生?
じゃあ起こしてしまいましたか?!すみません」
「いいよー、どうせいつもあたしこの時間だから」
「………いつも、こんな時間から起きてんの?」
やっと咲真が口を開く。
「そうそう、早起きして走ってんの」
「げんきだねー」
月麦の元気さに呆れている。
「せっかくだけど僕は帰」
「あなたは泊まってください」
「…………なんでですか?津城さん」
先輩は渋々だったくせにと、咲真は思う。
「死なないとは限りませんからね」
「………………………めざとい」
「褒め言葉として受け取っておきます」
つまり、咲真は津城の目を離れた後に死ぬつもりだったのであろう。
「んじゃあたしは走ってくるからね。姉さん」
「ん、いってらっしゃい」
「それじゃあ、今から布団敷くので、寝ます?」
「いいんですか?
あ、でも」
葵はそう言って頬に手を当てる。
「メイクなどを落としたいのなら案内します」
「本当に、何から何までありがとうございます」
「いえ、そんな。こっちです」
そんな会話をしながら絆音と葵は客間を出ていった。
「残されちゃったよ。
にしても何企んでも、バレるなぁ」
(ルールの裏つこうと思ってもバレるんだもんなぁ、
どうしよ?ま、とりあえず今日は諦めるかぁ、
…………………………でもそういや僕今一人、か)
咲真は客間のドアを一目見る。
「うーん、
まぁ、これって先手取ったもん勝ちだもんなぁ」
咲真は顎に手を当て考えこむ。
そして、咲真はニヒルな笑いを浮かべ客間のドアに手を当てた。
* * *
咲真は津城の家を出た後、息を思いっ切り吸って前を見ずに何かを振り払うように走り出した。
……………もう、戻るつもりはないのだろう。(そもそも戻れるわけもないが)
「はっはっ、はっ」
何分か走り、咲真は立ち止まった。
咲真の肩は上下に動く。
(つ、疲れた。それで、ここは?)
と咲真が周りを見渡すと、まだ、住宅街だった。その上で何か高い建物はないかと視線を上に向けても何もない、
ただ一つ、
咲真の脳裏に地獄の鬼ごっこを連想させる、山があるということは、わかった。
(夜の山か、ちょぉっと怖いけど、行かなきゃね。
何か、あるかもしれないし)
咲真は山に向かって再度、走り始めた。
* * *
「やはり、そう動きますよね。
佐々木さん申し訳ありません、もう少しお付き合い
いただけませんか?」
絆音の顔を見て葵の顔はすぐさま仕事モードになる。
「もちろん、構いません!
それで何に付き合えばいいんですか?」
「今咲真さんがこの家を出て行きました」
「えぇ?!」
「追いかけるためには、白木さんを起こさねばなりませ
んよね?」
そう言う絆音の目は、やはり、生き生きとしていた。
絆音は白木がいつも泊まる時に寝ている部屋のドアをばんっ!と開け容赦なく電気をつけ白木を強く揺さぶる。
「起きてください。白木さん」
「なんだよ。しょうもない用事だったら寝るからな」
「咲真さんがどこかへ行ってしまったので車出してく
ださい」
これを聞いた途端白木は文字通り飛び起きた。
「はぁっ!?それ先に言え!
すぐ行く!外出とけ」
「わかりました」
絆音と葵は急いで外へ出た。
そしてその後すぐに白木も出てくる。
そして三人は車に乗る。絆音と葵は後部座席に座る。
「行くぞ、
と言っても場所がわからんことには」
「山です」
「山ぁ?
っちょまて、お前全然焦ってないな?
…………ってことは」
絆音は運転席からの視線に胸を張り自慢げに、こう言った。
「さしずめ、計画通りですよ」
(この勝負は相手を騙して先手を取った方が勝つ、
あとは、ね?
みんなを信じるのみ)
絆音はその“みんな“への信頼を胸にあともう少しで明けるであろう夜空を見つめた。




