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エリーゼは改めて言った。
「お父様、お母様、私は王命により、クリシアム辺境伯の妻になりました。ですが辺境伯も王命により、私の夫になったのです。ですからお互い様だと思うんです。貴族に生まれた以上は婚姻の相手を自由に選ぶ事は出来ないと分かっています。ですからこれもよい縁だと捉えて私なりに楽しく過ごせればと思っています」
「それは面白い考え方だな。ところであの書簡には、早く辺境伯領へ行けと書かれていたが、エリーゼはどうしたい?」
「お父様、『早く』とは書かれていましたが、具体的な日付けは書かれていませんでした。私は学園を卒業したばかりでまだ何の準備も出来ていません。ですからこの家を発つのは早くても2週間後にしようかと思っています」
「いや、3週間後にしよう。書簡に書かれた日付けは10日前になっている。クリシアム辺境伯領までは馬車で1ヶ月はかかるからフレドリック様はまだ使者からの書簡も受け取ってはおられないだろう。
エリーゼがあまり早くここを発てば、向こうの準備も間に合わないだろうからな」
「そうですね。ではそうさせてもらいます」
「良かったわ。3週間あれば、何かしてやれますね。エリーゼにはしてやりたい事が沢山ありますからね」
父と母が笑顔でエリーゼを見つめる。
後3週間、この家のこどもでいられる日を大切に過ごそうとエリーゼは思った。
エリーゼが侯爵家を発つ日が決まると、ミルバーン侯爵はすぐに領地にいる祖父母とフレドリックに手紙を書いて送った。
その後侯爵は、主な使用人に集まってもらい、エリーゼが3週間後にはフレドリック・クリシアム辺境伯の元へ嫁ぐ事を話し、使用人全員に知らせる事と、この3週間の間、皆にはいつもより忙しい思いをさせたり、頼み事が多くなるがよろしく頼むと頭を下げた。
当主の今まで見たことのない様子に使用人達は驚いたが、エリーゼ様の結婚となれば話は別だ。
使用人達は皆侯爵家とエリーゼ様のために頑張ろうと様々な準備を始めた。
侯爵が仕事をできるだけ先送りにして家族の時間を作る事にしてくれたおかげでエリーゼは、3週間の間で家族との楽しい思い出を増やす事ができた。
最初の10日間は幼い頃、家族で何度も行った別荘でゆっくりと過した。
別荘から屋敷に戻って来ると領地から御祖父様と御祖母様が来てくれていて、一緒に過ごす事が出来た。
父とレオナルドと一緒に、馬に乗って遠出をしたり、皆でピクニックにも出掛けた。
レオナルドには学園生活の事を沢山話して聞かせたし、寂しがるレオナルドを励まして、両親の事を頼んだ。
母は張り切ってドレスを新調しようとしてくれたが、簡素なワンピースをお願いして何着か作ってもらった。
そしてエリーゼは母に我儘を言い、1晩だけ母と同じ部屋で過ごし、色々な話をして、そのまま同じ寝台で眠った。
それは母である侯爵夫人にとっても特別に嬉しい我儘だった。
お世話になった侯爵家の使用人には料理長に頼んで一緒に作ったお菓子を、1人ずつお礼を言いながら渡して回った。
いよいよ明日になれば、エリーゼは侯爵家を出てクリシアム辺境伯の元へ嫁いで行ってしまう。
夜中はとっくに過ぎていたが、侯爵夫妻の部屋にだけはまだ明かりが付いたままだった。
「なぜ…私達の娘が…」
そう言いながら声を殺して泣く妻を、込み上げてくる涙を堪えながら侯爵は
「エリーゼならきっと大丈夫だ」
と言いながら強く抱き寄せた。
出発の日の朝、エリーゼは寂しそうな祖父母と笑顔の両親と涙を堪えているレオナルドと抱き合い挨拶を交わすと、侍女と馬車に乗ってクリシアム領地に向けて旅立って行った。
護衛に守られながらエリーゼと侍女を乗せたミルバーン侯爵家の家紋が描かれた豪華な馬車が先を走り、荷物をいっぱいに載せた荷馬車が後に続いた。
*****
クリシアム辺境伯の城では、ミルバーン侯爵からの手紙を受け取ったフレドリック達がエリーゼを迎えるための準備に追われていた。
ミルバーン侯爵からの手紙にははっきりと、「王命ではあるが、ミルバーン侯爵家はクリシアム辺境伯と娘との婚姻を喜んで受け入れる。フレドリック辺境伯もエリーゼを妻として大切にして欲しい」と書かれていた。
王命でいきなり婚姻したと言われた時は驚いて、取り敢えず客室を準備して相手のようすを見ようと考えていたフレドリック達だったが、エリーゼの父親から手紙を受け取ったからにはそういう訳にはいかなくなった。
先代の辺境伯は妻を早くに亡くしており、夫妻の部屋はもう長い間使われていない。
壁を塗り替えたり、新しい寝台や家具も揃えなければならなかった。
マイケルは友人の商人に頼んで大急ぎで家具や調度品を揃えてもらい、グラムは町の職人に床や壁の張り替えを頼み、カーテンも作り直した。
騎士達は領主に奥様が来ると聞いて喜んで片付けや重い物を運んだりと手伝ってくれた。
そうしてエリーゼを迎え入れる準備は整っていった。