絶望のモノローグ
少女が魔王と共に過ごし始めてからひと月近くが経った。
既に少女はかなり透明に近づいていた。
もはや、目をこらさなければ見えない程度まで。
「私を殺して」
少女はここひと月近く言っていなかった台詞を久しぶりに吐いた。
「断るよ」
魔王は首を横に振る。
「怖いの」
少女はベッドに横たわったまま、上を見上げて言った。
「何がだい?」
魔王が尋ねる。
「あなたから私が消えるのが怖いの」
震える少女の手を魔王が優しく包み込んだ。
確かな温もりが、そこにはあった。
「大丈夫。消えたりなんかしない。ずっと、覚えているよ」
「自分がもうすぐ消えるのが分かるの」
「大丈夫、まだ、きっと、大丈夫」
「ねぇ?」
「何だい?」
「信じていいよね?」
「うん」
「私のことずっと覚えていてくれるって信じていていいよね?」
「うん」
少女は優しく微笑む。
彼女の瞳には以前のような失意はなかった。
「そっか。私、幸せだな。誰かが自分のことを覚えていてくれるってこんなに嬉しいことなんだ」
魔王は俯いていた。
安心させなきゃいけないのに、既に魔王の顔は見せれるものではない。
「ねぇ?」
「何だい?」
魔王は鼻声だった。
「顔を、上げて」
少女に言われて、魔王はゆっくりと顔を上げた。
いつの間にか手が震えているのは魔王の方で、少女は魔王の手を優しく包み込んでいた。
少女は魔王の顔を見つめて、最高の笑顔を浮かべて言った。
「ありがとう」
斯くして少女は消滅した。
だが、魔王の心から少女は消えることはない。
決して消えない。
「さて、私も一つやるべきことを果たさないとな」
魔王にはまだ一つやるべきことがある。
それは、あの少女が望んだ“皆仲良く幸せに暮らせる世界”を実現させること。
世界を蝕む忘却症に対し、魔王がとった手段は、自ら悪役を演じること。
圧倒的な絶望を記憶ではなく人々の心に植えつけること。
それに立ち向かわせる為に争っている国々をも一致団結させること。
そして、巨大な悪を倒した達成感と一体感、平和の素晴らしさを人々の心に植えつけること。
魔王の独演劇が幕を上げた。
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