決意のセカンドインパクト
「な、何を言っているんだい?」
大きく目を見開いた魔王に、少女は再度言う。
「私を殺して」
少女は弱々しく微笑んでいた。
魔王は彼女の失意に染まった目を見て、それが彼女の本当の気持ちだということを知った。
そして同時に思った。
何故、目の前にいる少女が死を望むのかそれを知らなくてはいけないと。
そう思った矢先に少女が咳き込む。
「大丈夫かい!?」
魔王が少女の背中をさするが、少女の様子は一向によくならない。
しばらくすると、少しは良くなったのか少女は再び魔王を見つめた。
「心配しないで、さっきのはただの発作だから」
「発作って、病気なのかい?」
「まぁ、そうね。それより、さっきのお願いの答え、出してくれた?」
真っ直ぐ魔王を見つめてくる少女を見つめ返し、魔王も口を開いた。
「まだ、分からない。理由を教えてくれないかい? 君が、死を望む理由を」
「私が、死を望む理由?」
少女は少し困ったように視線を落とし、黙り込んだ。
「それを教えて貰わない限り、私は判断できないよ」
「あなたって、奇妙で恐ろしい存在だって聞いていたけど、そんなことないわね
」
「私は一度も奇妙で恐ろしい存在になったことはないつもりなんだけどね」
魔王が肩をすくめてみせる。
またしばらく黙り込み、やがて少女は口を開いた。
「忘却症って知ってる?」
「忘れる病気かい?」
「そうね。正確には忘れられる病気なんだけど」
「忘れられる? 人の記憶からかい?」
魔王が聞き返す。
「そうよ。人の記憶から、飼い犬から、世界から、忘れられて、やがては消滅する病気」
「そんな病気がこの世界に?」
「それに私はかかっているの。見て、私すこし透けているでしょう?」
少女に言われて魔王は少女をまじまじと見つめる。
言われてみると確かに少女は少し透けていた。
「この病気はね。最期には消滅するの。だから、私が生きた証拠は何もなくなる。その前に私を殺して欲しいの」
少女は言う。真剣な瞳で殺して欲しいと。
「死ぬ前にやりたいことはないのかい?」
魔王が尋ねた。
「ないわ。強いて言うなら、“皆で仲良く幸せに暮らせる世界”を見たかった」
「なら、死んだら駄目だ。その世界を見るまで死んだら駄目だ」
「無理よ、そんなもの」
少女は首を横に振る。
「どうしてそう思うんだい?」
「私はね。こう思うの。
きっと、世界のあちこちで忘却症になった人がいて、皆に忘れられていってるんだって。
それで、残された人はその人への愛とか、その人からの愛とか、悲しくて流した涙とか、嬉しくて流した涙とか、大事なものを全ていっぺんに忘れて、失って、悲しくて耐えられなくて悲しい思いが爆発して、争いが起こるんだって」
「全て忘れて……か」
魔王は思う。
魔法がこの世界から忘れて去られたように、自分が人々と仲良くしていた事実が忘れ去られたように、多くの大切なものが忘れ去られていっているのだろう。
それは、もしかしたら少女の言うとおり忘却症のようなもののせいかもしれない。
「だから、私は思うの」
少女は言葉を続ける。
失意に染まった目で、続ける。
「私達は大切なものを覚えておくことができないから。
何一つ記憶に留めておくことができないから。
忘却症に抗うことはできないから。きっと、私が見たかった“皆仲良く幸せに暮らせる世界”なんて存在できないんだって」
話し終わってから、少女は黙り込んでいる魔王を見つめた。
「ねぇ、私を殺してくれるでしょう?」
「殺さないよ。私は君を殺さない」
「どうしてっ!?」
少女が初めてヒステリックな声をあげた。
「君はたぶん、既にほとんどの人に忘れられたんだろう? だから、他に頼める人がいなくて私に殺されに来た。でも、それじゃあ、消滅するのと同じじゃないか。確かに私の記憶には残るかもしれないが、それだけだ」
「何が言いたいの?」
少女は問う。
「もし、もし良ければ私と一緒に過ごしてくれないか?
確かに記憶の中の思い出は忘却されるかもしれない。
だけど、思い出っていうのは本当は記憶じゃなく、心に残るものじゃないのかい?」
黙り込んだ少女に魔王は微笑みかける。
「確かにここは寂しいところかもしれないが、少なくともここは平和だよ」
その日から、魔王城に新しい住人ができた。
忘れっぽくなった魔王だったが、少女の存在だけは決して忘れなかった。
感想、評価、誤字脱字報告などして頂けると嬉しいです。




