4話:あなたは誰?
家までの道のりは、幾度となく見てきたもので、見慣れた風景だ。
それでも、その風景からは何かが抜け落ちている。
いくつも並び立つ家を見ると、誰かいたはずだと、心の奥で感じてしまう。
手入れのされた畑。
干された洗濯物。
桶に入った水。
そのことを気にしていると、家に到着する。
庭には私の服と、見慣れている気がするのに、誰のかわからない服が干されている。
それを見た時、私の頭の中で、ひとつの仮定が浮かぶ。
リゼリア様は、私を知らない人を見るような目をしていた。
混乱してしまったのか、記憶を失ったのか、それはわからない。
だから、私も部分的に何かを忘れているのではないだろうか、と考える。
家の玄関。その扉を開けば、きっと何かわかるかもしれない、そう思いながら扉に手をかける。
でも、私の手は、そこから動こうとはしない。
誰かがいたとわかったとき、それは、きっと家族なのだろう。
「怖い……」
そう思っていると、ぽつりと水滴が地面へ落ちるのが見えた。
空を見上げると晴れている。
そう思った時、頬を伝うものを感じる。
それが自分の涙だとわかると、止まらなくなってしまう。
その涙が悲しみなのか、恐怖なのか、はっきりとはわからない。
それでも、このまま立っているだけではいけない。
リゼリア様のことも心配だ。
私は、ようやく扉を開けると、リゼリア様を私の部屋まで運ぶ。
そっと、ベッドへ寝かせると、少しだけ身体を丸くする。
そして、静かに寝息を立てている、その姿に安心してしまう。
「休んでいてください」
そう言い、私は部屋を出る。
自分が暮らしてきた家なのに、どこか違う家。
私の部屋の向いには、扉がある。
最近はあまり入ることはなかった。
でも、小さな頃は、何度も入ったことのある部屋。
扉を開けると、よく知ったものだった。
誰かと、ここで話していた気がするのに、その相手だけが空白になっている。
だから、その空白が家族だったのだと、なんとなく思ってしまう。
私は次に、台所へと向かう。
棚にはふたり分の食器がある。
そして、包丁や鍋などが、一通り揃っている。
誰かが使っていたのだとわかるのに、誰かがわからない。
記憶の欠落。そう感じた時に気づく。
家に入る前は、現実を見るのが怖かった。
きっと家族を失ったと思った時は悲しかった。
それなのに、今も恐怖は残っているのに、悲しみは湧いてこない。
その意味を、私は理解することができなかった。
私はもう一度、台所を見回す。
何度見ても、誰かがいたはずだと、証拠のように見えてくる。
それなのに、その誰かは浮かばない。
悲しいはずなのに、悲しくない。そうわかるほど、怖くなっていく。
その時、物音が聞こえた。
思わず振り返ると、リゼリア様が立っている。
「お気づきになられましたか?」
誰かはいなくなったとわかった。
でも、リゼリア様がいる。そう思ったのに、返ってきた言葉は無情だった。
「あなたは……誰?」
あの時の言葉に、心が苦しくなる。
嘘だと言ってほしいのに、嘘じゃないとわかってしまう。
その時、私の中で何かが消えた気がした。
それでも、リゼリア様は今も生きている。
記憶を失ってしまったからと、私は今まで通りに接すればいいだけだ。
「……私はリネアです。きっと、忘れてしまったのだと思いますが、ずっと一緒にいました」
そう言うのが精一杯だった。
今日のことを教えた方がいいのだろうか。
そう悩んだけど、言わない方がいいと思ってしまう。
今、伝えても重荷にしかならないと感じたから。
「……私は誰なの?」
私の知るリゼリア様とは違って、どこか幼く見える。
そのことに、余計に心が苦しくなる。
「……リゼリア様は、この村で暮らしてきた大切な人です」
これ以上、何を言ったらいいのかがわからなかった。




