1 . トンネルを抜けたら
目を覚ますと、そこはトンネルの中だった。
「いつ着くの?」
欠伸をしながら隣を見ると、高森が私の髪を指さす。
「ね、ぐ、せ」
私は慌てて髪を抑えて、跳ねそうになる毛先を力付くでどうにかしようとしたが、無駄な抵抗だった。
「まだ寝ててもいいぞ」
運転手の金光先輩が、購入してしばらく経ったが、中古のマイカーを他の誰かに運転させる気がないらしく、もう何時間も運転を続けている。
寝ていたので、具体的な時間はわからない。
それにしても、今何処らへんなのだろう。
「寝るのは辞めるべきだと思うがな。トンネルを抜けたらもう着く」
どうでも良さげに、助手席に座る山下先輩が呟く。
「どうして僕まで」
「いろいろあったが、同じサークルメンバーだったろう。弔いは、心の整理のためにも、俺たちに必要だ」
トンネルを抜けると、そこは見覚えのない田舎道だった。
それもそうだろう。
ここは金光先輩の地元、狐神家の一族のB級映画の舞台である。
オマージュ元である犬神の方はミステリー映画だったが、これは犬神の人気にあやかろうとした別の作品なので、ホラー映画になっている。
窓の外では、湖で人々が足を上げて、泳いでいる。
コメディではなく、ホラーでシンクロナイズドスイミングをしようとした監督の思考が一番怖い。
そして、私はいつこのホラー映画地獄から抜け出せるのだろうか。
今回はさすがに辞退したかったのだが、金光先輩の地元で死者を送り出すお祭り?があるらしく、そこに佐藤先輩と美咲も便乗させてもらえるらしい。
私は金光先輩を信じていた。
何だかんだ、危機的場面を何度も助けてもらった金光先輩が、私に不利なことを、ホラー映画のようなことをするはずがないって。
信じていたから、車に乗り込んだ。
そしたら、男三人と遠く離れた田上村に連れられた。
宿泊の準備をしてないので抗議したら、全て金光先輩の父方の実家で全て用意してくれるという。
怪しいまでの親切心。
半分拉致のような気もするが、命の恩人の金光先輩だから付いてきたのだ。
車内での狐神家の話を聞いて、あのパク…オマージュb級作品だと気付いたが。
思えば最初のキャンプも金光先輩が発端だったように思う。
スマホの事件も、ドロドロなサークルメンバーを集めたのは金光先輩だし、全ての元凶は金光先輩では?
これからの金光先輩との付き合い方を考え込んでいるうち、本当にトンネルを抜けた瞬間、景色は一変した。
鬱蒼とした山々の狭間に細い道があり、その先に集落らしきものが見えてくる。
道端には色褪せた幟が幾つか立てられており、どれも文字が掠れて読めなかった。
ただ、赤地に白く太い線で何かが描かれているのが分かるだけで、それが村の名前なのか祭りの名前なのか、見当もつかない。
「あの幟、なんですか」
金光先輩はハンドルを握ったまま、こともなげに言った。
「今回のイベントのために立ててるんだ。全国から集まってきたりして、小さい村にしてはという意味だが中々に盛況だぞ」
全国から?明らかにおかしいだろ。
この映画、ネットの評価が低すぎて、感想欄を覗いたことがある。
どこもかしこも罵詈雑言だったが、その発端を知った気がする。
あのー、うっすらと結納と書かれてるんですけど。
「そうだな。死者を弔うために今夜は死者同士を結婚させるんだ。親族が写真を持ち、生前どういう子だったかを伝えあい、死者同士を結び合わせる儀式をするんだ」
弔いって言葉を辞書でひいてみたら?
なんで弔いがお見合い結婚になるわけ?
佐藤先輩も美咲も絶対に結納したくないだろうな。
そもそも私たちは親族でもないのに、勝手に参加してもいいのか。
そう聞くと、金光先輩は「そんな考え込むことじゃない。ただ、生きてる側の心を軽くするためだけのパフォーマンスだから」と笑った。
他二人も乗り気じゃないながらも、なぜかこの儀式には参加するようで、見殺しにするのも忍びない私は、車の中で対策を考えつつ、眠り込んでしまったというわけだった。
危機感がない自分に絶望する。
しかし、こんな奇妙極まりない催し物に、全国から来る人がいるところに、映画のご都合主義を感じ、溜息を吐く。
いつの間にか湖畔の道を離れ、民家がぽつぽつと現れ始めている。
どれも古い木造建築で、黒ずんだ瓦屋根には苔が生え、壁の塗装は剥がれ落ちていた。
雨どいからは雑草が伸び、庭と思しき場所は荒れ放題だ。
人の生活感はあるようでいて、どこか淀んで見えるのは気のせいだろうか。
先ほど見かけたのと同じような幟が数本、突き刺さっていた。
一本だけ、辛うじて掠れた筆文字が読めた。
『縁 結』
「まあ、言ってみれば、霊魂が寂しくないように、っていう昔からの習わしなんだよ。あっちの世界に行ったとしても一人じゃ心許ないだろう? だから、この土地の縁のある者と縁を結んでやって、安らかに眠ってもらうんだ」
「…それって、具体的に何をするんですか?」
金光先輩はバックミラー越しにちらりとこちらを見て、少しだけ眉を下げて笑った。
「そんなに怖がるなって。大丈夫だ。ただ、村の人間が集まって、御堂で結納。それぞれの家から持ってきた位牌やら写真やらをお互いに拝むだけさ。そして、『ああ、この子ならあの世で仲良くやれそうだ』なんて言い合ったりする。最後にお供え物をあげて、おしまいだ」
「それだけですか?」
拍子抜けするほど簡素な内容に、私は一瞬だけ肩の力を抜きかけた。
映画とは違う展開ということは、今度は死者が出ないかもしれない。
そう、映画では死者の結納なんて話はなかったから。




