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74 情報収集


 ベッドの上に腹ばいで横たわり、裕理(ゆうり)はポテトチップスを食べながらマンガを読み、ついでに音楽も聴いていた。大音響で部屋の壁を震えさせているヘビメタは、歌っているというより怒鳴っているのに近い。

 一際高いシャウトのせいで、裕理は部屋のドアが開いたのに気づかなかった。一応は女の子の部屋なのに断りもせずに勝手に入って来た敦は、あまりのボリュームに耳を塞いで、つかつかとオーディオに近づくといきなりコンセントを抜いた。


 急に音楽が止まって、裕理が勢いよく跳ね起きる。


 「こら、何すんねん!」

 「お前、こんなんばっか聴いてたら、頭の中にウジわくぞ」

 「わくか、ハゲ」


 そう言うと、裕理は読んでいたマンガ雑誌を敦目掛けて投げつけた。裕理の行動パターンなど知り尽くしている敦はそれを余裕でひょいと避けると、持って来た炭酸飲料の缶を裕理目掛けて放った。

 そしてどかっと、裕理が寝ているベッドを背もたれにして床に座り込む。


 「お、新製品やん」

 「パイナップルマンゴーソーダ、初やろ?」


 ベッドの上で胡座を組むと、裕理は早速プルトップを引いた。敦が投げたせいか、炭酸の白い泡が吹き出して来るから慌てて口をつける。


 「イマイチやな」

 「そやな、この前のライチパンチの方がいけとったな」

 「何言うてんねん、あれもイマイチやったやんか。その前の、夕張メロンサイダーの方がいけとった」

 「あれ、ごっつう甘かったやん」

 「それがええんやんか、わかっとらんな」


 などと言いながら仲良くパイナップルマンゴーソーダを飲んでいるこの二人、実はひとつ屋根の下で暮らしている。とは言ってもこの二人は恋愛関係ではなく、つまりは同棲などという甘酸っぱい同居ではない。


 敦の父と裕理の母は兄妹で、つまり敦と裕理はいとこ同士という間柄になる。


 大西一族が親戚ぐるみで経営している食品加工会社 『大西フーズ』 は、敦の父が社長に就任してから急激に業績を伸ばし、ずっと関西でのみの小さな商売だったのが数年前からは東京にまで進出している。

 裕理の両親がその東京支部を任されたために、裕理は中学から東京暮らしなのだ。

 そして、「一生、大阪だけにおったら世界が狭くなる。若いうちに東京で揉まれて来い」という父親命令で、この四月から敦もまた東京暮らしだ。


 なにも高校三年からじゃなくて、大学からにすればいいのにと敦は思うが、父は思いついたら即行動の人なので文句は言わずに従った。高校生のうちは裕理の家で厄介になり、大学に入学したら一人暮らしする予定になっている。


 「あー、お好み焼き食いたい」

 「サイダー飲んだら、お好み食いたくなるよな。なんでやろ?」

 「大阪人の心の味やからやろ」

 「たいそうな味やな」


 今や 『大西フーズ』 は、星の数ほどある食品加工業界の中にあって破竹の勢いで急成長している。大タコで有名な難波の某タコヤキ屋と提携して、その店名を冠した冷凍タコヤキが大ヒットしたのを皮切りに、敦の父は精力的に次々と大阪色の強いコテコテの商品を売り出す。それがことごとく当たるのだから、会社はどんどんと大きくなる。


 敦の父の商才がずば抜けているのか、ただ単に運がいいのか、それとも世が大阪ブームなのかどうなのかわからないが、とにかく気づくと敦は東京に居た。

 大阪ではボロい賃貸マンション住まいだった裕理一家の、豪邸とまでは行かないがちょっとそれに近いかなという程度には立派な家に居候して、お坊ちゃま学校と呼ばれている高校に通っているのは全て、大西フーズが急成長しているおかげだ。

 敦は、今の境遇をありがたがる気はないけれど、別に不満もない。東京と大阪のどっちが好きかと訊かれたら間髪入れずに大阪と答えるが、大阪じゃなくてもそれなりに生きて行ける。


 「そういや裕理、お前、沢浪北にツレおらんか?」

 「沢浪北?あんな進学校に行けるようなツレがおる訳ないやろ」


 飲み干したパイナップルマンゴーソーダの缶を枕元の目覚し時計の横に置くと、裕理はまた寝転がってマンガ雑誌を取った。ちなみに、敦に投げたのとは別の雑誌だ。

 裕理のベッドの上は、山積みにされたマンガ雑誌やらスナック菓子の袋やらでカオス状態にある。裕理一人が何とか寝転べるスペースが空いているだけで、後は雑多な物が氾濫しているのだ。


 「沢浪北がどうかしたんか?」

 「たいしたことやないけどな、同じクラスの怜士ってヤツが沢浪北の女に惚れてんねや。おもろいから協力したろ思ってな、情報収集や」

 「沢浪北の女?」

 「そうや、セスナとか言う、変な名前の女やで」

 「セスナって、山崎セスナか?」

 「いいや、苗字は飛鳥井や。飛鳥井財閥のお嬢らしいで、お前も飛鳥井くらいは知っとるやろ」

 「それが山崎セスナや、中等部の時に同じクラスになったことあるわ。セスナなんて名前、そうそうおらんやろから同じ奴やろ。確か、どっかのえらい家の養女になったとか言うとったな。貧乏人の癖にとか言うて山崎をイジメてたしょーもないヤツらがごっつう悔しがっとったから覚えとるわ」

 「養女なんか?」

 「養女や」

 「お前と同じクラスって、白女やったんか」

 「そうや、中等部までやけどな。そうか高等部で見かけんと思ったら、沢浪北に行ったんか。そんな頭よかったんやな」


 『白女』 というのはひよりが通っている私立のお嬢さん学校のことで、正式名称は、『白雪女学院』 という。その校名にちなんだ、真っ白なワンピースの制服で有名な学校だ。


 「どんな子や?」

 「喋ったことないし、イジメられとったんしか覚えてないわ」

 「イジメか、女子校は恐いな」

 「男子校や共学かてイジメはあるやん」

 「そやけど、なんか女子校のイジメってむっちゃ陰湿そうやん」

 「そやな、確かに陰湿やわ。殴ったりはせえへんけど、ちくちくと言葉責めや」


 コワーと言いながら敦はベッドの上に手を伸ばし、届いたマンガを適当に取った。


 「これ、先週号や。今週のは?」

 「そのへんにあるやろ」

 「そのへんて、どのへんや?」

 「知らんわ、自分で探せ」


 へえへえと立ち上がって敦は、裕理のベッドに山と積んであるマンガ雑誌を物色しはじめた。


 イジメられとったこと、怜士は知っとんかいな?

 知らんやろな、知っとったらあの単細胞が黙っとる訳ないし。


 裕理の足の下にお目当ての少年誌を見つけて、敦は遠慮なくショートパンツから出ている裕理の素足を掴んで雑誌を引きずり出す。


 しかし、なんでこいつはこんなんで苛められへんねやろ。


 いとことはいえ、男に足を捕まれても平然としている裕理を見おろして、敦は首を捻った。白女みたいなお嬢さん学校で、裕理が浮いていない筈がない。


 ま、何にしても怜士おちょくったら、退屈しのぎくらいにはなるやろ。


 「借りてくで」

 「おー」


 マンガから顔もあげない裕理に苦笑いして、敦は雑誌を片手に部屋を出て行った。




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