60 ソーダ味のアイスキャンディー
「ナニを死んどんねん、鬱陶しいやっちゃなぁ。それでなくても男ばっかでむさいんやから、でかい図体でゴロゴロすんなや」
非常階段の狭い踊り場を占領して、うつ伏せに倒れたまま微動だにしないデカい図体の男を敦は、どけとばかりに汚れたスニーカーの底でがしがしと蹴った。一応はお坊ちゃま学校で知られているこの学校では、靴はバーバリーの黒のローファーと校則で決められているらしい。親の主義で大阪からこの男子校に転入してから一ヶ月と少々、敦はそんなものを履いたことは一度もないが。
「おい、怜士。いい加減にしろや。鬱陶しいちゅーねん、ナニをめそめそしてんねや」
蹴っても起きようとしない怜士の背中の上に遠慮なくどかっと敦は尻を下ろしてた。座り心地の悪い座布団がぐえっとか何とかうめいたようだが気にしない。
「ホンマ、何やねん。お前が死にだしてから、もうひと月にはなるで。女にふられたぐらいでそんなに死んでてどうすんねん」
「……死んでねえし、ふられてねえよ」
「ほおー、へえー、ふわぁー」
さも馬鹿にしたような調子で敦は、意味不明な返事で怜士をおちょくる。ちなみに最後の「ふわぁー」は返事ではなく、大口を開けたあくびだが。
裏門を出たすぐの所にあるコンビニで買って来たソーダ味のアイスキャンディーの袋を破ったところで座布団が動きだした。のっそりと体を起こした怜士の上からどいてやって、敦は茶色のペンキがところどころ剥げているが、剥げた部分もサビで茶色いのでさほど目立たない手摺に寄りかかって座った。
「一口、くれ」
「高いで?」
「大西フーズの御曹司がケチくさいこと言うな」
「成金は、ケチなもんや」
「いいから寄越せよ」
眉間に皺を寄せて手を突き出している怜士に敦は、しゃーないなぁと言いながらもまだ腕にかけたままだったコンビニのレジ袋からもう一本アイスキャンディーを出して投げた。空中をくるくると回りながら飛んで来たそれを怜士は左手で受け止める。
「おごったるわ」
「さすが大西フーズ」
「そやろ」
校舎の裏にへばりつくように設置されている非常階段で水色のアイスキャンディーをかじりながら怜士は、ぼんやりと空を見上げた。それは何も映していない、虚ろな目だ。
「死んだ魚やな」
「あ?」
「うちの工場に来てみ、お前みたいな目ぇした魚が山積みされとんで」
「かまぼこの材料かよ」
「ゴボウ天や」
ケタケタと笑う敦を睨みながらも怜士は、怒る気にはなれなかった。そんな気力はないのだ。
「で、セスナちゃんと一緒におった男の正体はわかったんかいな」
「ああ、妹が沢浪北に通ってるって奴がいたから訊いてもらった。阿部和馬っつーんだと。セスナとそいつ、沢浪北では有名なカップルだとよ」
「ほおー、有名カップルときたか。ほんなら、お前の失恋は確定やんか」
「ふられてねえって、まだはっきりと嫌いとか言われてねえし」
「あんなぁ、そのセスナちゃんて娘には彼氏がおるんやろが。現実から目を背けなや、怜士。男らしないで」
「高校の一時期につき合ってた男がいるくらい、普通だろうが。俺は、過去を気にするようなケツの穴の小せえ男じゃねえ」
「おっめでたい頭しとんな、怜士。めでたいめでたい」
「うっせえわ」
吐き捨てるようにそう言う怜士に、敦はやはりケタケタと笑った。
大西敦というこの男は本来ことなかれ主義で、誰とでも適当に合わすことを得意としている。大阪から来た転校生のクラスでの評価は、『さすが関西人、面白くていい奴』なのだ。
敦にとって、耳に優しい慰めや励ましの言葉をこの傷心の友人にかけてやることは容易い。いつもならそうしている、下手にからかって逆恨みされては面倒だからだ。だけど、その敦ですらちょっかいを出したくなるのがこの田之倉怜士という男なのだ。
このデカイ図体で華道の家元、田之倉流の次期宗主だと言うのだから笑える。怜士と華道という、そのアンバランスさが敦の興味を引く所以なのかもしれない。
「そしたら、怜士はまだセスナちゃんを諦めてないんやな?」
「まだ何もしてねえのに、どうして諦めるんだよ」
「よし、よお言うた。ほんなら協力したるで」
「お前の協力なんざ、いらねえよ」
「とりあえずうちの冷凍タコヤキでも手土産に、一度挨拶にいこか」
「人の話を聞けよ!つーか、何でタコヤキ?」
「関西では、女に贈るのは花よりタコヤキや。これ、恋の常識。覚えときや」
嘘つけとがなる怜士に敦はケタケタと笑った。そして、溶けて少し柔らかくなったアイスキャンディーに齧りついた。
これ、元はタバコ吸ってる話でした。
高校生がタバコ吸ってる話を書いていいものかどうかわからず、アイスキャンディーに変更しました。
非常階段でアイスキャンディー、なんか可愛いな。




