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59 三階から見えるグラウンド


 四時間目の体育の授業を終え、希羅梨は着替えて教室に戻って来た。鞄の中からがさごそと弁当の包みを取り出し、今日も天気がいいから屋上だなと思いつつ廊下に出る。

 セスナと美雨が出て来るのを待ちながら希羅梨は、何気なく廊下の窓から外を見て、グラウンドを元気に走り回っている体操服の群れに気づいた。体中を泥まみれ砂まみれに汚してサッカーボールを追いかけているのは見慣れた面々、三年A組の男子たちだった。


 「そっか、男子はサッカーだったんだ」


 独り言にしては大きな声でそう呟くと、希羅梨は半分だけ開いていた窓を全開にして、窓枠に両手をついてグラウンドを見渡した。女子の体育は体育館でバレーボールだったので、男子が何をしていたのか知らなかったのだ。

 しかし、とっくにチャイムは鳴ったのに終る気配はない。どうやらゲームが白熱してしまって、先生さえも夢中になっているらしい。


 「みんな、元気だなぁ」


 とても受験生とは思えない遊びっぷりだ。いや、受験生だからこそ体を思いきり動かして、日頃たまっている鬱を吐き出しているのかもしれないが。


 三階から見下ろしていると、雪都の薄茶色の髪がよく目立つ。雪都が左の二の腕に赤いはちまきを巻き、雪都と競り合っている和馬が右手首に白いはちまきを巻いているところを見ると、どうやら二人は敵チームらしい。

 はちまきを頭ではなく腕なんかにしているのは、ゲームが激しすぎて頭だとすぐに取れるからだろうか。二人の動きは、他の者と比べると際立って速い。

 黒い頭の間を薄茶色がすり抜けて一直線にゴールに向って走ったかと思うと、外から和馬が弾丸のように追いかけてセーブする。他の男子はとても追いつけない、二人の独壇場だ。

 成る程、雪都と和馬が同じチームだと面白い試合にはならないだろう。二人が敵同士だからこそ、あんなに競っているという訳だ。


 「姫宮、屋上には行かないのか?」


 声をかけられて振り向くと、弁当箱を抱えたセスナが立っていた。出会った頃のセスナはお嬢様らしいやたらと丁寧でお上品な喋り方をしていたものだが、つき合いも三年目になるとさすがに地が出て来たらしく、今では女友達にしては固いだろうとは思うが、それがなんともセスナらしい喋り方をしてくれるようになった。


 「飛鳥井さん、見て見て!阿部くん、カッコいいよ」


 今度は和馬がボールを奪って、反対ゴールを目差して突っ走る。それを、雪都が追いかける。速い、二人ともだ。けれど、陸上部の雪都の方が空手部の和馬より僅かに勝る。追いついて、横から飛び掛ってざっと砂地の上を滑り、鮮やかにボールを掠め取った。


 「恰好いいのは、永沢の方ではないか。和馬め、不甲斐ない」

 「えー、どっちもカッコいいよ」


 不甲斐ないなどと言いながらも、セスナは胸に抱えていた弁当箱を片手に持ち替えてから窓に近寄った。希羅梨と並んでグラウンドを見おろす。


 「お、また抜かれた。情けない奴め」

 「でも、また奪い返したよ。すごい、今の速すぎてどうなったのかわからなかった」


 五月の柔らかな風がふわりと窓から吹き込んで来た。少し砂の匂いがする、グラウンドの砂をまき上げているのだ。


 「二人ともカッコいい、頑張れー」

 「姫宮、どっちを応援しているのだ?」

 「どっちも!」


 雪都と和馬は敵チーム同士だ、どっちも応援するなんて明らかに矛盾があるのだが構わず、希羅梨は声援を送った。


 「頑張れ!そこだ、行け―っ」


 和馬の放ったシュートを、ゴールを守っていた伊佐美ががっちりと受け止めた。どうやら伊佐美は、赤チームらしい。

 きゃあきゃあと、希羅梨は可愛い声を張り上げる。その声はグラウンドまで届いたのか、何人かの男子が上を見上げた。


 「あ、中森さん!中森さんもこっち来て見て。雪都くん、カッコいいよ」


 窓枠は掴んだままで体を捩って、希羅梨はちょうど廊下に出て来た美雨を呼んだ。弁当が入っている巾着袋を手に、美雨はきょとんと大きな目を見開いた。


 希羅梨にしてみれば、雪都の想い人である美雨に雪都をアピールしているのだが、何も事情を知らないセスナは、希羅梨の隣でぷっと吹き出した。自分の彼氏を何のてらいもなくカッコいいなんて言える希羅梨の素直さが、好ましいとも羨ましいともセスナは思ったのだった。


 どうしたのと、美雨が窓の方に近づいて来た時、ピーッと甲高く笛が鳴った。


 「あ、終ったのかな」

 「結局、どっちが勝ったのだ?」


 グラウンドの端にスコアボードらしきものが見えるが、ここからは遠すぎて点数までは読み取れない。


 「……赤チームの勝ち、かな?永沢くん、得意気な顔してる」


 「ん?」と、スコアボードを読もうと目を凝らしていた希羅梨とセスナが揃って美雨を見た。セスナの隣に並んでグラウンドを見おろしていた美雨が、二人の視線に気づいて「ん?」と顔をあげる。


 「雪都くん、得意気な顔してた?」


 不思議そうな顔で希羅梨にそう訊かれて、美雨は自分が失言したことに気づいた。

 美雨と雪都が幼馴染なことは誰にも言っていない。雪都が希羅梨に話しているかどうかは知らないが、とにかく美雨は誰にも言っていない。

 どちらかと言うと愛想のない雪都の表情の変化は乏しい。幼馴染だからこそ、長い時間を一緒に過して来た美雨だからこそわかる程度の変化なのだ。


 「あの、えっと、だから……私、目はいいんだ」


 両目とも1.5なんだよなんて言ってみたら、希羅梨は「そうなんだ、すごい!」と、言って笑った。セスナも「それはすごいな」と、頷いてくれた。

 「最近、視力が落ちて来たみたいなんだよね」「姫宮もか」なんて喋りながら窓辺を離れ、希羅梨とセスナはそれぞれの弁当を持ち上げた。


 「中森さんも屋上で食べるでしょう?藤田さんは?」

 「あ……うん、あゆみちゃんも来ると思う」

 「じゃあ、行こうよ」


 そう言って希羅梨は笑う、セスナも笑ってくれる。美雨も二人につられたようにふわりと笑った。


 「うん、行こう!」


 パタパタと、自分の席に弁当を取りに行きながら美雨は思う。三年生になって出来た新しい友達は二人ともびっくりするくらい可愛くて、そしてびっくりするくらい優しい。




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