9.管理舎 後
「一応、案内はこれで終了だよ。十一時十分か。少し早いけど食堂に行こうか。
食堂は誰でも利用できるよ。午前十一時から午後五時半まで」
ホールの横が食堂になっている。
入り口にメニューが木札で掲げられていて下町食堂みたいだ。
「入り口にある木札でメニューを決める。中に入ってもメニュー表は無いから食堂に入る前に決めてね。決めた?
予めメニューの代金を用意しておくと、スムーズにカウンターが流れる」
俺は本日の定食五百円にするので、五百円をポケットに準備した。食堂に入る。まだ人はまばらだ。
「カウンターの右端に積んであるトレーを取って、おしぼりと箸を乗せる。で、注文する。唐揚げ定食一つ」
「あいよ」
待ち構えていた赤いエプロンのおじさんが、トレーに唐揚げの皿を乗せる。
次に待ち構えていた赤いシャツのおじさんがご飯と煮物を乗せて、次の赤いワンポイントのついた割烹着のおばちゃんが汁物を乗せて最後に会計のおじいちゃんだ。早い。おじいちゃんも早い。現役か。
「本日の定食一つお願いします」
森津木さんと同じように次々流されて支払いをした。その間、約7秒。やはり早い。
今は空いているし、準備もしてあるのでこれだけ早いのだろう。
「いただきます」
森津木さんと適当な席に座って食べ始める。本日の定食はご飯とお吸い物、里芋の煮物、メインに豚の生姜焼きだ。豚、だと思うんだけど。何だろうな…。
うん、美味い。美味いからいいや。
黙々と食べる。途中で森津木さんが俺の分の茶も淹れてくれた。
濃い午前中だったと思う。
かなりの衝撃があったのに、今はこうして本日の定食を食べている。何だか不思議だ。
俺の説明担当が森津木さんで良かった。
きっと、森津木さんじゃなかったら、ここまで落ち着かなかっただろう。
人外の郷。喰われる立場。おおよそ、楽に生き残れるとは思えない環境。この環境で暮らしていかないといけない。
でも、生き残っている人がいる。その人が、穏やかな人もいることを教えてくれた。
きっと俺も、生き残れる可能性があるはず。
考え事をしていたからか、食事はあっという間に食べ終わってしまった。ご馳走様と手を合わせ、森津木さんを見ると彼も食べ終わっている。
「さて、昼食を食べたら自由時間だ。岩木はどうする?迷い人は昼食後、コンタクトを取り合うことも少なくない。
希望するなら、僕が郷を案内することも可能だよ」
「それなんですけど、頼みたいことがあって。
一旦アパートに戻って、この必需品セットの中の確認をして、二号室とかも見てみて生活用品等で何が足りないか把握してから、買い物の案内をお願いできませんか」
「うん、いいよ。今は十一時半。か。あ、この後、管理舎内の被服室に少し寄りたい。付き合ってくれるかい」
「はい、もちろん」
トレーを返却口に返して食堂を出る。
被服室は受付右横の扉を入って突き当り。管理舎はL字型の建物で、今まで居たのがLの縦線に該当する。被服室はLの横線部分だ。こちらは特別棟なのか被服室、調理室、調合室がある。
被服室をノックして、森津木さんが声をかける。
「どうぞ」
中から優し気な女の人の声が聞こえた。
中に入ると右側の壁一面が棚になっていて、所狭しと布が積まれてある。その前に立派は機織機が置いてあって、部屋の中央で一人、黒い髪の女の人が縫物をしていた。
少し垂れ目で、家庭的な雰囲気のお姉さんだ。
「こんにちは、お邪魔してしまってすいません」
「いいえぇ。丁度、お昼にしようと区切りをつけたところですから」
「それは良かった。クッキー焼いたので配って回っているのです。宜しければどうぞ」
「あら!嬉しいぃ。昼食後に早速いただきますね、有難うねぇ」
「あと、彼を紹介しに」
「こんにちは、はじめまして。岩木という呼び名をもらいました。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「はじめまして。わたしはツクロイと呼ばれているわ。御覧の通り、縫物をしているから日中は大体この被服室にいるの。迷い人に挨拶されるなんて、久しぶりで嬉しいわねぇ。
ちょっと待って。最近の現世の服に興味があって、習作が有るからあげるわ」
ゴソゴソと窓際の棚から布袋を出して、ヒョイヒョイと布を入れていく。
「あ、これよこれ。折角作ったのに、皆嫌がるのよね…」
ポイッと入れる。今何か、聞こえた気がする。そっと森津木さんを見るとニコリと笑った。了解です、黙ってます。
「はい、これ。物は良いから、是非着てくれると嬉しいわぁ。岩木君の体格に合っている物を選んだから着れると思うけれど、合わなくても誤差範囲よ。リネンのトートバックもあげるから、使ってね」
トートバック。そういやそんな名前だった。布の種類は分からない。使えたら良い派だ。パンパンに膨れたトートバックを貰う。
「こんなにたくさん、有難うございます。助かります」
持ち手が肩にかけれる長さだったので肩にかける。シンプルだし、使い勝手がよさそうだ。
「良かったね。似合っているじゃないか」
森津木さんが褒めてくれる。
「本当ですか、やった。このトートバック、肩に掛けれるし、便利そうですよ」
「気に入ってもらえたようで何よりだわぁ」
「ツクロイさん、本当にありがとうございました」
最後にもう一度お辞儀をしておく。
「あんまり長居してもお邪魔だろうし、僕たちはこれで失礼しますね。ではまた」
「はい、またねぇ」
十一時五十分、管理舎のホールを通り過ぎようとすると、言い争っている声がした。
「何で私が挨拶に行かなきゃならないの。挨拶じゃなくて、元の場所に返して」
「いい加減にしなさい。何度も説明したわ。御山に自分で向かうならご自由にと言っているじゃないの。
むしろ、そうしてくれたら、私は楽でいいのだけれど。『逃亡しました』の連絡だけで済むもの。
私にどうにかしてもらおうとするのは諦めなさい。逃亡しないなら、正午までにあなたを管理舎長室に放り込む必要があるの。
いえ、正午になれば、それまでよ。間に合いませんでしたと私だけが報告に行くわ。
もうどのみち時間が無い。あなたが付いて来なければ『逃亡』とみなし報告するわ」
階段を早足で登っていく赤髪のお姉さんの後ろを、ぶつくさ言いながら少女が慌てて追いかける。
あれが、俺と一緒に来た迷い人。
五人の内の一人。