10.掃除
再び住宅街で増えた視線にさらされて、精神を消耗しつつもアパートに帰ってきた。どっと疲れた。
六号室に入ろうとしたら森津木さんが先に軽く掃除をしよう、と言い始めて荷物を一旦森津木さんの部屋に置かせてもらった。掃除道具を準備してくれるというので、窓を開ける。
他の迷い人でアパートに入る人は居るのかな。他の三人はどんな人だろう。
風通しの良くなった室内でぼおっとしていると、すぐにジャージの森津木さんが戻ってきた。手にはださいジャージを持っている。
「一応、たまに掃除はしてたから、そこまで汚れてないと思うけど。軽くしちゃおうか。
岩木、これ、僕がたまに着ている以前いた迷い人のジャージ。洗ってあるから、僕の部屋で着替えておいで。
先に言っとくけど、このジャージ、生還した迷い人のジャージだから。凄いレアジャージだよ。なんせ、生還する迷い人は自分の荷物は持って帰るからね」
ださいジャージが輝いて見えた。着る前に拝んでこう。
六号室に戻る。
叩きを振り回している森津木さんが、ベランダの掃除宜しく、と雑巾と箒と塵取りを渡してくる。バケツは浴室だそうなので、雑巾を濡らして物干しや手すりを拭いていく。
「岩木、お客さんだよ」
へ。客?驚きつつ振り向くと、ドアのところに可愛らしい顔の小学生くらいの少年が立っていた。あ。あの顔。
「あの、朝は、悪かったなっ。俺、四号室の小鳥だよ。仲良くしてくれる?」
少し顔を赤くして、大きな声で聞いてくる。ああ、今朝の。
「もちろん。朝は煩くして済まなかった。
俺は岩木って呼び名だよ。小鳥って呼ぶな。よろしくな」
小鳥の顔が一瞬で笑顔になり、勢いよく頷く。ああ、手が汚れてなければ頭を撫でれるのに。
小鳥って呼び名も凄いが納得できるので違和感はない。初日にピイピイ泣いていたんだろう。
「おうっ。岩兄ちゃんな!岩兄ちゃん、布団、俺の部屋で干してやるよ。
シーツは三日前に森兄ちゃんが洗ってくれてるから、干すだけで気持ちよく寝れるんだぜ。じゃあ、布団持ってくなー」
言うが早いか上がり込んで、掛け布団を持って外に駆けていく。元気だな。掛け布団は良いとして、敷布団は持てるのか?
「岩木。掃除。再開して。小鳥の心配はいらないから。小鳥は少し力持ちだし、自分でできる事をきちんと把握している子だよ。任せてあげて」
そっか。
頷いて掃除を再開させる。と言っても掃き掃除ももう終わる。
「ガラスは見ての通り、綺麗だから拭く必要は無いけど、雨戸までは手が回ってない。雨戸の掃除を宜しく」
台所の壁を拭き始めた森津木さんが次の指示をくれる。
本来、森津木さんが掃除してくれてただけでも有り難いのに、今も当たり前のように掃除してくれている。森津木さんの部屋に足を向けて寝ない。決めた。
雨戸は結構な汚れだけれど、こびりついてはいない。きっと、定期的に掃除をしてくれていたのだろう。
雨戸の掃除が終わって部屋に入ろうとするといつの間にか、小鳥が床を拭いている。
「あ、岩兄ちゃん、雨戸終わった?じゃあ手を洗って俺と二号室行こうよ。カーペットとか無いと夜寒いよ。敷く前に欄干に干した方が良いし」
「そうだね、トイレと浴室はほとんど汚れてないはずだから、サッと拭くだけで終わるだろう。僕がしとくから、二人で二号室行っておいで」
流れ的に小鳥も入居を手伝ってくれるようだ。
二号室には所せましと物が置かれていた。
カーペット類はこっちだよ、と小鳥に案内されて丸められたカーペット前に来る。比較的綺麗な無地の黄土色のカーペットを選び、小鳥に勧められるまま電気カーペット上下も選んだ。三枚重なっていればある程度温かいだろう。
二階の欄干に三枚を干して適当に叩いておく。
二号室に戻り、他にも物色をしていると、森津木さんが降りてきた。アドバイスを貰いながら次々と選んでいく。
衣装ケースなど、拭いた方が良いものは選んだそばから、いつの間にか広げられたビニールシートに置かれて、小鳥が拭いてくれている。
炬燵布団は以前仕舞ったときに圧縮袋に入れられたままだったので、俺としては干さなくてよかったが、小鳥少年によって森津木さんの部屋に干されたようだ。
あらかた目ぼしいものを選び終わったが、カーペットを干しているせいで、炬燵などは運び入れられない。
「この時間に、午前中に買ったセットとかの確認をしようか。
僕はお茶を淹れて岩木の部屋に行くから、始めといて。お茶は珈琲と紅茶と緑茶、ほうじ茶、チャイとかもできるけど、どうする?」
「森津木さんと同じでお願いします」
遠慮なんてしなくていいのにと言いながら森津木さんは小鳥を連れて自室に戻った。
先ずはツクロイさんに貰ったものを出して確認しつつ衣装ケースにしまう。長袖の黒T。緑のカーディガン。グレーのYシャツ。色々ある。無難に着回せることが出来そうだ。
最後は底に纏めてある布。あ、これ、意味深な呟きの…。
テテーン
岩木は ボクサーパンツ×5 を 手に入れた!
一番手に入るか不安だった下着がまさかの。ツクロイさん有難うっ。初対面のお姉さんから下着を貰うって貴重た体験だ。大興奮していると森木津さんたちが入ってきたので急いで仕舞う。
「お邪魔するよ~。この部屋はまだ寒いから小鳥の希望でチャイになりました。
あ、ツクロイさんからもらった洋服類は仕舞終えたようだね。何か足りなかったものはある?」
「靴下ですね。あとは家の中で羽織るもの」
チャイを受け取りながら答える。湯気が出ていて暖かさが嬉しい。一口飲むと、生姜やシナモンの味がした。何だこれ。美味しくてホカホカする。たまに飲んでいる女子を見たことがあるが、なるほど。女子受けしそうな飲み物だ。
「岩兄ちゃん、チャイ気に入ってくれたみたいだな。良かった!俺も好きなんだぜ」
「小鳥が選んでくれたのか、有難うな。俺もこれ好きだ」
へへと笑う小鳥可愛い。
売店のセットもすぐに確認を始める。売店で聞いた他にも箸や櫛、爪切り、携帯用のソーイングセットなども入っていて、そのボリュームに森津木さんも驚いていた。
「これで五百円は凄いよ。だって、ほら、ラップとかアルミホイルは郷では作れないから、買うと一つ五百円位するんだよ。会社の名前が有るから粗品だろうけど、同じものだし。絆創膏だって、郷の人は嫌がるから、迷い人の嗜好品扱いになってしまっているし」
ツクロイさんと紅女さんには今度何かお礼しよう。森津木さんと小鳥少年からも意見を貰い、足りない生活必需品を書き出していく。
午後二時二十分。
必要なものを書き出したメモを持って、やっと買い物に乗り出した。




