59.交流
いつものようにダイジョウに送ってもらい、アパートに着く。
御簾の人は、本当に喜々として月の宴の報告だけをしてきたので、とんぼ返りである。
「有難うございました」
飛び降りて、礼を言う。
「あの。俺、管理舎が業務を始めたら、日雇いに行くので、日中はいなくなります。
今までは、管理舎が休みだから、家にいることが多かったですけど」
「何?」
「俺も、食っていかないといけないので。
迷い人は支給金と、臨時労働の報酬で食い扶持を確保するんです」
ダイジョウは眉間に皺を寄せた。
「管理舎はいつからだ」
「明日から」
「明日か。分かった」
するとダイジョウがこちらを見て、にたり、と笑う。
悪だくみをするガキ大将のように楽し気な顔。
この顔を俺に向けているということは、対象は俺、なんだろうなぁ。
「…あんまり、俺の負担になることは、止めてくださいよ。
何企んでるのかは、知りませんけど」
「人聞きの悪い。まあ、楽しみにしておけ、小童。近く、見えようぞ」
いやに凶悪な面構えで不穏な言葉を残して帰っていった。
「…お兄ちゃん、あの顔は、厄介事だよ…」
「俺もそう思うけど、防げるものでないし。小春、早く部屋に入ろう」
意外と。そう意外とダイジョウは話が通じるから。そう、困った事態にはならないと思いたい。
一月八日、月曜日。
久しぶりの管理舎である。
朝の資料室は空気が冴えていて、弱い光が遠慮がちに差し込んでいる。フミツキさんは早くも積み上げられた書の向こうに埋もれていた。
「フミツキさん、おはようございます。今年もよろしくお願いします」
「お姉ちゃん、よろしくね」
「はい。お二人とも、こちらこそよろしくお願いします」
作業に入る前にフミツキさんに電子辞書が使えないことを話す。
フミツキさんは残念がったが、すぐに辞書を貸出てくれた。辞書特有の薄い紙が、何だか新鮮だ。
「よし、小春。頑張ろうな」
「あいっ」
今年初めての管理舎での仕事である。二人で気合を入れて紙をめくった。
正午。
差し入れの紙袋を持って食堂に向かう。
張り紙があり、『一月十日 営業再開』とある。売店も同じで十日からの張り紙が有ったので揃えたのだろうか。
どのみち、寮組はいったん帰っているだろうと、寮のロビーを覗くと先輩が一人で座っていた。
「あ、岩木君。いらっしゃい」
「今日は。食堂、十日からでしたね。これ、差し入れです」
「有難う、助かるよ。昨日のバスケットは入り口に置いてあるけど、帰りにまた取に来る?」
「そうします。それじゃあ、俺、昼飯食いに帰りますね。
あと先輩、ロビーで待ち合わせしてから寮に帰ったほうが良くないですか。
さすがに少し不用心です。逆に心配されるオチですよ」
先輩は苦笑いだ。
「だよな。俺も思ってた」
すぐに後輩と姫ちゃんが帰って来て、小言を言われている先輩をしりめに管理舎に戻る。事務室でコダマさんを呼べば、他の人が休憩室に居るから入りなよ、と答えてくれた。
「お邪魔しまーす」
休憩室ではコダマさんとツバメ。キョウコクさんとセンジュさん揃い踏みだった。何となく、今年は幸先がいいような気がしてくる。
「あ、二人とも!久しぶり。元気だった?」
「おかげさまで」
コダマさんを皮切りに、皆声をかけてくれる。
遠慮なく席に着き弁当を広げると、ツバメが横からつついてくるので、ツバメのパンを一つ横から掠め取る。
「お前さ、休みの間、一体何してた?ひっでぇ噂が流れてんだけど」
噂というと、俺が変態説かハイパー説とかしか浮かばない。
「大体ガセだろ、どうせ。いつも変な脚色がついて、原型とどめてないじゃないか」
まあ、そう怒らないで、とセンジュさんが宥めてくれながらも確かめてくる。
「岩木君、鬼の御殿行ったかしら?」
「行きました。宴に参加させてもらいまして。凄いご馳走でしたよ。伊勢海老食べました。他にも、自分で作れないご馳走を腹いっぱいに食べましたよ」
ツバメがピクリとこちらを窺った。
「居酒屋で料理作った?」
「…作りましたね。アパート組総出で」
事務メンバーの視線がツバメに集中したので、俺もつい視線をやると、ツバメが怒っているのか泣きそうなのか判断のつかない形相をしている。え、何その顔。どうした、ツバメ。
「ツバメ?」
「…やっぱり、本当なんじゃねーか!何で俺を呼ばない!?」
急に立ち上がったツバメが声を荒げた。と、言っても怒っている風ではなく恨みがましさが溢れてきた、といった体だ。
「何が?居酒屋のバイトのことか?」
「アパート組総出で肴作ったんだろ?
それで皆美味しく酒飲んだんだろっ?呼べよ、俺もっ!」
隣のセンジュさんがツバメを半眼で見上げている。器用な芸当だ。
「いや、あのバイト話、当日受けたし。結構なぼったくりだったみたいだよ?」
何でここまでツバメがヒートアップしているのか。小春までも残念なものを見る目をしている。
「知ってるよっ。入場料一回五万。酒瓶二瓶は無料。追加は購入だろ?」
え、そんなにぼったくってたの。
「払うっての、そん位っ。お前、俺が金使うところなんて酒代くらいだぞ?
使い道なんて、そんなにねーからっ。
お前が下拵えして、森津木が仕上げるって何。森津木の料理なんて、郷のお偉方が指名依頼するほどの供物だぞ?
むしろあれは、神饌を分けて貰っているといえるほどだぞ?分かってんの?
森津木のはもう食うだけで、力を分け与えられるレベルなの。
系統が違うけど、お前や小鳥のだって普通の迷い人の供物より質は高いの。
それが、何?
三人で寄って集って料理して?
そりゃ皆、金持って詰めかけるわ。途中から酒代が倍になっても喜んで払うわ。知ってるか、居酒屋に入れずに、あの通りに皆あぶれてたんだぞ?
俺は何も知らずにのうのうと過ごして、後日知ったんだぞ?なんで俺、食いそびれてんの?」
なにこれ、面倒くさい。
コダマさんを見ると、「仕方ないねー」と苦笑い。
センジュさんを見ると、「ずっとうるさかったのよー」と苦笑い。…ずっと? ずっと一緒にいたんだ? そういうこと?
ツバメ、ギルティ。
俺の視線に気づいたのか、キョウコクさんからフォローが入る。
「まあ、ツバメの言うことも、俺らは分かるんだけどな」
「それなら、年末に配った餅だって、アパート組で作ったものですよ。
管理舎にも大量に持って来たから、渡たりましたよね?」
「一瞬だった。美味かった」
こくり、と大真面目に頷くツバメに脱力する。
ツバメのパンを三つとり、残りの弁当を箸ごと押し出す。
無言で食べ始めたツバメを見て、生ぬるい気持ちになる。最初から、こうしとけば良かったのか。
「じゃあ、鬼の御殿でアパート組揃って餌付けしたって、どこまで本当なの?」
センジュさんが小首をかしげて、可愛らしく聞いてくる。どこまでと言われても、その噂を知らないのだけども。
「…ツバメの応用はしましたかね」
「俺?」
ツバメが顔を上げる。
「隣に居た人の口に、こう、食べ物を突っ込む」
鬼の宴で鍛えた腕を披露する。一瞬、感謝を込めて、次の瞬間突っ込む。無言で咀嚼を始めたツバメが口を開いた瞬間、また突っ込む。
「余りにも、出して頂いた料理が多くて。消費のために、やむなく」
「「「………」」」
「言っときますけど、小鳥少年だって同じことしてたし、森津木さんだって、俺のフォローしながら、喋る隙を与えないように、ずっと酒注ぎ続けてたんですから」
ツバメの咀嚼が終わりそうなので、次のパンを突っ込もうとしたら小春が声を上げた。
「お兄ちゃん、だめっ。
ツバメお兄ちゃんにあげてばかりで、自分が食べてないの」
そうだった。このパンは弁当と引き換えにしたパンだから、食べておかないと昼から持たない。
ツバメに突っ込もうとしていた最後のパンを自分の口に突っ込む。小春は「もうっ」とプリプリしている。相変わらず小春は可愛いな。
「アパート組揃うと、えげつない攻撃仕掛けてくるな」
「私たちには、回避不可能よね」
「ツバメ、煩くなると、すぐに岩木君に食べ物入れられてたもんね~」
弁当をほとんど食べ終わったツバメが吐き捨てた。
「どうして、第一人者である俺が食いそびれてしまったのか」
まだ言うか、ツバメ。
「ね、ね、岩木君。あとね、変な噂有ってね?
岩木君が攫われるのを見たって者が結構数いてね?」
面倒くさい話来たな。小春、雁木玉に入ってもらった方が良いのか?
口を開きかけたとき、休憩室の扉が開いた。
「邪魔をする。ここにイワキとかいう迷い人いるか?」
入ってきたのは黒髪を後ろで縛っている釣り目の女性。白衣を着ていて、少しとっつきにくい印象を受ける。
「はい、岩木は俺ですが」
「君が?ああ、私は薬屋。依頼が有ってね。
君に薬を出しに来たんだ。今から調合するから、見せてもらうよ」
ツカツカと寄って来て、言い終わるか否かのタイミングでがばっと服を捲られ、腹に巻いているタオルを一瞬で取られた。
え。プロフェッショナルな痴女?
驚いている間に、素早く火傷の具合をまじまじと観察される。
「ふうん。結構酷かったんだ。数日手当てしてもこれだけ残っているなんて。
腕と足は?」
「あ、はい、ほとんど、治りました」
「当然。誰の薬だと思ってる」
ダイジョウの薬だと思ってた。違うんだな。
「今日の帰りに、調合室に来てくれ。薬を用意しておく」
服の裾から手を外し、タオルを俺に投げ渡して出て行こうとするので、慌てて引き留める。
「あの、俺、頼んでないんですけど…」
「ああ。お代はすでに前払いで貰っている。これは私への依頼だから」
嵐のように来て、嵐のように去っていく。なんだ、あの人。
タオルを巻きなおしていると、凄い視線を感じた。同席していた四人が腹を凝視しているのだ。
「あの、すみません、センジュさん、腹出して。すぐ仕舞うんで、少しあちらを向いててもらえば…」
新年早々、腹を晒してばかりいたら、噂の変態説が濃厚になってしまう。
まだタオルを巻いてないので、上着だけ降ろして腹を隠す。これでセクハラを訴えられたら、たまったもんじゃない。
センジュさんは無言で席を立ち、休憩室を出ていった。
あれ?怒らせた?…腹の色が、気持ち悪かったか?
ま、あとで謝っとこう。
そう思っていたら残りの三人も無言で出て行った。
んん?
弁当は置いて行ってるから、気を利かせて出てくれたのか?事務の休憩室なのに悪いな。いそいそとタオルを巻き直し、服を戻す。
「お兄ちゃん、ツバメお兄ちゃんのパン、もう二つ、貰おう」
意外にしっかりしている小春が、昼飯の補充を訴えてきた。
「そうだな。今の隙に食ってやろう」
一も二もなく頷き、ツバメの席からパンを拝借し食おうとしたら、四人が戻って来た。
「ツバメ。パン、貰って」
断りを入れようとすると、ツバメがドサドサっと食料を目の前に置いた。
「?」
「食え。悪かった」
「ツバメ?」
訳が分からないままツバメを見上げていると横からそっとコダマさんが飴を握らせてきた。
「岩木君、食べて、いっぱい。ツバメがごめんね」
「え」
生暖かい視線のコダマさんの後ろから、にこやかな笑顔のセンジュさんも何かを差し出してくる。
「はい。鬼の子から貰って来たわ。持たされていたのですって。あなたにって。…ツバメがごめんね?」
鬼の人から?の竹皮の包みをそっと寄せて来た。
「まあ食え、岩木。いつもツバメが悪いな」
キョウコクさんは饅頭を小春に渡し、小春も心得たといわんばかりに頷いて受け取った。
何、これ。
パンにお菓子、多分お握りに饅頭。一瞬で小山が出来上がった。
「どうしたんですか、一体」
コダマさんが優しい顔で、ふっと笑った。
「僕ら、岩木君の腹がそんなに凹んでいるとは思わなかったんだ。いつもツバメに食べさせてるからだね?
ツバメがごめんね。いっぱい食べて。さあ」
他の三人が一斉に頷く。
小春は嬉しそうに「食べよう、ね、食べよう、お兄ちゃん」と小さく飛び跳ねて勧めてくる。
「あー、誤解があるようですが、この腹は俺の体質でして。
ツバメのせいじゃないんですよ」
ツバメに冤罪がかけられそうなので、流石に事実を伝えると
「「「「いいから」」」」
問答無用でぶった切られた。




