42.息抜き
家飲み回。飛ばしたい方は最後の一行だけ読めば次回に繋がります。
十二月二十二日、金曜日。
久しぶりに青空が広がった。
火曜から木曜まで、不安定な天気が続き、俺は毎日コダマさんたちに送迎をして貰った。
帰りは夜の十時である。
あれ。小鳥少年から聞いた送迎とはだいぶ違うが、何故だろう。
不思議なもので、昨日は夜の十時上りが全く苦では無かった。ああして、麻痺していくんだろうな。
今日のバイトは久しぶりの資料室だ。
計算バイトは多分、少年と姫ちゃんが入るはずだから、大丈夫だろう。フミツキさんと小春とゆっくりとした時間を過ごし、午後一時半に上がる。
ああ、資料室のバイト、凄い楽。
同じ管理舎内なのに、別の世界のようだ。
もしかしたら、一階の事務室と、二階の事務室も大分違うのかもしれない。
そういえば、ファイリングのバイトは二階の事務室だったなぁ。受付で確認して、事務室のヘルプは不要とのことなので、食料品店に出向き、食料を買い込む。
「岩木、また痩せてるんだけど、大丈夫なのアンタ」
「大丈夫ですよ。ここ数日、事務のバイトをしていて、食べる時間が無かっただけで。
今日帰ったら大量に作って食べようと思ってます」
「そう。どんどん食べなさい。小春、岩木は人間だからこれ以上痩せたら危ないわ。
毎日泣き落とししても食べさせるのよ」
「泣き落とし」
「小春、食べるから。大丈夫だから」
ベルトの穴はあれから二つ、小さくなった。事務室のバイトも利いているのだろう。
約二十日でベルト穴が合計三つ。
小春も腹に突進して来ては、洞穴と、悲しそうに呟く。
この郷には、クリスマスは無いだろうけど、クッキーかケーキを焼いて、鳥の照り焼きくらいは作ろうか。作れるかな。事務室のデスマーチのおかげで、ここ数日のバイト代は上限一万を貰っている。懐に余裕はある、はず。
小春と一緒にご馳走作って、腹がはちきれるまで食べるのもいいかもしれない。
二十四日。日曜日。
「か~、うめえ」
「美味しいよ、岩木君」
「酒が進むねえ」
何故。
小春と一緒にささやかなイヴの予定だった。
あわよくば、と小鳥少年と、森津木さんにも誘いをかけた。
残念ながら二人は先約が有り断られたが、森津木さんに断られたのが管理舎のロビーで、たまたまコダマさんが聞いていて。「栗酢升ってなに」と聞いてきて、説明したのが始まりだ。
「ふうん。わかった!よその国の神事にかこつけて、騒ぐ日だね!
僕、楽しみにしているね」
あ、もう、来る気ですね。
そうして、日曜の午後。
ツバメとキョウコクさんとコダマさんが酒を持参でやって来たのだ。「今日は呑む日なんだろ!」と。
昨日から下ごしらえをしていた唐揚げを、ひたすら上げていく。
初めての揚げ物なので、最初の二、三個は小春と「揚がってる?」
と切ってみて、中身を確認しながらビクビクしていたが、途中からはもう気にもしていない。
今炬燵では、三日前から作っていたおでんが、瞬く間に消費されている。奴らに次の料理を出さないといけないのだから。
唐揚げの第一陣は生姜を利かせた醤油漬けだ。
第二陣は塩唐揚げ。少しだけ、柚子の皮の汁を一緒にもみ込んだもの。最後にちくわの磯部あげ。
一種類だけでバッドは一杯になる。クッキングペーパーを敷いた皿に移して、空にしたバットに再び唐揚げを入れていく。
揚げたては、油が切れてないので、少し時間を置かないと。
その間に冷ややっこを切って、盛り付ける。箸休めにあらかじめ作って置いたワカメの酢の物を出す。一時凌ぎだ。ツバメに持って行ってもらう。
グリルではフグのみりん干しを焼いている。二回は裏返したし、色もこんなもんか。
皿に乗せてキョウコクさんに運んでもらう。
キノコと里芋の煮っ転がしを空いているストーブに乗せ温める。焦げないように見ておかないと。
忘れてしまうと焦げてしまうから、小春にも声を掛けてとお願いしておく。そろそろ、唐揚げも油が落ちたころ合いだろうし、良いだろう。あれ。クリスマスイヴってこんなんだっけ?労働の日だったっけ。
ようやっと三人に合流したころには空き瓶が四本転がっていた。
「このおでんって凄い酒に合うな」
上機嫌にツバメが言ってくる。
「そう?先に言っておくけど、おでんにジャガイモってあんまり入ってないのだけど、俺が好きで入れてるものだから、食べ尽くさないでくれよ」
ちょうど、お玉でごっそり皿に取っていたコダマさんが、ハッという顔をして慎重にお玉で選り分け始めた。
「芋だね、分かった」
芋以外は残さない気か、コダマさんや。
「そう言えば、キョウコクさんと落ち着いて話すの何気に初めてですね」
ふと思いついた話題を振る。
「そう言われれば。最初はコダマの分裂した時だったからね」
「あの節は、お世話になりましたぁ~」
コダマさんが照れながらお礼のつもりか、大根をキョウコクさんの皿に移す。
「別に。あれはあれで楽しいから」
一旦、おでんの鍋を台所に戻し、唐揚げの皿を中央に置く。里芋の煮っ転がしを配り、みりん干しも中央に置く。
「お、みりん干し!いいねえ」
ツバメが笑顔で箸を出す。
「聞きたかったんだけど、ツバメ、結局、どぶろく守れたの」
「あ、あれな。半分は呑めた。半分はまあ、獲られちまったな」
「あの人数相手に、半分呑む時間を稼げたなら十分だろ」
「僕、頑張ったよ~」
新しい酒瓶を開けながら、キョウコクさんが口を開く。
「岩木君、僕、以前のホットケーキ、食べ損ねてるんだ。ツバメが持ち帰ってくれたのは瞬殺でね。今度作るときは是非、味見をさせてほしい」
「良いですよ。キョウコクさん、気になってたんですけど、口調無理してません?崩してくれたら嬉しいです」
「わかる?迷い人はすぐに怯えるから、なるべくコダマの口調を真似て話していたんだ」
「結構ボロ出てましたよ」
「それだけ俺が無理してたってことだよ。コダマのお気に入りだから怖がらせないようにしてたんだが、もういいか。ツバメもこんなだしな」
「どういうことだよ」などとワイワイと男四人でつつけば料理はあっという間になくなってしまう。
「岩木君、お米はないの」
「稲荷寿司とお握りと用意してますよ。どっちが良いです?」
「「「全部食べる」」」
息がピッタリだ。
全部になると、少し量が多いけど、大丈夫だろう。
先に稲荷寿司を出して、ストーブの上の煮物の鍋をおでんの鍋に変える。おでんを一回温め直そう。
グリルに椎茸を乗せ、焼き始める。
網焼き器を出し火をつけ、レンジに炊き込みご飯のお握りを入れて温める。
網焼き器に乗せるのは、出汁としょうゆを混ぜてから炊いたご飯で作った固いお握り。
刷毛で出汁としょうゆを混ぜたものを塗り付け、塗り付け面を上にして、乾いたらひっくり返して刷毛でまた塗る。焦げ目が付き過ぎないように注意して焼きながら三回ひっくり返したら皿に盛りつける。
焼きあがった椎茸にも軽く刷毛を滑らして、チンした炊き込みご飯のお握りも盛り付ける。
炊き込みご飯の具の中に椎茸があるけど、かぶってても大丈夫だろう。一人、二個ずつは有るから、稲荷寿司を入れて、一人六個だ。
「お待たせ」
「醤油の良い匂いがして、待ち遠しかったよ~」
「一人二個ずつ。合計六個だ。もし、お茶漬けにしたい人がいたら教えて」
「このままでいい。じゃ早速。頂きまっす」
「それにしても、あのレンジって凄ぇな。すぐにあったまる」
「俺らが触ると壊れるから、諦めな」
「あ、美味しい」
焼きおにぎりを作る間に空の酒瓶はさらに増えたみたいで、一体どこに入っているのか不思議である。
「ね、岩木君、聞きたいこと、有るんだ」
「何ですか?」
「岩木君の噂が結構有ってね。どこまで本当なのかなー、と。
ね、ね、岩木君に噛みついた子に白昼堂々管理舎のロビーで土下座させた上に、布団を背負わせて、号泣させたって本当?」
「どうして俺が加害者になっているのか、とても不思議」
皆でお握りを平らげて。
パウンドケーキを出そうとした時だった。
あ。今。
靴も履かずにふらりと外に出る。
「岩木?」
欄干を掴んで凝視する先。
後ろから出て来た三人の「あ」という間の抜けた声がきこえた。
「岩木、あれは」
御山に、誰かの送り火が、灯っている。




