38.与えられるもの
月曜日。
雪は深々と降り続き、日は隠れたまま。
遅めの朝食を取り、憂鬱な気分を引きずってしまっている。小春が心配してくれるのが判る。元気にならないと。
そもそも、この不安は自分で生み出したもの。目先の危険や課題ではない。
この郷に来て、何だかんだと、判断を遅らせてきた事項だ。
見たくなくて、蓋をしていたのが森津木さんと小鳥少年の慣れ。その慣れから想像できてしまう短く無い年月。
想定していたのに、耐えきれなかったのが、他の迷い人との接触。接触することで、心配事が増えて不安になる。
「お兄ちゃん、森津木さんと小鳥お兄ちゃんが来てるよ」
「え?」
戸を開けると、小さめの鞄を持った小鳥少年が、大きめの紙袋を持った森津木さんが立っている。
「岩兄ちゃん、前にゲームの約束したろ。当分不安定な天気だから、遊んでよ!」
え、小鳥少年、今まだ八時前だぞ?良く起きてたな。
「岩木、お邪魔するよ」
森津木さんは返事も待たずに上がり込んでいる。
小春が顔色を明るくして「いらっしゃい、二人とも。いらっしゃい」と飛び跳ねながら大歓迎を示し、小鳥少年も俺の返事を待たずに、上がり込む。
「小春、岩木、朝ご飯は終わっているね?」
「うん」
じゃあ、お茶の準備するね、と用意を始める。
「岩兄ちゃんは、こっち。来て来て」
と言われるままに小鳥少年の前に座らされ、ポンポンと体を叩かれる。
「あ、駄目だこれ」
覚えがあるぞ、体型チェックだ。
「駄目だー。岩兄ちゃんまた痩せてるよー。腹が抉れてる。小春ー、足りてない」
「!?」
「多分、岩木は通常よりも多く食べ物が必要なんだろうね」
森津木さんが珈琲を用意してくれた。
小春がビョンッと腹にくっつき、「洞穴ッ」と感想を漏らす。そうだな、小春、肩が定位置で腹は未知の領域だもんな。
着替えの時もキチンと後ろを向いてくれている、良い子だ。
台所で何かの作業をしていた森津木さんが、お盆に人数分のケーキを乗せて来た。
「うわっ!チョコレートケーキ!どうしたんですか」
「そりゃ作ったんだよ。昨日、匂いがしたと思うけど」
「気が付かなかった」
小春が初めて見るケーキに不思議そうに寄っていく。
ああ、嬉しい。郷に来て初めてのケーキ!近いうちに、マフィンとかカップケーキには挑戦しようとしてたんだけど、まだ手つかずだったんだよな。
「小春、甘味だよ。すっごいカロリーの高い甘味。今の岩木に必要なものだね」
「かろりーの高い甘味。お兄ちゃんの、肉の元」
うん?何かひっかかる表現が小春から聞こえた気がする。
「折角作ったから、食べてよ。じゃあ、頂きます」
「「「頂きます」」」
久しぶりのケーキに無言でがっつく。あ、美味い。スポンジにブランデー入ってる?
フワフワじゃないし、スポンジって呼ばないのかな。
絶妙なタイミングで皿の上にお代わりのケーキが乗せられる。あ、この部分、上にナッツの砕いたのが乗っている。美味い。
「ちょっと、楽しいな、これ」
「森兄ちゃんが乗せたそばから、平らげていくもんな」
「お兄ちゃん、そんなに…」
「あっ、小春、小春は自分の分をちゃんと食べるんだ。岩木と感想の共有をしたいだろ?」
「そっか、うん」
「ご馳走様でした」
一本の半分くらいをぺろっと平らげて、満足していると森津木さんが笑いながら「お粗末様」と返してくれる。
後片付は俺が、と立ち上がろうとしたら、座ってて、と釘を打たれ、甘えることにする。小春が恐る恐る腹を触り、「あ、上の方が膨れた」と嬉しそうだ。
小春にとっては人体の不思議だろう。なんせ小春は腹が膨れない。
「小春、ちょい肩に移動してー」
小鳥少年がゲームの携帯機を持ってゴソゴソと前に座ってくる。
「岩兄ちゃん、背中、背中寒い。早くくっついて」
言われるままにくっつく。あ、幸せ。腹が一杯で、肩に小春がいて、前に子供体温の温かい小鳥少年がいる。
「このゲームだけど、ここで詰まっちゃって」
「うーん、いきなりだと分からないな。少し前のデータ無いの?そこからロードしてくんない?」
「分かった」
「岩木、済まないけど、カーペットと炬燵の電源を切ってくれないか」
台所から、森津木さんが声を掛けてくる。
「あ、そっか。うん、ストーブは付けてても良いから、カーペットと炬燵は一旦、コンセントまで抜こう、岩兄ちゃん」
熱かったのだろうか。俺もそこまで寒くないし、言われるがままにコンセントを抜いた。
三人でゲームをしていると、戸が叩かれる。
午前九時過ぎ。
「あ、コダマさんと、ツバメお兄ちゃん」
小春のセンサーが反応したので、立ち上がろうとすると小鳥少年が後ろに体重をかけてきて阻止される。その隙に「おはようございます」と森津木さんが戸を開けた。
「コダマさん、ツバメ兄ちゃんおはよー」小鳥少年も挨拶をしたので、慌てて俺も挨拶をする。
二人が驚いている隙に、森津木さんは「まあ、まあ、上がって」と二人を炬燵に座らせる。
「あ、電気器具、壊れちゃう」「大丈夫、今はコンセントから抜いている」と、有無を言わさず、日本茶を出し、何故か昨日俺が作ったスイートポテトを出してきた。
まあ、スイートポテトは透明のタッパーに入れて棚に無造作に置いていたから、分かりやすかったんだろう。お客様のおもてなしまでしてくれる森津木さん完璧。
それにしても、コンセントを抜いていたら、電気器具は壊れないのか。新事実。
コダマさんたちは「まいっか」とお茶にするようだ。
お茶請けのスイートポテトは二人とも一口である。いつ見ても、豪快な食べ方だ。咀嚼に合わせて、二人の顔から、だんだん表情が抜け落ちる。
…。
え、なにこの無言。その表情。スイートポテト、不味かったか?前回より丁寧に作ったし、食べれるはずだけど。
「あの、二人とも?どうした?不味かったか?」
製作者としては、聞かねばなるまいと聞いてみる。
ツバメがニコニコ顔の森津木さんを見て、俺を見て、次に大げさなため息をついた。
いや、だから、何。
「分かった、仕方ない。了解。今日は帰るわ。コダマ、いいな?」
「うーん、これは、仕方ないね。後ろ髪引かれるけど。あ、岩木君、無事髪生えたよー」
本当だ。当たり前すぎて気付かなかった。そういやつるっぱげだった。今はきちんと後ろ髪もある。
昨日は午後から雨だったから午前中に山に行ったのかな。
「岩木、寮に荷物届けてくれるって。良かったね。早く準備しなよ」
「「え」」
え、ほんと!?
急いで立ち上がる。小鳥少年も今度はあっさりのいてくれた。
バスケットを取り出し、予め用意しておいたタッパーと包みを詰める。一段目が今日の昼飯のサンドイッチとおかずのタッパー。
二段目が晩飯用のお握りの竹皮とおかずのタッパー。おかずの種類はもちろん昼とは違う。
蓋をして、凍らせていた味噌汁のジップロックをタオルに包んで横にみかんとスイートポテトの残りを突っ込む。
メモ用紙に、サンドイッチ昼、お握り夜。味噌汁夜。と書き込み、食材は買い込んでおくこと、天気が当分不安定なことをも書き添える。
ツバメに「頼む」とバスケット入りの袋を渡すと「まあ、承知した」と返事をくれ、何故か頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。コダマさんもポンポンと肩を叩いてきて。
え。あ。
森津木さんと小鳥少年はしょうがない。多分俺がうじうじとしていたことなんて筒抜けだ。でもどうして、何でこの二人にまで。間違いない。
慰められている。
でもなんで?そんなに態度に出てた?顔?どうせならセンジュさんが良かった!
いや、そういう事ではなくて、ええっと、何で?と混乱していると
「お兄ちゃん、スイートポテトだよ」と小春が教えてくれる。
しまった、供物には感謝以外の感情も乗るのか!やられた!
バッと森津木さんを振り返ると、ニコニコと満面の笑みだ。確信犯かっ。顔に手を当てしゃがみこむ。
「ああ、もう、勘弁して下さいよ」
顔が熱い。その熱が心地い。小春が良く言う『あったかい』てこんな気持ちか。
誰かに想われて、その気遣いに触れて途方も無く嬉しくなる。
「何なんですか、揃いも揃って。あーもうっ。皆、有難う。元気、凄い、出ましたよっ」
最後はほとんどやけっぱちの様な言い捨て口調だったけど、きちんと伝わったようで、皆が笑った気配がして、小春は顔面に飛びついてきた。




