31.予兆
少年と姫からの忠告を受けて三日目の木曜。
少年と姫が計算のバイトに入っているので、俺は翻訳のバイトだけを受けている。
一昨日は練り切りを作り、昨日は小春の布団に再挑戦した。
特に目立って動きのない平和な日々。
レシピ本は写メしてから返したし、森津木さんと小鳥のレシピ集も書き写して練りきりと一緒に返した。
今日も、午後一時半にバイトを終え、食料品店で米を買いアパートに戻る。
階段を上がっていると、森津木さんが出てきた。
「お帰り、岩木、小春。今、小鳥が僕の部屋にいるけど、岩木も来ない?」
「行きます。時間空いてて、どうしようかなって思ってたんで」
「じゃあ、小春のカップとか持ってきて」
自室で荷物を置き、手洗いうがいをして部屋着に着替えて、小春用の食器を持って五号室にお邪魔する。
「お~。岩兄ちゃん、小春、いらっしゃい」
「「お邪魔します」」
「岩兄ちゃん、タイミング良い時に帰って来たよな」
「そう?」
森津木さんが俺と小春の分のミルクティーを出してくれたので、お礼を言う。
「岩木にも関係あることを先に話そうか。岩木、六号室から出る気はある?」
「無いですね」
「そう。実は寮にいる迷い人がアパートに越してきたいと言っているのだけど、どうしても二階が良いと言っていてね。岩木にも、意思確認。
じゃあ、明日僕が舎長に返事しておく。二階の誰も移動する気は無い、と」
「にしても、そいつ、我儘だなあ。二階が良いからって住んでる住民を追い出そうとする?」
なあ、小春ー?と小鳥少年はお怒りモードだ。
俺、その迷い人にすっごい心当たり有るんだけど…。言っといた方が良いよな、これ。
「悪い。その迷い人に心当たりが有る」
「お、岩兄ちゃん、今日の話題の提供か?言いたまえ」
土曜からの出来事を話す。小春が思い出したのか、プンプンし始めた。可愛い。
小鳥少年が膨らんだ小春の頬をつついて「フスッ」と音がしている。
「うーん、ま、迷い人としては良くある傾向だね」
「だね」
「岩木、僕らのことなら気にすることは無い。例え、越してきても、何も変わらないさ」
「関わらねぇもん。あ、でも、そいつが越してきて喰われたら部屋の後片付けっていう強制奉仕があるか、やだな」
「でも、岩木の話を聞く限り、越してくる確率は低そうでもあるけれど」
二人はのほほんと茶を啜っている。
もし、越してきてうるさいようなら、防音結界貼ってあげるよ、などと世話話レベルの扱いだ。
「そういえば岩木、次の日曜空いてる?一階の掃除を小鳥とするんだけど、もし良かったら、手伝って欲しい」
「もちろん。俺も住んでるアパートですから参加しますよ」
「有難う」
小春と遊んでいた小鳥少年が顔を上げて聞いてきた。
「岩兄ちゃん、そいや最近、寮の方が物騒なの知ってる?」
「え、そうなのか?」
うん、と小鳥少年が話し始める。
「大体、狩りが始まるのには傾向が有って、迷い人が郷に来て一週間過ぎた頃からちょっかいを出し始めるんだ。
寮は今、夜に多くの者が遊びに行き、迷い人を精神的に追い込もうとしているって。三日以内に会話をしておかないといけないからね。
夜に皆で声をかけていると、精神が追い詰められた人は返事をしちゃうことが有る。『うるさいッ』とか『あっちに行け』とかだね。
それは会話とみなされるから、みんなで声を掛けているなら、一気に複数人との会話が成立する。
後は日中攫って喰っても良いし、夜にそのまま押し掛けて、自滅するのを待って楽しむなり好きなように、ってかんじかな」
小鳥少年の迷い人に対する感想は郷の者寄りだと思う。迷い人が喰われることに、忌避感が全く感じられない。
森津木さんが会話を引き継いだ。
「そうそう。で、本格的に狩りが激化する時にも傾向が有る。迷い人が残り一人になり、かつ健康体である。
この条件を満たした場合、初期には出てこなかった者も狩りに参戦するようになる。『狩る価値あり』ってとこだね。
後は、先の条件ほどではないけど、三か月経った頃。
現世で化学調味料にまみれた迷い人の体が、郷の食べ物で少しはマシになってくるんだって。
まあ、岩木は昨日練りきりくれたし、着色料を自分で買って取り込んでいるからあまり関係ないかもしれないけれど」
そう、それだよ、と小鳥少年が身を乗り出して喰いついてきた。
「岩兄ちゃん、今度また作ってよ!友達にも持って行きたいんだ!
俺、良く酒を貰うけど、飲めなくて溜まってるんだ。交換でどうかな。どぶろくとかも有るよ」
「あれ、そんなに上手くいかなかったんだけど。ま、気に入ってくれたのなら嬉しい、かな。
まだ材料有るし俺の練習も兼ねて作るよ。けど、郷の人達は着色料平気なの?まあ俺もバニラエッセンスとか使ったの渡してるか」
「そんなの気にする必要ないよ。郷の人はそれらを使って料理をすることを好まないと言うだけで、食べるから。インスタントラーメンを月に一度食べる者もいるし、管理舎の食堂でも使用している。商店街には駄菓子屋も有る。
大前提として、僕ら迷い人が作る料理は郷の者にとって供物だから、栄養とか一切関係ない。味だって、失敗していても彼らは進んで食べようとするよ。なんせ、そのまま力になるからね」
「岩兄ちゃん、俺、紫から白のグラデーションの毬みたいなのとか、好きだった。季節じゃないけど、モミジとか秋関連の作れるなら欲しい。な、お願い」
「んじゃ、残ってる材料で今日帰って作って明日の朝渡すから、朝の八時半に起きて外に出てくれるか?数は大体五、六個かな。モミジは、型が無いからなぁ。頑張ってみるけど期待しないでくれ。
で、入れ物が無いから、代用の容器になって、崩れやすくはなるよ」
やったと喜ぶ小鳥少年を横目に森津木さんが言い放つ。
「岩木、僕にも欲しいな。材料なら多めに渡すし、作ってよ。大みそかに」
あ、それ元旦用だ。




