29.黄緑の発光物体
月曜。
朝からサンドイッチと、小春の勧めでお握りやだし巻き卵も作り、タッパーなどに入れて、二段重ねのバスケットに詰め込んでいく。
昨日一日を買い物と料理に充てたので、作っておいたかぼちゃの煮物や、玉ねぎ入り生姜焼き。ブロッコリーの炒め物、クッキーなども大活躍だ。
最近お疲れのコダマさんを元気づけようと、勝手に準備した昼食だ。
一応、間食に流用できるように、お握りは竹皮に包んであるし、サンドイッチも紙に包んである。余れば、夜に小春と食べても良い。
お箸を自分の分と小春の分、他に二膳多めに入れて、取り皿を三枚入れる。普段よりも、昼の準備に時間がかかったので、慌ててアパートを出た。
受付で、午前に翻訳、午後に計算のバイトをして欲しいと言われ二つ返事で返す。
資料室で翻訳のバイトに精を出していると、小春の横に、黄緑の何かが居ることに気付いた。緑色の、玉。かすかに、光っている、玉?
「小春、小春、隣のマリモのような発光物体は何か分かる?
もしかして、小春のお友達かな?」
小春は黄緑の発光するマリモをじぃっと見つめて、自信なさげに呟く。
「コダマ、さん?かな?」
「え、コダマさんなの?マリモが?」
「あらまあ。岩木さん、それはコダマさんの一部で間違いありませんよ。
この時期、事務室が忙しくなり、コダマさんの限界を超えると、零れはじめ、終いには分裂してしまい、これ、このようになってしまうのでございます」
コダマさんなの?
少しつついてみる。コロリと転がり、一度跳ね、フワフワと空中で揺れ始める。
「岩木さんに遊んでもらえて嬉しそうですこと。岩木さん、今の項の訳で今日は終いといたしましょう。
もう十一時半を回ってはおりますが、コダマさんがこのようになっているならば、事務室は大変なことになっているでしょうから」
フミツキさんに言われて、訳を終え、少し早めに事務室に行く。
黄緑の発光マリモは俺の頭が気に入ったのか、ポヨンポヨンと跳ねては、へちょっと頭にくっついている。
「岩木です。少し早めですが、計算のバイトに来、」
事務室は、黄緑のマリモがふよふよと漂い、黄緑の光る藁人形のようなものが十体ほど「くふふふふ、くふ」と笑いながら闊歩していた。
あ、これ全部、コダマさん?
一瞬、思考が止まるも、すぐに再開させる。この郷だから、有りなんだ。そうだそうだ。
いつもは事務室に来たらコダマさんが対応してくれるのだけど、今日は黄緑の発光マリモが五体ほど寄ってきてくれた。
ええと?
このマリモからどうやって指示を貰おうか。
両手を差し出してマリモを乗せて聞いてみる。
「コダマさんですかね?俺どうしたらいいです?一枚でも先に計算しますか。それとも先に昼飯に入りますか?昼飯一緒に食いませんか?」
もしこのマリモたちが、指示を出してくれても、俺は分からない。
郷の人なら分かるだろうか。誰かに聞いてみるか?
「いや、お前、他になんかねーの?」
「ツバメ。どうしようか、もしかしてコダマさん、何か言ってる?
俺、この状態のコダマさんの言葉、分からないんだけど」
「俺だって分かんねーよ。先に飯を食え。できるならコダマをなるべく回収して休憩室に入ってくれると助かる。こいつら、書類の上に陣取ったりして、邪魔なんだよ」
「退ければいいのに」
「退けたら、構ってくれると思うらしくて、他のも集ってくるから出来ねえの」
「へえ。小春、コダマさんに囲まれての昼飯でも良いよな?」
「あい」
「よし、じゃあ、コダマさーん、昼飯食いましょー。集合ですよー」
声を大きくして一度だけ呼ぶ。
ハーメルンの笛吹のように、フワフワと付いてきてくれるので、来てくれた分だけ連れて休憩室に入った。
小春用のサンドイッチを皿にのせて渡す。
ありがとう、お兄ちゃんと頬張りはじめる小春は可愛い。しかも今日は両サイドにマリモもある。ファンタジー。
「コダマさん、最近お疲れだから、飯作って来たんですよ。
食えますかね?じゃあ、頂きます」
コダマさんには悩んだ末、塩のお握りを一つ皿に出して置いてみる。
コダマさんの分ですよ、食べてくださいね、と伝えると数個のマリモがお握りの周りを漂ってから、引っ付いた。
え、食べてるのかな、これ。
一匹食べ始めると、他のマリモも興味津々である。もう一つ皿に、お握りを出してみる。すぐに引っ付いた。
「お兄ちゃんも、昼のご飯」
「おう」
小春に言われて自分も食べ始める。
久しぶりのパンだ。卵ハムサンド美味い。パンが一斤だったので、包丁で切ったのだが、うまく切れなくて、見た目が悪いが、まあ愛嬌だ。
小春とコダマさんと楽しく食べていると、休憩室のドアが開き、ツバメともう一人、藁人形を五体抱えた男性が入って来た。
「おう、岩木。コダマの追加を連れてきた。この藁人形もコダマだから」
「こんにちは、岩木君。僕はキョウコクって呼ばれているよ。一緒にお昼を取ってもいいかな?」
「こんにちは、岩木と言います。よろしくお願いします。もちろん。ここは事務の休憩室ですし。俺も大歓迎ですよ」
キョウコクさんは藁人形を机の上に置き、横に座った。
藁人形にもお握りを出したいが、いかんせん、取り皿が無い。
お握りを包んできた竹皮を出し、上にお握りをのせ、卵焼きとかぼちゃとブロッコリーも乗せて藁人形たちの前に出してみる。
「コダマさんの分ですよー。食べていいんですよー」
藁人形たちはマリモも何かを食べているのに気付いたのか、五体でお握りとおかずを取り囲み、一周してからお握りを食べ始める。よし食べたな。
かふ、かふふ、かふ。
何を言っているかは分からないが、不味かったら食わないだろから放置する。
自分もサンドイッチに手を伸ばす。次は照り焼きにした鶏肉とキャベツを挟んだ渾身の一品だ。
「なあ、岩木、俺の分ねぇの?」
「ん」
サンドイッチは三セットで一枚の紙にくるんである。その一包みをツバメに渡した。
「やり、ありがとな。ところで、何でこんなに飯持ってきたんだ?」
「んー、コダマさんが、最近大変そうだから。
迷い人の作るものは供物になるから、郷の人は喜ぶって聞いたんだよ。なら、コダマさんも少しは元気になるかと思って」
「お前、相変わらず甘っちょろいなぁ」
黙れ、ツバメ。
無言でツバメの口にかぼちゃを突っ込む。
「キョウコクさん、良かったら、摘まみませんか?クッキーも有りますよ」
「良いの?ありがとう。じゃあ、クッキー貰おうかな」
どうぞ、とクッキーの小袋を出して渡す。
間食にするならと、渡しやすいように、小袋にいれていたのだ。
すると、お握りを食べ終えた最初のグループのマリモがふよふよと寄って来たのでクッキーを一枚ずつ、差し出してやる。
「岩木、その生姜焼きも喰いたい」
「ツバメ、取り皿がもうないんだ。タッパーの蓋に乗せても良い?」
「問題なし」
生姜焼きが入っているタッパーの蓋に乗せ、箸も添えて渡す。
「キョウコクさんは事務室の方ですよね?」
「そうだよ。コダマの斜め前の席に座っているね」
「もしかして、コダマさんの友達ですか?」
キョウコクさんは面白そうな顔をして返してくる。
「どうして?」
「藁人形のコダマさんが、とても安心しているように思えたので」
なるほど、とクツクツ笑い頷く。
「まあ、昔なじみではあるね」
「やっぱり」
「僕としては、岩木君の反応の方が気になるけど。
迷い人って普通、もっと警戒してくるし、コダマの状態見たら戸惑うものじゃないの」
「そうですね。警戒はしてましたよ、最初の一瞬は」
「最初の一瞬」
「でも、コダマさんを抱えてきたし、会話できますから。
見るもの全てに全力で警戒してると疲れるんですよ」
「疲れる」
「この状態のコダマさんについては、俺の頭の上のコダマさん見えますか?
資料室に来てたんですよ。で、小春がコダマさんって言って。フミツキさんから、コダマさんだと教えてもらったので。最初は驚きましたよ」
「最初は」
キョウコクさんは、オウム返しの癖でもあるのか、俺の発言の一部を拾い上げる。
ツバメがお代わりのタッパーの蓋を差し出しながら言った。
「キョウコク、深く考えると、それこそ疲れるぞ」




