21.遭遇
あの後、森津木さんと小鳥少年に小春を紹介して、ひと騒ぎ有ったものの、小春の生活道具の相談に乗ってくれた。
夜は縫物を始めると、小春が応援してくれた。「がんばれ、がんばれ、お兄ちゃん」即行でやめてもらった。
少しすると、目も当てられない小さな布団が完成した。
形は歪で、縫い目はガタガタなのが生地を裏返しても分かってしまう。小学校の授業で巾着を作ったときはミシンだったから、こんなに手縫いが酷いとは思わなかった。
タッパーに歪な布団を入れて簡易ベッドを作る。そんな布団に満足げに入っている小春を見ると申し訳ない気持ちでいっぱいである。
済まない、小春。今はこれで我慢してくれ。まだ布の切れ端はあるので、その内もう一度作るから。
ちなみに小春は着物のまま、布団に入った。小春曰く、着物も自分の一部だから、皺にならないし、ある程度自由に作り変えることができるらしい。寝るときは着物を柔らかくするそうだ。便利だな。
小春入りのタッパーを枕元に置き、音楽をかける。
「お休み、小春」
「お休みなさい、お兄ちゃん」
昨日よりも随分と恐怖は薄れて、俺は普通に寝ることができた。
翌朝。
お神酒を撒き、小春を連れて無人販売所に行く。
大根、エノキを使いきってしまったので、補充せねば今日の弁当に困るのである。
長葱一束、かぼちゃ一つ、ほうれんそう一束を購入し、アパートに戻る。小春が居るから、俺は日中に襲われる確率がぐんと下がった。
それに気づいたのは昨日の夜で、小春に心から感謝し拝んでいると、混乱した小春も拝み返してくるという珍事があった。小春、違うんだ。お前は良いんだ。
急いで、かぼちゃの煮物に取り掛かり、煮込んでいる間にほうれん草の炒め物を作る。金曜に買っていた鶏肉も豚の細切れも使い切った。牛乳と卵の補充もあるし、今日は食料品店に行かないと。
そうこうしていると朝八時半を回る。
水筒に日本茶を入れ、昨日小鳥用に森津木さんが作ってくれた木の椀をタッパーに入れ、家を出た。足取りは軽い。
午前十一時。
事務室でお馴染みのバイトをしていると染谷さんが、計算アルバイト希望を連れてきた。機嫌の悪さを前面に押し出しているのは、中学生くらいの男子だ。
俺の机の横に案内されるも、すぐに俺の電卓に気が付き文句を言い始めた。
「アンタ、電卓あるなんてズリィ!俺も電卓使う!」
「これ、俺の私物なんで」
「じゃあ、寄越せよ!机に人形なんか置いて、気持ち悪ぃオタクなんだし、言う事聞けよ」
「お兄ちゃんに、ひどいこと言わないで。私は、人形じゃない」
小春が反論した。あちゃあ、この手のは相手にしたら駄目だよ、小春。
「うっわ、喋った。お前も化け物かよ。しかも『お兄ちゃん』って!やべえ、ウケる」
小春に手を伸ばしてきたので、邪魔をする。
「すみませんが、バイト中なので、ちょっかい掛けないでもらえますかね」
こいつが隣に来てから、作業が進んでない。事務室も、俺たちのやり取りで静まり返ってしまっている。
「な、なんだよ、偉そうに。
お前、俺と同じ迷い人だろ。俺より年上なら、年下の面倒位みたらどうなんだ」
こいつとは話にならないな。
「小春、窮屈だけど、隠れておいてくれる?」
「あい」
小春が隅にかけてあるトートバックの中に入るのを確認して、作業に戻り電卓を叩き始める。
「無視すんなよ!」
大きな声を出しても、怖くはない。物差しをスライドさせて、数字を追う。
少年が手を振りかぶった気配がした。殴る気か。面倒くさいな。
「アルバイト、しに来たんじゃないの」
衝撃に備えたところで声がした。コダマさんが少年の手を後ろから止めている。
「離せよ!」
「彼は、見ての通りバイト中で、作業をしている。君は何故、彼の邪魔をする。計算機は彼の私物だ。君に差し出す理由などない」
「化け物が、俺に触るなっ」
「これ以上騒ぐなら、試験以前に、君は雇わない」
「贔屓だ!簡単な計算くらい、俺もできる!
お前たちが、五万ぽっちしか寄越さないから、バイトなんてする羽目になったんだっ」
事務室の空気が冷たい。トートバックに避難していた小春が慌てて出てきて俺に張り付く。
「なあ。俺、お前のこと、嫌いだわ」
「私も。君の事、嫌いね」
ツバメとセンジュさんが口を挟む。俺も、儂も、あたしもと、事務室から声が上がる。
マズイ。反論しようと開けた少年の口を大慌てで手で塞ぐ。
「んむっ!」
一瞬の口止めには成功したものの、すぐに少年は躊躇いなく、俺の手に噛みついてきた。
とっさに、手を外してしまう。しまったと思ったときにはもう遅く、少年は声高に言い放っていた。
「何だ、お前。気持ち悪ぃっ!お前らも、化け物に嫌われても俺は痛くも痒くもない!」
「返事を、したね」
誰かがポツリと呟いた。
「お前、返事をしたね?」
くすくすと、悪意のある含み笑いが広がる。少年は、強気に辺りを睨み返しているが。
もしかして、少年は。
掌に、ツウッとした感触が流れる。
「お前、ルールを、きちんと把握、してる?」
「?何言ってんだ、アンタ」
ああ、説明を、やっぱり。聞いてなかったのか。すぐに説明しようとすると、ツバメが腕を強く引っ張った。
「岩木、手当てしてやる。お前の血の匂いで、皆、興奮状態になってきている。ついてこい。早く」
休憩室に連れられて、すぐに窓を開けられる。
小春は、血が垂れないように、結界のようなものを張ってくれていた。
そんなこと、できたんだ、小春。
ツバメが救急箱を取り出す間、水で患部を洗う。見事な歯型だ。
無言で消毒液を持って待ち構えているツバメに、覚悟を決めて手を差し出す。一思いにやってほしい。
ツバメは俺の手をしっかり握り、顔を寄せた。傷口の確認かな、さっさと消毒してくれないかな。
べろり。
え。
「お、お兄ちゃんに何するのー!!」
小春の悲鳴で我に返る。
「こ、小春、見ちゃだめだ!目を合わせちゃだめだ!」
ち、小さい子が変質者に会った時って、どうだっけ!?この対応で良かったっけ??
「ぼ、防犯ブレザー!あ、ブザー?」
「あ」
俺たち二人の混乱の叫び声で正気に戻ったのかツバメが席を立ち、ドアを開けながら宣った。
「悪ぃー、センジュー、後頼むわ。うっかり血を啜っちまった」
「何やってんのよ、アンタ。無理よう。私も絶対、啜るに決まってるじゃない。啜るとどころか、齧るわよ。誰か、興奮してない人―」
無言でツバメを蹴り出し戸を閉める。
「小春、消毒液取って」
身の危険を感じた俺は小春の協力の元、手早く手当てを終わらせた。
あの後コダマさんの「血の匂いが消えるまで、休憩室で待機」という指示が有り、小春と休憩室でしりとりをして遊ぶ。
小春は「お」を振られると満面の笑みで「お兄ちゃん!」一択なので、「お」を振らないようにしないといけない。
だいたい五分後くらいだろうか「おう、もう戻って良いぜー、消毒液の匂いしかしねえ」とツバメのお許しが出た。
席に戻ると少年が試験を始めていた。電卓を取られているかもと思ったが、無事である。
「電卓、取ろうとしてたから、止めといたよ」
コダマさんがリークしてきた。
「有難うございました」
少年の試験結果は、見切りをつけて早々に帰ってしまっていた染谷さんに、コダマさんが報告に行かないといけないらしい。この会話、隣の少年にも丸聞こえである。席に戻ると少年が試験を始めていた。
さて、中断してしまった作業の遅れを取り戻さねば。そう気合を入れたとき、事務室長に呼ばれた。




