20.少女
事務室に戻り、バイトを再開する。
念のため、コダマさんに少女が同席することを伝え、許可をもらう。
コダマさんは何も言わずに事情を察してくれたようだった。有り難い。少女は机の上に、ちょこんと座っている。
午後三時。
「染谷さん、こんにちは。完了届です。よろしくお願いします」
「おや、岩木さん。こんにちは。完了届ですね。少々お待ちください」
受付で今日の報酬を受け取って、次に売店に向かう。
「こんにちは、お姉さん」
「あら、岩木君、こんにちは」
「今から、ツクロイさんの所に、布の切れ端を分けて貰えないか、聞きに行くんですけど、手土産に何か良いものは有りませんか」
「あら、そうねえ。その肩に乗っている子のために端切れを貰いに行くのなら、何もいらないと思うのだけど。
どうしても何かっていうなら、この飴で良いと思うわ。可愛いもの。個別包装だし、冬だから溶けることもないでしょう。一袋三百円よ。どうする?」
「二袋下さい」
「毎度有り。六百円になります」
支払いをして、その場で袋を開ける。
飴を一種類ずつ取り出して感謝の気持ちを込めてお姉さんに渡した。
「有難うございました。これ、そのままで申し訳ないですけど、食べてください」
「あら。ふふ、有難う。気持ちのこもっているものは嬉しいわ」
「じゃあ、また。失礼しますね」
急ぎ足で被服室に向かう。
ツクロイさん、居てくれるといいけど。ノックをして、名乗ると中から優し気な声が聞こえた。
「どうぞ」
「こんにちは、ツクロイさん」
「こんにちは、岩木君。そのトートバックや服、使ってくれているのね。嬉しいわ」
「はい。とても気にいってます。有難うございました。今日はちょっと、お願いがあって来たのですが」
「あら、何かしら」
「廃棄処分の、布の切れ端が有ったら分けて貰えませんか」
「それは沢山あるから構わないけれど…。布にも種類が有るわ。用途を聞いてもいいかしら」
「出ておいで」
トートバックからひょっこり、少女が姿を現す。
「まあ!」
「彼女の布団とか、座布団とか、縫おうと思いまして」
「可愛いわ、あなた、生まれたてね?おめでたいこと!少し待って。
あなたに似合う端切れを分けてあげる」
少女は俺を見上げると、少し嬉しそうに笑い、ちょこんと座った。
ツクロイさんは目にもとまらぬ速さで布の選別をしている。
ちょっと待った。
端きれで縫い合わせて作るつもりだったのに、思いのほか大きな布が選別されている。
「ツクロイさん、あの、廃棄処分の切れ端で良いんです。縫い合わせるつもりですから。
あまり大きな立派な布を頂いても、俺、縫物上手くないですし…」
「え、そう?そうね、慣れてないなら、縫う量は多いほうが練習にもなるわね。
それに、初心者でも縫いやすい生地ね、任せて」
あっという間に、布の切れ端が小山になった。
「こんなものかしら。何か入れ物はある?」
「バックのポケットにそのまま入れようと思ってます」
「じゃあ、これどうぞ。あと古い綿だけど、これもあげるわ。布団の中に入れてあげて」
「有難うございます。これ、良かったら」
飴袋を差し出す。
女の子も立ち上がり、ペコリとお辞儀をして、慌ててトートバックに帰ってくる。
?何だ?
すでに開いている方の飴袋から一つ飴を取り出し、頂戴、お願い、とねだるので、良いよと返せば、ツクロイさんの方に駆けて行った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
両手でたった一つの飴を差し出す。
「どういたしまして…」
ツクロイさんは顔を片手で覆ってプルプルしながら飴を受け取ってくれた。多分、少女はツクロイさんに気に入ってもらえたようだ。
俺はどうですかね、ツクロイさん。
さて。
本日もやってきました。帰り道。
先日の襲撃者は肩でご機嫌に座っている。不思議なもんだ。
ヒソヒソとざわめきが広がっていく。
「おや、あの肩のは、生まれたてか」
「なんと、めでたい」
「はて。先日の、消滅した童に似ているのでは…」
「あの迷い人、懲りずに一人で歩きよる」
ざわざわと影が揺れる。
「見よ、あれが先日の迷い人」
「惑わされ、手を出したものが消されたとか」
「何やら、見ていただけで、手足飛ばされたとか」
「まこと恐ろし。軟弱な見目は擬態と申すか」
今日のはちょっと、系統が、違うな。
むしろ、何故そうなったと突っ込み所が満載な…。今なら怖くない。よし、早足で通り抜けてしまおう。少女が話題を掻っ攫っているうちに、俺は住宅街を通り抜けた。
何事もなくアパートに戻れた。良かった。
暖房器具を付け、部屋着に着替えお湯を沸かす。
そろりそろりと、トートから少女が出てくる。着替える間はバックに入っていてもらったのだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ちょい待って」
少女にもお茶を淹れようと思うのだけど、丁度良いサイズのコップになるものが見つからない。
仕方なく、普通の湯のみに入れて、一番薄いスプーンを添える。
お茶を持って戻ると炬燵の上で待っている少女の前に、湯のみとスプーンを置く。
「ごめんな。君のサイズの湯のみが無かったんだ。スプーンですくって飲めないかな」
お茶をスプーンにすくって差し出す。
戸惑い気味に口をつけ飲もうとするも上手くいかない。顔を伏せるから、お茶に髪が入ってしまう。かといってスプーンを傾けると、こぼれるだろうし…。
「「……」」
「お兄ちゃん、今度にしよう」
「後で森津木さんにでも相談しよう」
二人で頷いて問題は後回しにした。
「ねえ、君、呼び名を教えてくれないか」
「無いの。生まれたばかりだもの。お兄ちゃんにつけてほしい」
「え。俺が?良いけど…。明日、銀さんとかにつけてもらいに行くことも出来るよ?」
「ううん、お兄ちゃんがいいの」
「そっか…。どうしようか。君、あったかいのが好きなんだよね?」
「うん」
「なら、『小春』とかどう?
小さな春と書くんだ。春はぽかぽかしていてあったかいし、今の時期にたまにある、あったかい日の事を『小春日和』ともいう。今日みたいな日だよ」
「小春。…うん、小春。えへへ。お兄ちゃん、ありがとう」
どうやら気に入ったようだ。
両手を握りしめてぴょんぴょこ跳ねまわる姿に和む。
「お兄ちゃん、小春。小春、呼んで」
「おう。これからよろしくな、小春」
「あいっ」
小春が気合を入れた返事をした途端、発光した。
「え?小春?」
お前、発光機能ついてたの?
光が収まると、小春の着物が赤からクリーム色に変わっていた。
クリーム色と同系色の白梅が所々にあしらってあり、所々薄紅色の線が入っている。
「発光機能じゃなくて、変身機能だったのか」
小春は自分の着物を確認するようにクルクルと回っている。
「小春、その着物も似合ってるし可愛いけど、前の赤い着物の方が小春に似合ってたぞ?」
「わたしもそう思う。でもいいの。あの色はダメなの。白でいいの」
よくわからんが、拘りがあるみたいだ。小春が良いなら、良いんだろう。
「あ、小春。とても大事な確認が有る。正直に答えてくれ。
小春、虫歯できる?」




