18.事務室
月曜の朝九時。
管理舎にバイトに向かう。
掲示板の前で、計算のバイトの紙をとり、再び受付に持って行く。
「おや、岩木さん。お早うございます」
猫耳お兄さんが爽やかに挨拶をしてくれる。よし、少し慣れてきた。猫耳でも良いじゃないか。襲ってこないなら。
「染谷さん。お早うございます。このアルバイトをしたいのですが」
「はい。土曜もされたとか。
次回から試験は免除の連絡を受けておりますよ。事務室に案内します」
おお、やった。染谷さんに続いて事務室に入る。
「受付です。計算アルバイト希望の岩木さんをお連れしました。対応をお願いします」
一瞬、視線が集まったがすぐに四散する。コダマさんが立ち上がった。
「やあ、岩木君、土曜ぶり。受付さん、受理しちゃってください。次回から希望確定で」
「分かりました。では、私はこれで」
希望確定?希望した時点で受理されるってことか?とりあえず染谷さんにお礼を伝えてコダマさんに向き合う。
「お早うございます、コダマさん。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそー。岩木君、今日は事務室長が居るから、紹介するよ」
「室長ー、岩木君ですよ。土曜もバイトしてくれました」
眼鏡をかけたインテリ美女が壁側にある立派なデスクから立ち上がる。
「お早うございます、岩木と言います。計算のアルバイトを希望しました。よろしくお願いします」
「私は事務室長のアサギと呼ばれるものよ。アルバイトは大歓迎だから、気が向けば是非よろしくね」
「有難うございます」
キツメの見た目のわりに、声は優しくてギャップに驚く。パッと見、人間にしか見えない。
黒くて綺麗な髪は後ろで纏められている。
スーツではないが、落ち着いた色合いのシャツに濃い目のジャケット。下はデスクで隠れていてはっきりしないが恐らく濃紺か黒のタイトスカート。俺の理想の女上司である。きっとあのスカートにはスリットが入っているに違いない。
「岩木君、土曜の机で、同じ作業を頼むよ。あ、コップとか持参した?」
「はい。水筒に飲み物入れてきました。あの、コダマさん、俺今日も弁当なんですけど、良かったら昼一緒にどうですか」
「もちろん!いやあ、聞きたいことが結構あるんだよねぇ。じゃあ、また昼に」
午前十時半。
進捗状況は十五枚。持参した日本茶を飲みつつ休憩していると、受付の染谷さんが入ってきた。
「受付です。ファイリングのアルバイト希望者の迷い人を二人、お連れしました」
二十歳くらいの男女が入ってくる。迷い人。あの人たちが。コダマさんが対応する。
「ファイリングですね、分かりました。受付さん、受理してください」
「はい、分かりました。では、失礼します」
二人は下を向いて顔を上げない。
「えっと、ファイリングは二階の事務室で行ってもらうから、着いてきて」
コダマさんが二人を連れて出て行ってしまう。名前も顔も分からなかった。挨拶しなかったな…。
…いや、それも有りかもしれない。口をきかなければ、「三日以内に言葉を一度交わさない限り喰えない」の条件を満たさないのだから。
あの二人の噂は、警戒心が強い、賢いかもしれない、だったか。
なるほど。
俺が挨拶をすると郷の人たちは驚いていたから、二人の態度の方が普通ということか。
あの二人と話してみたかったな、と思いつつも作業に戻る。午前中の目標、あと十五枚。気合を入れて電卓を叩き始めた。
「岩木君、昼にしよう。昼」
いつの間にか横に立っていたコダマさんに声をかけられて正午になっているのに気が付いた。
「集中してたねぇ。何人か、君の様子を見に来てたのも気が付かなかったでしょう」
え。気が付かなかった。その中に女の人いましたか。
「さ、昼だよ。昼飯だ。休憩室に行こう」
コダマさんに連れられて休憩室に向かう。今日は先客が五人いて、一つ机を開けてくれる。
「有難うございます、お邪魔します」
「へえ、本当に物怖じしないで話すんだな、お前」
一人、金髪の青年が興味津々に話しかけてきた。
「俺はツバメと呼ばれている。なあ、土曜に狩られそうになったのってお前だろ?」
「ちょっと。ごめんね、ツバメは好奇心が強いのよ。私はセンジュと呼ばれているわ。
土曜にコダマが迷い人と仲良くなったって聞いてね。あなたと話をしてみたかったの」
フワフワした髪の童顔な女の人が声を掛けてくれる。少したれ目気味で頬がふっくらとしてて優しそう。可愛い癒し系だ。
そんな癒し系に「あなたと話をしてみたかった」と言われたら喜んで返事するよね。
「ツバメさんとセンジュさんですね。俺は迷い人で、岩木って呼ばれてます。よろしくお願いします」
「喋った」
「返事するのね」
あ、やっぱり迷い人って喋らないのが普通なんだ。
お弁当を広げてつつく。
今日もコダマさんは握り飯で、休憩室の他の人たちからお裾分けを貰っていた。
俺も自信作の大根を一つ渡す。何せ森津木さん監修の元、作ったのだ。これが俺だけで作ったものだと自信なんて欠片もない。
「じゃあ、土曜のは岩木君なんだ」
「舎長が出るくらいの騒ぎだから、怖かったでしょう」
「お前、そんなに美味そうかぁ?むしろ喰ったら腹下しそう」
吸い込むように食べるコダマさんを見ながら卵焼きを食べる。
出汁が効いてないのか、イマイチな味の上に焼き加減も悪い。白いブヨブヨが残ってしまって気持ち悪い。今度はもっとしっかり焼こう。
それにしてもツバメさん、言いたい放題である。現世で金髪の若い兄ちゃんがツバメって特殊な意味だと思われますよ、と心の中で呟く。
「そうねぇ。子供たちには大人気だったみたいだし。正直、美味しそうとは思わないけれど、面白そうとは思うわね」
センジュさんも、意外に容赦が無かった。
「面白そうだったら、喰いますか?」
「いいえ、面白そうだから、狩るのよ」
目 的 が 違 う !
戦慄した。狩猟本能とか、意味不明すぎ。
「ああ、なるほどなー。しかも、警戒心が薄くて懐っこいと来たら、ちょっかい出すかもなー」
「子供たちは、最初は狩る気は無くて、懐いただけだったみたいだけど、結局は取り込もうとしちゃうから、自業自得よね」
怖い怖い。怖いこと言ってるよ、この二人。
「この大根美味しいよ」
コダマさん。嬉しいけど、今はそこじゃない。
「で、ダイジョウ様に助けてもらったって本当かしら?」
「え、ダイジョウ様出てきたの?会ったの、お前」
二人がぐりんっとこちらを向いた。心なしか瞳孔が開き気味な気がする、怖い。
「さあ…。呼び名は、聞いてないんで。男の人でした」
「うっわ、役に立たねえな、お前。そこ重要な所だろが」
「ツバメさん、ツバメって呼び捨てますよ」
「何様だ、お前」
黙れ、ツバメ。
食後のおやつの一口ホットケーキ(試作品)をツバメの口に突っ込む。
「む」
「あ、ツバメ、岩木君怒らせた」
無言で咀嚼するツバメを横にコダマさんが聞いてくる。
「岩木君、それなーに。甘い匂いがする」
「ホットケーキの試作品の失敗作ですね。俺、甘いものが好きなので、何とか、作れないかと思って」
「失敗作なの?少し食べてみたかったな」
「じゃあ、蜂蜜がかかっているやつを特別にあげましょう。膨らまなかったけど、蜂蜜が付いてるところは、蜂蜜が美味しいですから」
「あ、私にも、ね、私にも」
センジュさんが参戦してきた。おねだりの仕方が可愛いです、センジュさん。あざといってこの事か。
「…女の人に失敗作を振る舞うのは恥ずかしいんですよ、勘弁してください」
「私だけ貰えないの、岩木君」
勝てるわけないよ、これ。
「…美味しくないですからね」
なるべく多く蜂蜜がかかっているところを探して渡す。
「俺が食ったの、蜂蜜かかって無かったんだけど」
ツバメが何か言っていたが、もちろん無視した。




