campus life 14
「テメーら! いつまでくっついて寝てんだよっ!!」
パシンと襖が柱を叩いた音と共に、川島くんの怒鳴り声が部屋に響いて目を覚ました。
まだ頭はなんとなく痛ダルイけれど、朝起きた時より随分とマシになった。
ただ、瞼が妙に重いのは、何度も泣いたせいだと思う。
「今日はしおりの食事当番だろっ、もう熱下がったんならメシ作れよなっ」
そうか、今日は私だったんだ。
リハビリついでに夕食を作るのもいいかもしれない。
部屋はもう薄暗く、私のおなかもちょっとだけすいてきたし。
そう思って身体を起こそうとすると、横に眠っていたはずの伊吹に止められた。
川島くんに背を向けたまま、人差し指を立てて唇に押し当てる。
「おいっ、伊吹っ、しおりーっ!」
そのまま伊吹は私を抱き寄せると、耳元で「寝たふり」と小さな声で呟いた。
川島くんのほうは、それなりに気を使ってくれているのか、襖を開けてから部屋の中には入ってこないみたいで。
……なんだか、かわいそうだけど。
「……っの、聞いてんだろ」
低い声で吐き捨てるように言うと、川島くんの足音が、少しずつ近づいてくる。
「黙ってねぇで、返事くらいしろよ」
私たちを伺うように小さくそう言うと、ベッドサイドで足音が止まった。
「なんだよ、淋しいのか?」
「なっ……やっぱ伊吹起きてんじゃねーかっ!」
伊吹が顔を上げると同時に、私も表情をのぞくと、川島くんのひきつった顔がみるみる赤くなっていく。
「しっ、しおりも起きてるんなら何か言えよっ」
「病み上がりの俺の彼女に、そんな物言いはないだろ。しかも、コイツが体調を崩した原因のひとつは、オマエでもあるんだって昨日言ったはずだけど」
「う、うるせーな」
「私なら、もう平気だから、何か作るね」
そう言って身体を起こすと、ぐるり、目が回りそうになって再度ベッドに手をついた。
ふらつく頭を抱えると、伊吹が私の身体を支えてくれる。
「無理するな」
「でも」
「いいよ。気の利かない家主はほっといて、夕食は俺が作るから」
「おいっ、何だよそれ。すげームカツクんだけど」
川島くんを無視して伊吹は私に微笑むと、息を吐いて立ち上がった。
「それと、川島」
「何だよ……」
「今日から俺、ここで寝るから」
「は……ってぇえっ!?」
えぇっ!?
私は声にこそ出さなかったものの、突然の伊吹の「宣言」に驚いた。
川島くんも大きく目を見開いて、伊吹と私を交互に見ている。
ここって、ココよね? 私の部屋ってことよね……って、ここで寝るって!?
「俺の部屋は、好きなように使っていいから」
さらりと言って、伊吹は硬直する川島くんの横を通り過ぎようとした。
そんなの、嬉しいけど。でも。
「じゃあっ! 俺もここで寝る」
……今、何て?
何か言おうとした私は、伊吹同様、川島くんの台詞に開いた口が塞がらない。
三白眼を吊り上げた川島くんは、人差し指を伊吹に突きつけて唇を結んだ。
「俺、そんなシュミないけど」
「バカっ! そーゆーイミじゃねぇよっ」
「じゃあ、どうしてだよ」
「どーしても、こーしてもねぇよ。とにかく、伊吹がこっちで寝るんなら、俺もここで寝るっ」
まるで駄々をこねる子供みたいな川島くんが可愛くて、思わずふき出して笑ってしまった。
途端に、ふたりの視線が私に突き刺さる。
「しおり、どうする?」
半ば呆れ顔の伊吹と、ムキになったままの川島くんを見て、やっぱり私は笑ってしまう。
結局、翌朝起きてみれば、私たちは伊吹の部屋で、シロも一緒に川の字になって眠っていた。
ちょっと残念な気もするけど、いつもどおり変わらないこの生活が、今の私たちにはちょうどいいのかもしれない。
「しおりちゃん、この前は、ごめんね」
あの時はどうかしてたのよと続けて、遥さんは苦笑した。
この研究室で、衝撃的な場面を見てから一週間。
私の体調はすっかり元に戻ったし、『声』が聞こえる前兆もない。
レポートを提出しに行った伊吹を待つ間、私は遥さんと並んで座っていた。
「ふたりには、迷惑かけちゃって……本当にごめんなさい」
私は首を横に振って、遥さんの横顔を見つめた。
いつもの、凛とした女性が、そこにいた。
何かを思い出すように微笑むと、私のほうに顔を向ける。
「私、自分のことばかりで、こんな私のことを彼は受け入れてくれてるんだって、勝手に思い込んでたことに、やっと気付いた。でも、もう遅いけど」
河合さんは遥さんのことを、本当はまだ好きなんだと、伝えたかった。
でも、私が話すべきことではないし、そう伝えたところで、何かが変わるわけではないんだと、伊吹から言い聞かされていた。
そして、目の前の女性は、以前にも増して輝いて、次のステージへ進もうとしている。
そんな遥さんの足を、わざわざ引っ張るようなことはしたくない。
「でも、正直、本当にしおりちゃんがうらやましいな」
「え?」
「素直で正直で、女の子らしく北原くんに従っちゃうところとか。あ、変な意味じゃないわよ。私、どうしても男と対等にやり合おうとしちゃうから。可愛くないのよね」
「そんなことないですっ、遥さん美人だし、オトナだし……見習いたいくらいです」
ないない、と手をひらひら振りながら、遥さんは笑った。
その表情に、私もほっとする。
河合さんからは、あれから全く連絡がない。
校内でも姿を見かけることがなくて、伊吹の話では、就職活動のために地元に戻って、もうほとんどこっちには帰ってこないということだった。
淋しいけれど、伊吹の言うとおり、ふたりは前向きな未来を選び、それぞれの道を歩き始めたのだ。
それから私と遥さんは、新しく出来たカフェのケーキが美味しいとか、今度はふたりだけで映画を観に行こうとか、そんな話をしながら伊吹を待った。
「ごめん、教授につかまった」
相変わらず、ごめんなんて思ってないような表情をした伊吹が戻ってくると、私たちは研究室を後にした。
もうすぐ7月、北海道の短い夏がやってくる。
「今日こそは、川島くん、晩ごはん作ってくれるかな」
反省の言葉を並べたのはいつだったか。
結局川島くんは、なんだかんだと理由をつけて、家のことはほったらかしで。
溜息混じりに私が言うと、伊吹があれ、と声を上げた。
「しおり、聞いてないのか?」
「え? 何が」
「川島、今日デートだって意気込んでたけど」
「……えぇっ!?」
「ほら、前に合コンしたろ。あのとき一緒だったコから、連絡がきたとかって」
「うっそ……」
喜ぶべきことだけど、なんてゆーか、その。
「ま、騙されてなきゃいいけどな」
あくまで表情を変えずに、伊吹が私も言おうとしていたことを口にした。
だけど、私はそれだけじゃなくて。
ちょっとだけ、どういうわけか、切なくて、淋しい気がした。
「伊吹は、バイトだよね。じゃあ、どうしようかな」
ひとりの晩ごはんは、なんとなく適当に済ませてしまおうと思う。
いっそ、伊吹のコンビニに遊びに行って、お弁当でも買ってこようかな。
「今日、バイト休むことにした」
「え?」
「せっかく川島がいないんだし。嬉しい?」
そう、伊吹は優しく微笑んで、私の手をとった。
私や誰にでも、いつも冷静冷血無慈悲なはずだった伊吹は、最近こんなふうに、喉の奥が焼けそうになるほど甘い表情をする。
思わず顔が熱くなって視線を逸らし、ただ黙ってうんと頷いた。
再び伊吹を見ると、今度は歯を見せて本当に嬉しそうに笑ってる。
「じゃあ、早く帰ろう」
「うん」
まだ風は冷たくても、強くなりはじめた日差しが眩しい。
こうして季節がめぐるたびに、私たちも少しずつ変化していく。
変わらないものなんてなくて、どんなに抗おうとしても、留まることは許されない。
それでもこうして、いつまでも一緒に手を繋いで、変わっていくものを受け入れて、乗り越えていくことができたらいいと思う。
私は伊吹の手を握り返して、いつもより早足で歩き始めた。
Don't Touch! 番外編完結です。
ありがとうございました。




