第12話:何もないと思っていた私に、できることがあった
朝、目が覚めたとき。
最初に浮かんだのは、不安ではなかった。
(今日は何をしよう)
それだけだった。
以前なら。
何をすべきか。
どう振る舞うべきか。
何を求められているか。
常に“誰か基準”で考えていた。
でも今は違う。
(自分で決めていい)
それだけで、少しだけ気持ちが軽かった。
簡単な朝食を済ませる。
時間に縛られることもない。
でも、だらける気にはならなかった。
(動こう)
自然にそう思えた。
スマートフォンを手に取る。
昨日応募した企業から、返信が来ていた。
『ぜひ一度、お話をさせていただければと思います』
短い文章。
でも、それで十分だった。
(早いな)
少しだけ驚く。
同時に、ほんの少しだけ緊張する。
(面接、か)
久しぶりだった。
少しだけ、深呼吸をする。
(大丈夫)
そう言い聞かせる。
何が大丈夫なのかは分からない。
でも。
(逃げない)
それだけは決めていた。
当日。
久しぶりにスーツに袖を通す。
鏡の前に立つ。
(変わったかな)
少しだけ、自分を見る。
以前と同じはずなのに。
どこか違って見えた。
(まあいいか)
細かいことは気にしない。
会場へ向かう。
足取りは、思っていたより軽かった。
受付を済ませる。
名前を呼ばれる。
案内されて、椅子に座る。
(久しぶりだな、この感じ)
少しだけ懐かしい。
緊張は、ある。
でも、それだけだった。
面接官が入ってくる。
軽く挨拶を交わす。
すぐに、本題に入る。
「これまでのご経験を教えてください」
定番の質問。
少しだけ考える。
(何もない)
そう思いかけて。
止まる。
(本当に?)
頭の中で、これまでの時間をなぞる。
家計管理。
スケジュール調整。
生活の最適化。
(やってた)
ずっと。
ただ、“仕事じゃない”と思っていただけ。
「家庭に入っていました」
正直に答える。
「その中で、どんな役割を担っていましたか?」
さらに質問が続く。
一瞬だけ、言葉を探す。
でも。
自然に出てきた。
「全体を見て、効率が良くなるように動いていました」
「優先順位を考えて、無駄が出ないように調整していました」
話しながら、自分でも少し驚く。
(ちゃんと説明できてる)
これまで言葉にしてこなかっただけで。
中身は、ちゃんとあった。
面接官が、少しだけ表情を変える。
「なるほど」
短い相槌。
でも、その一言に手応えを感じる。
質問が続く。
状況対応。
トラブル処理。
工夫したこと。
答えていく。
迷いは、ほとんどなかった。
(分かる)
何を聞かれているか。
何を求められているか。
自然に理解できた。
面接が終わる。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げて、部屋を出る。
廊下を歩きながら、少しだけ息を吐く。
(……悪くなかった)
むしろ。
(思ってたより、いけたかも)
その感覚があった。
数日後。
スマートフォンが鳴る。
画面を見る。
あの会社からだった。
出る。
「朝倉様でしょうか」
「はい」
「ぜひ、採用させていただければと思います」
その一言で、時間が止まる。
(……え)
思考が一瞬、追いつかない。
「本当ですか」
思わず聞き返す。
「はい」
穏やかな声。
それが現実だと、ゆっくり理解する。
(決まった)
その事実が、じわじわと広がる。
電話を切る。
しばらく、その場に立ち尽くす。
(私、採用されたんだ)
誰かに選ばれた。
でも。
以前とは違う。
(ちゃんと評価された)
そう思えた。
そこに、変な期待も依存もない。
ただ、事実として受け取れる。
小さく息を吐く。
(やってみよう)
自然にそう思えた。
怖さは、ある。
でも。
(進むって決めたから)
それだけで、十分だった。




