第4話 ガナナ小隊
昼前。
小隊舎の中は、妙に静かだった。
汗と土の匂いが残り、誰も腰を下ろそうとしない。
扉が軋んで開く。
入ってきたのは、古参兵だった。
背が高く、腕が太い。歩き方に遠慮がない。
「新兵」
声が低い。
ニコラスがびくっと肩を跳ねさせる。
「はい……」
「お前じゃねぇ」
視線が、四人を順に舐める。
「ガナナ小隊へようこそ、だ」
笑っていない。
「俺はヘルムートだ」
名を出しただけで、空気が少し冷える。
この男が、ここで長く生き残ってきたのは、誰でも分かった。
「言っとくことがある」
ヘルムートは床に腰を下ろし、背中を壁に預けた。
「ここじゃ、正しいかどうかは関係ねぇ」
オスカーが眉をひそめる。
「関係あるのは一つだ」
指を一本立てる。
「使えるか、使えねぇか」
コルティオが恐る恐る聞いた。
「……使える、って?」
「命令を聞くかどうかだ」
即答だった。
「納得するかどうかじゃねぇ。理解するかどうかでもねぇ」
一拍。
「反応が早いかどうかだ」
ニコラスの顔が、さらに青くなる。
ラウルは黙って聞いていた。
「質問あるか」
沈黙。
オスカーが、口を開く。
「命令が間違ってたら?」
一瞬、空気が止まった。
ヘルムートは、ゆっくりとオスカーを見る。
「……いい質問だ」
立ち上がる。
「間違ってたら?」
一歩、近づく。
「死ぬだけだ」
オスカーは睨み返すが、何も言えない。
「それが嫌なら」
視線がラウルに移る。
「目立つな」
意味を測るような間。
「考えるな。考えるやつは、いずれ邪魔になる」
ヘルムートはそれだけ言って、出ていった。
扉が閉まる。
しばらく、誰も動かなかった。
「……冗談じゃないっす」
コルティオが、ようやく声を出す。
「命令が間違ってたら死ぬって……」
「冗談じゃないな」
ラウルは静かに言う。
「ここでは、それが前提だ」
ニコラスが震える声で言った。
「ぼ、僕……やっていけるんでしょうか……」
ラウルはすぐには答えなかった。
少し間を置いてから言う。
「一人なら、無理だ」
ニコラスの顔が歪む。
「でも」
続ける。
「四人なら、まだ余地はある」
コルティオが顔を上げる。
「余地?」
「状況を見る時間を稼げる」
「……どうやって?」
ラウルは、視線を落とす。
「無駄に逆らわない」
「目立ちすぎない」
「でも、壊れない」
オスカーが鼻で笑う。
「都合良すぎだろ」
「だから難しい」
否定しない。
「でも、少なくとも――」
顔を上げる。
「今は、誰も欠けるな」
短い沈黙。
ニコラスが、小さく頷いた。
「……はい」
コルティオも、深く息を吐く。
「ラウルがいるなら……俺、やります」
オスカーは何も言わなかったが、背を向けなかった。
そのとき。
外から、再び声が落ちる。
「新兵」
ガナナだ。
「午後は模擬戦だ」
嫌な予感しかしない。
「四人まとめて、相手は古参」
がはは、と笑う声。
「遠慮はいらんぞ」
扉の向こうで、足音が遠ざかる。
誰も言葉を発しなかった。
ラウルは剣を取る。
「行こう」
それだけだった。
この小隊では、
考える前に動けない者から、壊れていく。




