第七話 怯え
バラン村から逃げ延びた者たちは、近隣の街へと引き渡された。
火傷を負った者。
歩くことすら難しい者。
家族を失い、何も話せなくなっている者。
ラウルたちが救護した者も、その中にいた。
そして、そこで一つの事実が分かった。
バラン村に、山賊は潜伏していなかった。
周囲を捜索しても、それらしい集団は確認できなかったという。
「……いなかったんすね」
コルティオが呟く。
「ああ」
ラウルは短く答えた。
討伐するはずだった山賊はいない。
代わりに、一つの村が焼けた。
それだけが残った。
二日後。
ガナナ小隊は王都への帰還を開始した。
◇ ◇ ◇
帰路は六日もかからなかった。
行きは二週間。
帰りは、その半分にも満たない。
街へ立ち寄る者はいなかった。
無意味に足を止める者もいない。
ただ王都へ向かって歩き続ける。
ラウルは、その違いを黙って見ていた。
だが、それ以上に違っていたのは小隊の空気だった。
誰もほとんど喋らない。
行きの道中には、規律こそなかったものの、兵士たちは勝手に話し、笑い、街へ立ち寄っていた。
今は違う。
妙なほど静かだった。
コルティオもそれを感じているのか、何度も周囲を見ている。
その日の休息中。
コルティオがカエサルの隣へ腰を下ろした。
「カエサル」
「……なんだ」
「村で何があったんすか?」
カエサルの動きが止まった。
「俺たちは陣に残ってたから、何も見てないんすよ」
「……」
「山賊はいなかったんすよね?」
カエサルは答えない。
「だったら、なんで村が――」
「やめろ」
低い声だった。
コルティオが口を閉じる。
カエサルは俯いたまま、拳を握っていた。
「……話したくない」
「でも――」
「話したくない」
もう一度。
今度は、はっきりと言った。
「……分かったっす」
コルティオはそれ以上聞かなかった。
少し離れた場所から、ラウルは二人を見ていた。
カエサルは村へ行った。
何かを見ている。
だが、話そうとしない。
いや。
話したくないというより――。
話すことを恐れている。
そんな風にも見えた。
◇ ◇ ◇
ガナナ小隊は王都へ帰還した。
見慣れた宿舎へ戻り、解散を告げられる。
長い任務を終えた。
本来なら、安堵してもいいはずだった。
だが、ラウルたちの気持ちは沈んだままだった。
部屋へ戻っても、ほとんど会話はない。
ジェフはベッドへ腰掛けたまま俯いている。
カエサルは壁際に座り込んでいた。
コルティオも普段のように話そうとはしなかった。
ラウルは窓の外を見る。
目を閉じれば、焼け落ちた村が浮かんだ。
黒く崩れた家。
焼け焦げた人の姿。
そして。
それを見て笑っていたガナナ。
忘れようとしても、頭から離れなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
コルティオはなかなか眠ることができずにいた。
「……ちょっと涼んでくるっす」
誰に言うでもなく呟き、部屋を出る。
宿舎の中は静かだった。
廊下を進み、外へ続く階段へ向かう。
夜風が吹き込んでいた。
「はぁ……」
コルティオは息を吐く。
その時だった。
「……?」
階段の踊り場。
暗がりの中に、人がいた。
兵士だった。
手すりの近くに立ち、身体を小刻みに震わせている。
「……言わ……」
何かを呟いている。
コルティオが少しだけ耳を澄ます。
「……言わなきゃ……」
「……」
「言わなきゃ……駄目だ……」
同じ言葉を繰り返している。
暗くて顔までは見えない。
声を掛けようか迷った。
だが、その異様な様子に足が止まる。
「……」
結局、コルティオは何も言わなかった。
そのまま踊り場を離れ、別の場所へ向かった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
「おい、起きろ!」
ジェフの声で、ラウルは目を覚ました。
「ラウル! コルティオ!」
「……なんだ?」
「外で何かあったみたいだ」
ラウルが身体を起こす。
カエサルもすでに目を覚ましていた。
「人が集まってる」
四人は部屋を出た。
廊下には何人もの兵士がいる。
皆、階段の下を見ていた。
ラウルもそちらへ視線を向ける。
「……」
人が倒れている。
階段の下。
地面の上に、一人の兵士が横たわっていた。
動いていない。
やがて人混みを掻き分けるように、細身の男が現れた。
倒れている兵士へ近づく。
しゃがみ込むと、首元へ指を当てた。
しばらくして手を離す。
「全員、部屋に戻れ」
周囲の兵士は動かない。
「聞こえなかったのか!」
怒号が響く。
「部屋へ戻れ!」
兵士たちが散り始める。
ラウルたちも部屋へ戻った。
その途中。
ラウルはカエサルを見る。
「……」
顔色が悪い。
階段の下を見つめたまま、動こうとしない。
「カエサル」
「……ああ」
声を掛けられ、ようやく歩き始めた。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
ジェフが部屋へ戻ってきた。
「分かったぞ」
コルティオが顔を上げる。
「何がっすか?」
「さっき倒れてた人」
ジェフが声を落とした。
「クルス・ジェイオスっていうらしい」
「小隊員?」
「ああ。ガナナ小隊の兵士だ」
ラウルがジェフを見る。
「どうなった」
ジェフは少し言いづらそうにしてから答えた。
「死んでたらしい」
部屋が静かになる。
「……事故だって」
「事故?」
コルティオが聞き返す。
「階段から落ちたとか、そんな話みたいだ」
「……」
ラウルは何も言わなかった。
カエサルを見る。
部屋へ戻ってから、ずっと俯いたままだ。
「カエサル?」
返事はない。
「大丈夫っすか?」
「……大丈夫だ」
そう答えるだけだった。
◇ ◇ ◇
その日は訓練がなかった。
休息日。
ラウルとコルティオは宿舎の外へ出ていた。
久しぶりに訓練も行軍もない。
だが、気持ちは休まらない。
「長い任務だったっすね」
コルティオが言った。
「ああ」
「一ヶ月くらい外にいた気がするっす」
「実際はそこまでじゃない」
「分かってるっすよ」
少しだけ、いつものコルティオらしい声だった。
ラウルは前を見ながら言う。
「任務は失敗だったがな」
「……」
コルティオの表情から笑みが消える。
山賊は討伐できなかった。
それどころか、発見すらできなかった。
そしてバラン村は焼けた。
何も言えなくなったコルティオと並んで歩いていると――。
「――任務の報告書、軍務長に出しておきます」
声が聞こえた。
二人の足が止まる。
近くの部屋からだった。
聞き覚えのある声。
長身の男だ。
「……」
ラウルはコルティオを見る。
コルティオも黙っている。
続いて、別の声が聞こえた。
細身の男。
「ジェイオスの件も事故として処理しておきます」
「……」
二人はその場に立っていた。
それ以上の会話は聞こえない。
ラウルは再び歩き始める。
コルティオもついてきた。
しばらく無言だった。
「ラウル」
「なんだ」
「今の……」
「ああ」
ラウルは歩きながら考える。
事故。
ジェイオスが発見されたのは、今朝だ。
細身の男が確認した直後、全員を部屋へ戻した。
ラウルが見た限りでは、詳しい調査など行われていない。
少なくとも。
事故だと断定できるほどの何かを確認していたようには見えなかった。
「……早すぎる」
「え?」
「事故と決めるのがだ」
コルティオが黙る。
「確かに……」
ラウルはそれ以上言わなかった。
まだ何も分からない。
ただ。
何かがおかしい。
その感覚だけが残った。
◇ ◇ ◇
二人が部屋へ戻ると、カエサルとジェフはいなかった。
「どこ行ったんすかね」
「さあな」
ラウルが自分のベッドへ腰を下ろす。
コルティオも座ろうとして――。
「あっ!」
突然、大きな声を出した。
ラウルが顔を上げる。
「なんだ」
「思い出したっす」
「何を」
「昨日の夜」
コルティオがラウルを見る。
「俺、寝られなくて外に出たじゃないっすか」
「知らない」
「あ、言ってなかったっすね」
「それで?」
「外階段の踊り場に、一人いたんすよ」
ラウルの目が僅かに細くなる。
「誰が」
「分からないっす。暗くて顔までは見えなかったんで」
「何をしていた?」
「立ってたっす」
コルティオは昨夜を思い出す。
「震えながら、ずっと何かぶつぶつ言ってて」
「何を言っていた」
「全部は聞こえなかったっすけど……」
少し考える。
「『言わなきゃ』とか、そんなことを何度も言ってたっす」
「……言わなきゃ」
「はいっす」
ラウルは黙った。
昨日の夜。
外階段の踊り場。
震えていた兵士。
そして今朝。
階段の下で死んでいたクルス・ジェイオス。
「その兵士がジェイオスだったか分かるか?」
「分からないっす」
コルティオは首を横に振る。
「本当に暗かったんで」
「そうか」
ラウルは考える。
同一人物だと決まったわけではない。
ただの偶然かもしれない。
事故だったのかもしれない。
それでも。
何かが引っ掛かった。
バラン村。
口を閉ざすカエサル。
震えていた兵士。
ジェイオスの死。
そして。
調べるより先に決められた事故という結論。
まだ、それぞれは繋がっていない。
繋げるだけのものもない。
だが――。
ラウルは、言葉では説明できない不穏なものを感じていた。
◇ ◇ ◇
五日後。
王国軍、軍務長。
一室で、一人の男が書類を受け取っていた。
「ガナナ小隊からの任務報告書です」
「ああ」
男は部下から報告書を受け取る。
ジル・オルテット。
軍務長に所属する軍人だった。
椅子へ腰掛け、書類を開く。
「……任務失敗か」
報告書へ目を落とす。
山賊討伐。
未達成。
ジルはそのまま読み進めた。
やがて。
眉が僅かに動く。
「……二週間?」
任務開始から目的地周辺への到着まで。
記載された日数が妙に長い。
さらに読み進める。
山賊の発見には至らず。
討伐失敗。
そして。
バラン村全焼。
ジルの指が止まった。
「……」
もう一度、最初から目を通す。
出発。
行軍。
現地到着。
山賊討伐失敗。
バラン村全焼。
帰還。
「帰りは六日もかかっていない……」
行きは二週間。
帰りは六日未満。
単純に同じ経路だったとは限らない。
現地で事情が変わった可能性もある。
それでも、気になった。
「何かありましたか?」
部下が聞く。
「いや」
ジルは報告書を机へ置く。
「少し妙だと思ってな」
「妙?」
「行軍期間が長すぎる」
報告書を指で軽く叩く。
「その上、山賊は討伐できず、村が一つ焼けている」
部下も書類へ視線を向けた。
「ああ、そういえば」
「なんだ」
「ガナナ小隊といえば、もう一件報告書が上がっていましたね」
「何の報告だ」
「小隊員の死亡です」
ジルが顔を上げる。
「死亡?」
「はい」
「見せてくれ」
部下が別の書類を探し、ジルへ差し出す。
受け取る。
死亡者。
クルス・ジェイオス。
ガナナ小隊所属。
「……帰還翌日か」
「そうですね」
ジルは死亡報告書を読み進める。
「事故……」
指が止まる。
任務に失敗した。
村が焼けた。
帰還した。
その翌朝。
小隊員が死亡。
一つ一つなら、偶然で片づけられるかもしれない。
だが。
重なると話は違う。
ジルは二枚の報告書を机の上へ並べた。
「……少し調べた方がいいな」
「確認しますか?」
「ああ」
ジルは報告書から目を離した。
「明日、ガナナ小隊へ行く」
「直接ですか?」
「直接見た方が早い」
部下が頷く。
ジルはもう一度、二枚の報告書を見る。
山賊討伐失敗。
バラン村全焼。
そして、クルス・ジェイオスの死亡事故。
まだ何かがあると決まったわけではない。
ただ。
偶然と片づけるには、少し引っ掛かる。
ジルは静かに報告書を閉じた。




