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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第四十七話 倒れゆく者

雨足が弱まり始めていた。


先ほどまで戦場を覆い隠していた雨の幕が、少しずつ薄くなっていく。


ぼやけていた人影が見える。


その向こうの兵士も。


さらに遠くの戦列も。


ラウルは剣を振るいながら、前方へ目を向けた。


豪雨の中では確認することすらできなかった戦場が、徐々に姿を取り戻している。


少し離れた場所では、一際大きな男が敵兵を押し返していた。


ドルトン・ゴルドウィン。


「押し返せぇぇぇ!!」


怒号が響く。


雨音が弱まったことで、その声は再び周囲へ届き始めていた。


ラウルは目の前の敵だけではなく、その先へ視線を広げる。


ルミエル小隊は持ち場を維持している。


豪雨の中で前線へ出てから、ここを明け渡してはいない。


少し離れた場所にはアシック旅団。


さらにローフェンス旅団の戦列も見え始めていた。


どちらも敵と拮抗している。


それでも陣形は崩れていない。


「かなり見えるようになったっす!」


すぐ近くからコルティオの声がした。


「そうだな」


ラウルが答える。


ナタリアも少し離れたところで敵兵と打ち合っている。


ラウルが指示した通り、互いの姿を確認できる距離を保っていた。


敵兵の剣を受け流したコルティオが、ふと前方を見る。


「ラウル! あれ!」


「何だ?」


コルティオが敵軍の奥を指差す。


ラウルもそちらへ目を向けた。


雨の向こう。


周囲を兵士たちに守られながら、指示を飛ばしている男がいる。


装備も周囲の兵士とは違う。


ナタリアも気づいた。


敵兵を押し返しながら二人の近くまで下がってくる。


「あれ、指揮官じゃない?」


ラウルは男を見つめた。


おそらくそうだ。


兵士たちが男の命令に従って動いている。


その周囲を守るように戦列も作られている。


(あれをやれば……)


敵を崩せるかもしれない。


だが。


ラウルは自分たちと男の間を見る。


敵兵が何重にもいる。


三人だけで突っ込んだところで、辿り着く前に囲まれる。


今の自分たちだけでは無理だ。


その時だった。


「敵が撤退しているぞ!」


どこかから兵士の声が上がった。


ラウルが振り向く。


兵士が左側を指差している。


その先。


雨が弱まったことで、隣接する戦場の様子も見えるようになっていた。


敵兵たちが下がっている。


ルルベル軍。


先ほどまで王国軍左軍と激しく戦っていた部隊が、後退を始めている。


ラウルはすぐに前方へ視線を戻した。


目の前の敵軍は、まだ戦っている。


だが。


(もし、あれに気づけば……)


隣の軍が後退した。


その事実が伝われば、この軍も後退を始めるかもしれない。


そして。


後退する瞬間には、必ず動きが生まれる。


戦列を維持したまま下がろうとしても、前線と後方が同時に動くわけではない。


わずかでも隙ができれば――。


ラウルは近くにいる男を探した。


「コルド中尉!」


ハンマーを手に戦っていたコルドが振り返る。


「どうした?」


ラウルは敵軍の奥を指差した。


「敵兵が撤退を始めたら、あそこに見える指揮官を狙います」


コルドが視線を向ける。


敵兵の向こう。


指示を出している男を見つけた。


「手伝ってもらえますか?」


コルドはすぐには答えなかった。


周囲を見る。


リシアは別方向の敵を抑えながら小隊を指揮している。


マークもその支援に回っている。


二人がこちらへ動く余裕はない。


コルドはもう一度ラウルを見る。


「やれんのか?」


短い問いだった。


ラウルは迷わなかった。


「やれます!」


コルドがにっと笑った。


「良い顔だ」


ハンマーを肩へ乗せる。


「道は作ってやる」


ラウルは頷いた。


まだ動かない。


待つ。


敵が動く、その瞬間を。


やがて。


前方で声が飛び交い始めた。


帝国兵たちが後方を気にしている。


ルルベル軍の後退に気づいた者が出始めた。


そして。


ペペロン軍も動いた。


前線の兵士たちが少しずつ下がり始める。


「来たぞ」


コルドがハンマーを握り直した。


次の瞬間。


「行くぞ、お前ら!」


コルドが飛び出した。


ハンマーを持った二人の兵士が続く。


ラウルも走った。


「コルティオ! ナタリア!」


「了解っす!」


「行くわよ!」


三人も続く。


後退を始めた敵兵の中へ、六人が飛び込んだ。


「どけぇ!」


コルドのハンマーが振り下ろされる。


重装歩兵が盾を上げた。


コルドは構わず叩きつける。


鈍い音。


敵兵の身体が揺れる。


さらに踏み込み、今度は兜へハンマーを叩き込んだ。


敵兵がふらつく。


付き添う二人の兵士も左右へ飛び込んだ。


一人を押さえ。


もう一人を殴りつける。


強引に道を開いていく。


その動きに、敵軍の奥にいた男も気づいた。


ヤーノ・ペペロン。


「止めろ!」


周囲の兵士たちが動く。


開きかけた道を塞ごうとする。


一人の重装歩兵がコルドへ向かう。


コルドがハンマーで受け止めた。


その脇へナタリアが入った。


「はっ!」


敵兵の脇腹へ剣を差し込む。


兵士が崩れた。


「行けぇ! ラウル!!」


コルドが叫ぶ。


ラウルが開いた道へ飛び込んだ。


コルティオとナタリアも続く。


その動きを見ていた者がいた。


ドルトン・ゴルドウィン。


敵陣へ食い込んでいくコルドたち。


その先を走るラウル。


そして、敵がその道を塞ごうとしている。


ドルトンはすぐに声を張り上げた。


「左右から突っ込めぇぇぇ!!」


周囲の兵士たちが反応する。


「道を閉ざさせるなぁぁぁ!!」


怒号が戦場へ響く。


ゴルドウィン大隊の兵士たちが、コルドの開いた道の左右へ突撃した。


ラウルたちを止めようとしていた敵兵が、横から押し込まれる。


道が広がった。


ラウルは走る。


前だけを見る。


近い。


敵指揮官まで、もう少し。


一人の兵士が立ちはだかった。


剣が振られる。


ラウルは受ける。


そのまま強く弾いた。


敵兵の剣が手を離れ、泥の上へ落ちる。


ラウルは男の腹を蹴った。


「ぐっ!」


敵兵が倒れる。


前が開いた。


ペペロンが見える。


あと少し。


ラウルが踏み込む。


だが。


左右から二人の帝国兵が飛び込んできた。


剣がラウルへ向かう。


それでもラウルは止まらなかった。


二人を見ない。


視線はペペロンだけに向けられている。


(大丈夫だ)


ラウルは走る。


(お前なら、きっとそこにいる)


剣を握る。


敵兵の刃が迫る。


その前へ――。


コルティオが飛び込んだ。


「行けぇ! ラウル!」


剣と剣がぶつかる。


コルティオが一人を受け止め、そのままもう一人の進路も塞ぐ。


ラウルは振り返らない。


ペペロンが目の前にいる。


「貴様――!」


ペペロンが反応する。


だが、遅い。


ラウルは踏み込んだ。


そして。


剣を突き出した。


刃がペペロンの脇腹へ深く突き刺さる。


「ぐっ――!」


ペペロンの身体が止まった。


ラウルは剣を引き抜く。


血が雨に濡れた地面へ落ちる。


ペペロンが膝をついた。


「ペペロン様!」


帝国兵たちが叫ぶ。


一斉に周囲の兵士がこちらへ向き始める。


「ラウル!」


コルティオの声。


敵が集まってくる。


これ以上は無理だ。


「ここまでだ!」


後方からコルドの声が飛んだ。


「戻れ!」


コルティオが目の前の兵士を強く押し返す。


「ラウル! 戻るっす!」


「ああ!」


二人はすぐに反転した。


ナタリアも後退を始めている。


ゴルドウィン大隊が左右を押さえている間に、開かれた道を走って戻る。


敵兵が追おうとする。


だが、コルドたちが食い止めた。


「急げ!」


ラウルたちはコルドのもとまで戻った。


コルドがハンマーを構えたまま尋ねる。


「敵指揮官は!?」


ラウルは息を整えながら答えた。


「致命傷は与えたと思います」


コルドが笑う。


「よくやった」


すぐに表情を戻す。


「戻るぞ!」


全員が元いた戦列へ向けて後退した。


一方。


ペペロン軍では混乱が広がっていた。


「ペペロン様!」


倒れたペペロンへ部下たちが駆け寄る。


脇腹から血が流れている。


まだ息はある。


だが、自力で立ち上がることはできない。


「運べ!」


「急げ!」


部下たちが必死にペペロンを抱え上げる。


本来ならば、戦列を維持しながら後退するはずだった。


だが。


すでに隣のルルベル軍は下がっている。


そして今。


自分たちの指揮官まで倒れた。


「下がれ!」


「ペペロン様を守れ!」


「敵が来るぞ!」


命令と叫び声が入り乱れる。


前線の兵士が勝手に下がる。


それを見た後方の兵士も動く。


隊列が乱れる。


誰がどこを守るのか。


誰の命令を聞けばいいのか。


統制が失われていく。


ペペロンを抱えた兵士たちも、その中を必死に後方へ進んでいた。


まだ生きている。


だからこそ、置いていくことはできない。


だが、その救出がさらに周囲の兵士を後退へ巻き込んでいく。


戦列は崩れた。


後退ではない。


もはや――。


敗走だった。

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