第三話 入隊式
王都ラピタルへ到着した三人は、入隊者向けに指定された宿へ向かった。
長い馬車旅を終えたばかりということもあり、その日は王都を見て回ることもなく、明日の入隊式に備えて身体を休めた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
王宮の広間には、二千人もの新兵が並んでいた。
高い天井を支える巨大な柱。
正面には一段高く設けられた壇上があり、その周囲には王国の要人たちが並んでいる。
右を見ても、左を見ても人、人、人。
二千人もの新兵が一堂に会する光景は壮観だった。
ラウルも周囲を見渡す。
軍学校の式典とは規模が違う。
ここにいる全員が、今日から同じ王国軍へ入る。
「すごいっすね……」
隣からコルティオの小さな声が聞こえた。
見ると、その目は壇上へ釘付けになっている。
「見てくださいよ、あそこ」
「なに?」
ナタリアが小声で聞き返す。
「五大長官が全員揃ってるっす」
「五大長官って?」
コルティオがナタリアを見る。
「そこからっすか?」
「名前くらいは聞いたことあるわよ」
「じゃあ覚えておいた方がいいっすよ。これから王国軍に入るんすから」
「はいはい。それで?」
促されたコルティオは、待ってましたと言わんばかりに壇上へ視線を戻した。
「王国軍の中枢を担う五人の長官っす。軍務長長官のヴァレン・シュトライザー」
コルティオが順に視線を動かしていく。
「医務長長官、セレーヌ・ロザリン」
「訓練長長官、デュラン・フォージア」
「近衛長長官、ライナー・グレイフィス」
「それから工務長長官、ガードルフ・ベインライト。この五人をまとめて五大長官って呼ぶんすよ」
「なるほどね」
「ちなみにシュトライザー大将は軍務長長官だけじゃなく、第1軍の総司令官も兼任してるっす」
「そうなの?」
「そうっす。シュトライザー軍は王国軍の中でも――」
「コルティオ」
ラウルが小さく名前を呼んだ。
「なんすか?」
「声」
「あ……」
周囲を見る。
何人かの新兵がこちらを見ていた。
「すみません」
コルティオが声を落とす。
だが、その興奮は収まっていなかった。
「それだけじゃないっすよ。ジルライト大将もいるっす」
さらに別の方向を見る。
「向こうにはエンデヴァー大将もいる」
「本当によく見つけるわね……」
「こんな機会、滅多にないっすから」
ナタリアが呆れたように笑う。
ラウルは二人の会話を聞きながら、壇上を見つめていた。
これまで名前でしか知らなかった者たちがいる。
王国軍を動かす人間たち。
その存在を目の前にすると、自分が本当に巨大な組織へ入ろうとしているのだという実感が湧いてきた。
やがて、広間のざわめきが静まっていく。
壇上へ一人の男が姿を現した。
アーヴァルト王国、第52代国王。
シャルル・アーヴァルト。
二千人の新兵が一斉に壇上へ視線を向けた。
シャルルは中央まで進むと、並んだ新兵たちを見渡す。
「まずは、諸君の王国軍への入隊を心から祝おう」
広大な広間に国王の声が響く。
「今日ここに集った諸君は、それぞれ異なる土地に生まれ、異なる道を歩んできたことだろう」
静まり返った広間で、誰もがその言葉へ耳を傾けている。
「だが、今日からは同じ王国軍の一員だ」
シャルルは新兵たちをゆっくりと見渡した。
「これから諸君には、この国への忠誠を願う」
「その忠誠の先にあるものを、決して忘れないでほしい」
一拍置く。
「我々が守るのは、この国で生きる人々だ」
ラウルは黙って国王を見つめる。
「軍人として進む道は、決して穏やかなものではない」
「時には大きな荒波に呑まれそうになることもあるだろう」
国王の声が強くなる。
「それでも、守るために立て」
「生き残るために考えろ」
その言葉に、ラウルは昨夜まで何度も思い返していた父の言葉を重ねた。
――命を軽んじるな。
「今日、この道を選んだのは諸君自身だ」
国王は真っ直ぐ新兵たちを見据える。
「ならば共に、この国を守ろう」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「うおおおおおおおっ!」
二千人の新兵から大きな声が上がった。
広間が震えるほどの声援だった。
拍手が重なり、熱気が一気に広がっていく。
ナタリアも目を輝かせながら拍手を送っている。
コルティオも興奮を隠していなかった。
ラウルも壇上を見つめたまま、静かに拍手を送った。
やがて声援が収まり始める。
国王の隣へ一人の男が進み出た。
宰相、レオニード・ヴァルステッド侯爵。
レオニードは新兵たちを見渡すと、静かに口を開いた。
「諸君も知っている通り、我がアーヴァルト王国は数多くの国と国境を接している」
「そして今なお、それぞれの地域に多くの問題を抱えている」
先ほどまでの熱気が僅かに落ち着く。
「国境を守る者がいる」
「街道を守る者がいる」
「都市の治安を担う者がいる」
「そして、戦場へ赴く者もいる」
レオニードは一度言葉を止めた。
「そのすべてが、容易に解決できる問題ではない」
「だが――」
二千人の新兵へ視線を向ける。
「いつの日か、今日ここに立つ諸君の貢献によって、一つでも多くの問題が解決されることを願っている」
再び大きな拍手と声援が広間を包んだ。
国王と宰相が新兵たちへ一礼する。
そのまま壇上を離れようとした時だった。
ラウルは国王の視線が一瞬だけ横へ向いたことに気づいた。
「……?」
その先には、何人かの貴族が並んでいる。
ほんの一瞬。
国王はすぐに前へ視線を戻した。
だが、なぜかラウルの目には残った。
「コルティオ」
「なんすか?」
「あそこにいる三人、分かるか?」
ラウルが視線で示す。
コルティオが目を細めた。
「どこっすか?」
「あそこだ」
「ああ……」
少し眺めた後、コルティオが答える。
「アーノルド公爵、ドルドウィン公爵、それからセルナース侯爵っすね」
「そうか」
「どうかしたんすか?」
「いや」
ラウルはもう一度三人を見る。
「少し気になっただけだ」
それ以上は口にしなかった。
国王の視線に何か意味があったのか。
それとも、ただ偶然そちらを見ただけなのか。
今のラウルには判断できない。
国王と宰相が壇上を去っていく。
拍手はまだ続いていた。
やがて入れ替わるように、二人の人物が壇上の中央へ進み出る。
「シュトライザー軍務長長官とフォージア訓練長長官っす」
今度のコルティオの声は、先ほどよりずっと小さかった。
軍務長長官ヴァレン・シュトライザー。
訓練長長官デュラン・フォージア。
二人が並ぶと、広間は再び静かになった。
まずヴァレンが口を開く。
「本日をもって、諸君は王国軍の新兵となる」
低く落ち着いた声が広間へ響く。
「明日より、指定された軍宿舎へ入ってもらう」
続いて、宿舎での生活や軍人として守るべき規律について説明が行われていく。
華やかな言葉はない。
必要なことを一つずつ、淡々と伝えていく。
やがて説明を終えると、ヴァレンが一歩下がった。
代わってデュランが前へ出る。
「新兵訓練は明日より開始する」
何人かの新兵の表情が引き締まった。
「軍学校を卒業した者も、そうでない者も関係ない」
「ここにいる全員が、新兵として訓練を受ける」
ラウルも黙って聞いている。
「基礎体力、規律、戦闘技術、部隊行動」
「王国軍の兵士として必要なものを身につけてもらう」
軍学校を主席で卒業した。
その事実が消えるわけではない。
だが、明日から始まる場所では、自分も二千人の新兵の一人だ。
ラウルは改めて壇上を見つめた。
「訓練開始は明朝。遅れることのないように」
その後、宿舎への移動や集合時刻など、必要な説明が続いた。
やがて、すべての予定が終了する。
二千人の新兵を迎えた入隊式は、大きな拍手の中で幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
三人は宿へ戻っていた。
明日から軍宿舎へ入るため、荷物はすでにまとめられている。
ベッドに腰掛けたナタリアが、ふうっと息を吐いた。
「すごかったね」
「そりゃそうっすよ。国王に宰相、五大長官、それに各軍の大将までいたんすから」
「コルティオはずっとそっち見てたわよね」
「当たり前じゃないっすか。あれだけ揃ってるところなんて、そうそう見られないっすよ」
「式の話は?」
「ちゃんと聞いてたっすよ!」
ナタリアが笑う。
窓際にいたラウルも僅かに口元を緩めた。
「ラウルはどうだった?」
ナタリアに聞かれ、ラウルは少し考える。
「思っていたより大きいな」
「王宮が?」
「王国軍が」
二人がラウルを見る。
「二千人の新兵に、軍を動かしている人間たちがあれだけ集まっていた」
ラウルは窓の外へ視線を向ける。
夜の王都には、数え切れないほどの灯りが見えた。
「自分がどこに入ろうとしているのか、少し分かった気がする」
「確かにそうっすね」
コルティオも頷いた。
「でも、明日からは俺たちもその王国軍の一員っすよ」
「そうね」
ナタリアの声が弾む。
「いよいよ始まるんだ」
ラウルは二人を見る。
馬車の中で話した不安。
父から聞いた王国軍の現実。
それらを忘れたわけではない。
それでも、今日目にしたものは三人の期待をさらに大きくしていた。
「ああ」
ラウルは短く答えた。
明日から軍宿舎へ入り、新兵訓練が始まる。
三人にとっての王国軍での日々は、ようやく始まろうとしていた。




