98.舞踏会③
「ロイド様!」
声を掛けられ、振り返る。
そこには、ティーダ国伝統のドレスを身に着けたアビゲイル嬢がいた。
ティーダ国は、公式の場では白を身に着ける。
アビゲイル嬢も例に漏れず、金色の糸で細かな刺繍が施されている白い布を上半身に巻き付けていた。右の肩が露出しており、鎖骨のラインが色気を醸し出している。
下半身は妊娠中のお腹に負担とならない筒状のスカートとなっていた。
「これはアビゲイル王子妃様。本日も、ご機嫌麗しく…」
「嫌ですわ、ロイド様。王子妃なんて仰らないでくださいまし。昔のように、アビゲイルとお呼び下さい」
「いえ、そういうワケにはいきませんよ。この舞踏会は公式なものですし、各国の大使もたくさんいらっしゃいます。何よりも貴女は、ティーダ国の正式な王子妃なのですよ」
その言葉にアビゲイル嬢は拗ねたような顔をする。
はぁ…、いい加減にしてほしい。
あの嫉妬深い王子の目を盗んでここまで来たのだろうが、バレているぞ。
こちらに向かって、彼の殺気がビシバシ飛んできていた。
レオ王子は話の長い大使に捕まったらしく、中々話を切る事が出来ない。
イライラしているのが漏れ出ている。
ただ、この大使は世界中にコネクションがある重要人物だ。
蔑ろにすることはできない。
なるべく早く会話が終わるように努めているが、上手くいかないようだった。
そうしている間にも、アビゲイル嬢が攻めてくる。
「昔は、良かったですわね…。同じ公爵家の者として対等でいられましたから。ロイド様ともこんなに距離が開いていなかった…」
そう言ってアビゲイル嬢が、俺に向かい手を伸ばしてくる。
ヤバイ…。彼女との距離は、成人男性の一歩分くらいしか無い。
後ろにさがるのも失礼に当たる為、避ける事もできない。
レオ王子に怒鳴り込まれるのを覚悟しなければ。
あぁ…、めんどくさい…。
半ば諦めかけていたその時、俺の横から誰かが抱きついてきた。
この匂いは…。
「アビゲイル王子妃様!お戯れはお止め下さい。レオ王子がこちらに向かって来ていますよ?」
そう忠告したのは、レティだった。
俺のピンチに駆けつけてくれるなんて!
ヒーローみたいだ!惚れ直す!
俺が感動していると、レオ王子の声が聞こえた。
「どういう事だロイド・ウィラー!俺の妃を誑かしていたのか!」
もの凄い剣幕でレオ王子がやってきた。
レオ王子は、立ち襟の白い衣装を身に着けている。こちらも金糸で細かい刺繍が施されていた。
腰には、自身と同じ紅色の布を帯のようにして巻いている。
背が高くガタイも良いので、もの凄く華やかな出で立ちだ。
しかし、顔には嫉妬の色がありありと出ている。
そんなにアビゲイル嬢が大事なら、リードでも付ければいいのに…。
弁解しようとするとレティが口をはさむ。
「レオ王子!しっかり奥様の手綱を握って下さい」
「何だと?」
レオ王子の紅い瞳がレティを捉えた。
レティの生家があるミレン辺境伯領は南に位置しており、ティーダ国に面している。
その為、外見に似た特徴があった。
それが瞳の色だ。
二人共、ルビーのような紅い瞳をしている。
レティがレオ王子を見据えたまま言い放つ。
「レオ王子が外交に勤しんでいるのは大変良い事ですが、ここはミストラル王国です。アビゲイル様の故郷なんですよ!郷里への想いに駆られ、レオ王子がちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまうかもしれないのですよ!」
「あ、あぁ…」
レオ王子がレティの勢いにたじろいでいる。
しかし、話している内容が小さな子どもが迷子になってしまうプロセスみたいなんだが…。
「アビゲイル様もです!夫が仕事にかまけて相手にしてくれないからと言って、他の男にすり寄らないでください!そんな事では寂しさは紛れませんよ!」
「わ、私は別に…!」
アビゲイル嬢が、図星を突かれ慌てている。
「それにアビゲイル様のような美しく聡明な方と、逞しくて勇ましいレオ王子がセットになって外交をした方が成果が上がると思いますよ?レオ王子も過保護すぎます!アビゲイル様は優秀な方なんですよ?」
レティの言葉に、二人はお互いを見つめた。
そして、気恥ずかしそうに口を開く。
「ごめんなさい、レオ。私、放っておかれて拗ねていたの…」
「アビー、俺の方こそごめん。君の優秀さは、学園生活で既に知っていたというのに…」
レティの叱責で、二人共素直になれたようで良かった。
流石は俺の婚約者だ。
俺は穏やかな気持ちでレティを見つめる。
その様子を見て、レオ王子が話しかけてきた。
「ロイド・ウィラー、すまなかったな」
「いえ、大丈夫です」
レオ王子が謝るとは…。少し驚いた。
「いや、お前のその顔を見たら、アビーに気持ちが無い事なんて一発でわかるのに…。俺は視野が狭かったんだな」
顔?いったい、俺はどんな顔をしているんだ?
「何だ無自覚か?スカーレット嬢を見るお前の顔は、愛しい者を見る目をしているぞ。俺がアビーを見るような顔と一緒だな」
そう言って、レオ王子はアビゲイル嬢の肩を抱く。
「では、アビー。一緒に外交してくれるか?」
「任せてよレオ!この国は私の庭なんだから」
「頼もしいな。では、ロイド、スカーレット嬢!失礼するぞ」
片手を挙げ、レオ王子とアビゲイル嬢が去っていく。
もう、絡まれない事を祈る。
姿が見えなくなった後、俺はレティに向き直る。
「助かったよレティ。ありがとう」
「いえ!私の為でもありましたから…」
「レティの為?」
俺は首を傾げる。
するとレティは顔を真っ赤にして、もじもじしながら答える。
「だって…、アビゲイル様はすごくお綺麗だから、ロイ様を盗られてしまうのではないかと思って…」
嫉妬ですか!
可愛い!めちゃくちゃ可愛い!!
俺の婚約者が最高すぎる!
俺はレティを抱きしめ囁く。
「聞いて。未来永劫、俺が最愛と思うのはレティだけだよ」
ティーダ国の正装のイメージは、タイの衣装です。
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