16. sideスカーレット②
「レティ〜〜!!」
部屋の扉を開け、クロエが飛び込んでくる。
「どうしたの?クロエ」
「レティ!お兄様とはどうなってるの!!」
私は驚いて、刺繍針を指に刺してしまった。
「痛っ!」
「あっ!ごめんなさい!私が飛び込んだばっかりに…。大丈夫レティ?」
涙目になりながら、オロオロとクロエが心配してくれる。
「ちょっと刺さっただけだから大丈夫よ、クロエ。舐めとけば治るわ」
「本当に本当にごめんなさい!あぁ…もう少し落ち着かなきゃとは思ってるんだけど、実家だとどうしても無理だわ…」
「王宮に行っている時や、アレクシス殿下の側では完璧じゃない。実家くらい、気を抜いてもいいと思うわよ」
私はそう言って、この可愛らしい友人を元気づける。
実際、クロエはとても頑張っている。
未来の国母としてアレクシス殿下の横に並び立とうと、血の滲むような努力をしているのは、私含めこのウィラー公爵家の者はみんな知っている。
だからどうしてもこの家では甘やかしてしまうのだ。
ロイ様には怒られてしまうけれどね。
「レティ、そのハンカチの刺繍綺麗ね。お兄様にあげるの?」
「えぇ。いつも頑張ってくださっているロイ様に、健康祈願を込めて作っているの」
「お兄様、きっと喜ぶわね」
「そうだと嬉しいわ」
私はロイ様を想って頬を赤らめる。
クロエが目ざとくその様子に気付いた。
「ところでレティ。お兄様とはどこまでいったの?」
「どこまで、とは?」
「もう!男女の関係の事よ」
「だ、男女の関係?!」
クロエがニヤニヤしている。
放たれた言葉に衝撃を受ける。
ど、ど、ど、どういう事かしら。
なぜ、クロエはそんな事を?
オタオタしていると、クロエがまた話してくる。
「この前、サロンで二人きりにしてあげたじゃない。あの後、お姫様抱っこでお兄様の部屋に連れ込まれてたって、侍女達が噂してたのよ」
あ〜、あの時の話ね。
びっくりした…。
『男女の関係』なんて言うから、イスタークお兄様とガブリエラお義姉様の事がつい頭に浮かんでしまったわ。
危ない、危ない…。
あれは特別な訓練を乗り越えた男女の在り方だ、レティにはまだ早い、とクリスお兄様が言っていたじゃない。
ミレン家とロイ様を一緒にしてはダメよ。
それにしても、あの詩には本当に心打たれたわ。
私はその時の事を思い出して、うっとりしてしまう。
「何その表情!レティ、色気が凄いわよ!お兄様ったら、そんなにテクニシャンなの!?」
「確かに凄かったわ」
文法の技法が。
「これでは子どもが出来るのも時間の問題ね…」
「子ども?クロエは何を言っているの?」
私は不思議に思って聞く。
さすがの私でも、詩の交換をしただけで子どもが出来るとは思っていない。
まさか!
クロエは子どもの作り方を知らないんじゃないかしら?
みんなが、妖精のようなクロエを思い遣って、誤魔化しているのかしら?
これは未来の義姉としては見過ごせないわ!
「クロエ、聞いて。子どもは詩の交換をしただけでは出来ないのよ」
「えっ?詩の交換?そっちこそ何の話なの??」
「さっきの話よ。私はロイ様と部屋で詩の交換をしていただけよ」
「……えっ?」
「素敵な詩を読ませてもらったわ」
「でも、テクニシャンか聞いたら凄いって…」
「文法のテクニックの話よ?」
クロエがフリーズしている…。
目の前で手を振っても何も反応しない。
気絶?
えっ?大丈夫かしら??
私は心配になって誰かを呼びに行こうとすると、唐突にクロエが叫ぶ。
「な、な、な、何をやっているの〜!!あのヘタレ兄!!」
あまりにも大きな声だったので、使用人達がびっくりして一斉に部屋に入ってくる。
ただ、クロエのその姿を認めると、
「なんだ、クロエ様のご乱心か…」
と言って帰って行く。
あれ?クロエはみんなに甘やかされているのではなかったの?
これではまるで…。
「レティが今、思っている通りだよ。だから甘やかすな、と言ったんだ」
この耳が喜ぶバリトンボイスは!!
「ロイ様!」
私は嬉しくなって声のした方を振り返る。
そこには、この世で一番愛しい私の婚約者がいた。
いつ見ても素敵である。
「ただいま、レティ」
「お帰りなさいませ」
私は嬉しくなって顔が緩んでしまう。
そんな私を見ながらロイ様は話を続ける。
「クロエは甘やかされているんじゃない。諦められているんだ」
「えっ!!」
「猪突猛進なあの性格に付き合った使用人が、みんな等しくひどい目に合っている…。付き合えるのは研究者か炭鉱夫ぐらいだよ」
「そうなんですか!?」
「レティは、ウィラー公爵領でクロエが何と呼ばれているか知ってる?」
「妖精姫では?」
「違う…。ドワーフ姫だよ」
「えぇっ!!初耳です…」
「だろうね…。他所では猫を被ってるから」
「ヘタレのお兄様には言われたくないですわ!!」
クロエがロイ様に食ってかかる。
「ちなみに、アレクシス殿下は知ってらっしゃるのですか?」
「あぁ。知ってて好きらしい。モノ好きだよね」
衝撃の話だ。妖精のように可愛いクロエがドワーフなんて…。
私もお転婆な自覚はあるが、クロエは一体何をやらかしたのかしら…。
そんな事を思っていると、突然ロイ様に手を取られる。
「…レティ、どうしたんだ!指から血が出てるじゃないか!!」
「あっ!それは先程、刺繍針で少し指を刺してしまいまして…」
「痛かっただろう?可哀想に…」
「少しなので全然平気ですよ」
そう言った途端、ロイ様に指を咥えられた。
そのまま吸われ、ペロリと舐められる。
「ひ、ひやぁぁぁ…」
声にならない声が出た…。
「とりあえず応急処置。きちんと消毒してもらってね」
そう言ってロイ様は立ち去る。
私は真っ赤になって呆然と見送る事しかできなかった。
隣でクロエが、
「あんな色気振りまいて…。宝の持ち腐れとはまさにこの事ね」
と言っていた。
いやいや、私にとっては全然持ち腐れてないです!
むしろ、クリティカルヒットです!
とは、思考が追いつかず、今の私は言う事ができなかった。
ロイドさん、無自覚に意外と攻めてます。
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