いざ戦場へ
昼食を終えて二人は医療棟へ向かう。
決戦前にして、エノクは既に疲労困憊状態だった。
その原因は徹頭徹尾、隣を歩く少女にある。
ホタルの涼し気な顔は、それこそ原因が自分には無いといった面持ちで、端から見ればエノクが筋違いな恨みで睨んでいるように自然と誤解する光景となっていた。
昼食中は召使い同然だった。
ホタルの紅茶を淹れ、料理を取って来る。
子分として最初の仕事とばかりに、さも当然と指令を出したホタルの態度には声を失ったが、ぐっと屈託を飲み込んで応対した。
心穏やかに食事は取れていない。
始終ホタルへの献身で心の余裕が費やされた。
「声の調子は?」
「問題ないよ」
「あなたの能力は、声に起因する。 声帯を潰されてしまえば、そこであなたの特権は失われてしまうから襲撃時は狙われるかもしれない」
「特権、か」
エノクは特権という一語に苦笑する。
余人に無い能力のために人に疎まれた現状では、最高の皮肉でしかない。
故郷を半ば逐われる形で出て、家族とは離れ離れになり、延いては犯罪者扱いで学園に入学後、さらに殺される羽目に遭う。
いつだったか―――才能とは祝福であると村の老人は、言っているのを思い出した。
常に人より優れた者は神に愛された証。
村には守護神がおり、その力あって海からの魔獣は滅多に侵攻して来ないのだと、村を出る日の少し前に教わった。
そして、エノクは――その守護神に愛されているとも。
たしかに、人並み外れて体は頑丈だった。
そのお蔭で、早くも漁に出て大人の仲間入りを果たすことも出来たのである。
祝福だ――と思っていた。
今は、才能が呪いでしかないと感じる。
その心情を察してか、ホタルの瑠璃色の瞳がエノクへと向けられる。
「どう思うかは勝手だけれど」
「え?」
「優れた才覚は環境を変える力があるわ。 その分、責任を背負わされてしまうけれど、力を使いこなしたときに得られる幸福は、きっと誰にも得難い物のはず」
「…………」
背負わされる責任とは苦労のこと。
エノクは、幸福への道のりが人よりもやや険しいだけという含意がある。
エノクの幸福とは、家族と村に尽くすことだった。
それが、唯一の『恩返し』だから。
だが、もしエノクが力を制御できず、死刑を免れなかった場合は、村は罪人を出した汚名を貼られることになるのだ。
今の自分は、村にとって厄介者でしかない。
そんな状況で、恩返しなど為るものなのか。
「俺は才能っていうより、呪いだよ」
「…………」
「誰かに迷惑しかかけていない。 才能は、限られているけど自分だけじゃなくて周りも幸せにするだろう…………俺にとっては村が全てだった」
「そうね」
「今の俺は、それと程遠いよ」
エノクの一言にホタルが立ち止まる。
「ホタル?」
「あなたは、まだ力と向き合っていないだけ」
「向き、合う」
「あなたの力が、どうあなたの幸福と結びつくか。 まだあなたの世界が村という極小の範囲に狭められているだけ」
「でも、俺の幸福は――」
「これからすることは、あなたがその力を誇れるための第一歩よ」
ホタルがきっぱりと告げる。
エノクは思わずその声の強さに気圧されて止まった。
「自分の才能は呪いじゃない」
「…………」
「才能を呪うことだけはやめて」
エノクは今度こそ沈黙させられた。
ホタルは言うことを終えてエノクの先を行く。
出会ったときから、襲われても毅然とした強さは一時も揺らがない。困難に直面し、絶望して立ち直ることを幾度となく繰り返すエノク自身とは大違いだった。
どうして、そう強く在れるのか。
彼女自身がその才能に苦しめられ、克服して呪いではなく幸福への道標として人生を変えられたからなのだろうか。
ホタルは強い。
だが、何故強いのかは分からない。
もしかしたら――今、自分が見習うべき物がホタルにあるのかもしれない。
確信めいた予感にエノクは俯く。
『ぐるるぁっ』
「いてっ…………レイナル」
肩の上から跳躍し、頭頂に乗る毛玉。
小さく鳴いて、叱るようにエノクの頭を叩く。
「………俺が日和っても駄目だよな」
エノクも彼女の後を追う。
「――――」
治療棟まで会話は無かった。
ただ、目的地から聞こえる騒々しい物音と通路を間髪入れず満たすような忙しない往来に、これから為すべきことを実感して二人は各々で相手を労る言葉すら口にする余裕が無い。
何らかの妨害工作が入る。
悪意を退け、人々を救う大胆な作戦。
その要としての、その要を死守するための責任感に二人は密かな昂りを覚えていた。
医療棟の入口から続く長い通路、受付のロビーを過ぎて北側へと向かえば、観音開きに待つ鉄扉が二人が口を開けて迎えていた。
物音の音源がここである。
ふー、とエノクは深呼吸した。
ホタルも静かに呼吸を整える。
「行きましょう」
「ああ、行こう」




