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第十二話

 で、密偵の男の他にも老魔法使いを捕まえたわけだが。

 こいつらが誰だか知りたいんだが、俺はもちろんレアちゃんもユキカちゃんもエリンちゃんも情報を持ってはいなかった。

 まあ考えてみれば当然だ。

 レアちゃんは二百年後に転送されたから知識があるわけないし、ユキカちゃんもエリンちゃんも天使にされてからレアちゃんに助けられるまで天使にされて神々の玩具になってたせいで、レアちゃんを未来に飛ばしてから今までのことは分からない。


「で、結局君たちは何なのさ。話せるうちに話しておかないと後が辛いよー」


「脅しても無駄だ。拷問してもな。早く殺すがいい」


 ユキカちゃんがヒタヒタと密偵の男の頬に真剣を当ててるんだが、密偵の男の意思の固いこと。

 すっかり覚悟を決めてしまっていて、ユキカちゃんの脅しがまるで脅しになっていない。

 そして老魔法使いの方はというと。


「エリンたんのおっぱい見せてくれるなら、名前くらい教えてやっても良いぞ。だからはよ脱げ、はよ」


「見せるわけがありませんでしょう! このエロジジイ!」


 縛られているのにも関わらず、芋虫のように身体をくねらせて高速這いずりして迫ってくる老魔法使いに、エリンちゃんが必死の形相で逃げていく。

 移動速度が速すぎてキモい。


「……そこまでにしておけ、老人」


 ため息をつきたい気持ちで一杯になりながらエリンちゃんを庇うと、レアちゃんの身体はついでとばかりに老魔法使いの頭を踏みつけた。

 俺本来の感情は苦笑する程度なのだが、耳に聞こえてくる俺の声は氷点下。俺の見下げる視線を見上げた老魔法使いが息を飲む。


「黒か。悪くないのう」


 本当に、ただでは起きない御仁である。


「なるほど。根本的に躾が足りないと見える」


「痛い! さすがのワシでも脳みそが潰れてしまう! 止めるんじゃ!」


 下着を見られるくらい俺はどうってことないものの、レアちゃんはまた別だし大魔王として許すかどうかも別問題らしく、レアちゃん補正が入った俺の体は氷点下の表情を浮かべているようだ。俺自身では見えないとはいえ、顔の感触でどんな表情になっているかは大体分かる。


「大魔王様、私そのお爺さんが誰か知ってますよー。お水じょばー!」


「ぐお、待て、やめろ、俺に放尿するな、アッー!」


 ミリーちゃんが老魔法使いの正体を知っているというので、俺たちはミリーちゃんを囲んで集まった。

 なんか密偵の男がミリーちゃんが息をするように放出した尿を浴びせられているが、まあその辺りはどうでもいい。


「ほう、お主はワシのことを知っておるのか」


 俺に踏みつけられたまま、老魔法使いがミリーちゃんの股間を見上げる。

 シリアス中に見るべき場所はそこじゃねーよ!


「うん。有名だもん。テヌールシティにある魔法使いギルドの筆頭魔法使い、ドラウニス・マルハンクルでしょ?」


 目を丸く見開いたユキカが、驚いて開いた口を押さえた。


「マルハンクル? お爺さんもしかしてガンガスの子孫?」


「直系ではないがの。ガンガス・マルハンクルの弟がワシの祖先じゃ」


 踏みつけていた足が地面に落ちる。

 気付いたら老魔法使いドラウニス・マルハンクルは足元に居なかった。


「ガンガスの血縁ですか……。彼は歴史を紐解けば、魔法に秀でた者を何人も輩出し続けているマルハンクル家に相応しい魔法使いでしたが、あなたも中々の使い手のようですわね。習得難度が高いテレポートの魔法をそこまで自在に使いこなすとは」


 いつの間にか、感心したように頷くエリンちゃんの背後に回りこんで、ドラウニスは彼女の乳を服ごと鷲掴みにしている。

 むに。


「うむ」


 うむじゃねーよ。


「とても良い揉み心地じゃな。お主、まだまだ大きくなるぞ」


「……大魔王レア。私が許します。殺してしまいましょう」


 エリンちゃん気持ちは分かるけど落ち着こう。


「ミリーちゃん。そっちの密偵の名前は知ってる?」


「……えーと、分かんない」


 さすがに密偵まではミリーちゃんにも分からないらしい。

 まあ、一般人にも知られているような有名な密偵じゃ密偵にならないよな。仕方ない。


「ああ、そいつはエウロッハ・ヒュパージじゃ」


「アンタ人の名前何勝手にあっさりばらしてんだああああああああ!」


 いきなり暴露された密偵の男が吼えている。


「隠していても仕方ないからの。口を割らせる方法などワシでも思いつく。死体でも関係なくな。なら最初から腹を割って話した方が良い」


 エウロッハの絶叫を飄々とした態度で流したドラウニスは、やおら真剣な表情になると俺に向き直った。


「さて、大魔王よ。ワシらがテヌールシティに無事に帰るためには、何が必要じゃ」


 ……うん。シリアスにしたいなら、頭に被ってるエリンちゃんのパンツを脱ごうな。

 顔を真っ赤にしたエリンちゃんがスカートを押さえながら背後で杖を振り被ってるぞ。



■ □ ■



 どうしよう。

 敵も味方も個性が強過ぎる奴しか居ない。

 一番個性が無い奴が見た目不審者な密偵君改めエウロッハ君な時点でやばい。


「ほれほれ、ボイーンボイーン」


「お待ちなさい、このクソジジイ!」


 相変わらず事態はカオスで、顔を林檎のように赤くしたエリンちゃんが、鬼の形相でドラウニスを追い掛け回している。

 エリンちゃん本気で怒ってるじゃないか。


「こうなったら俺が刺し違えてでも、大魔王レアの首を、獲る!」


「そんなのボクがさせるわけないでしょ」


 ユキカちゃんとエウロッハ君は二人でシリアスな場面を作り上げているのはいいけど、せめてミリーちゃんはどこかに縛り付けておいた方がいいよ。


「お水じょばー!」


 シリアスだろうが何だろうが、放尿で全部ぶち壊していくので!


「……ところで先ほどから執拗に俺に尿を浴びせてくるこの少女をどうにかしてくれないか」


「あ、無理。その子大魔王レアの言うことしか聞かないから」


 うん。主に某二名が原因のような気がしてきた。

 とにかく今、俺たちはテヌールシティの凄腕魔法使いドラウニスと彼に協力している密偵エウロッハの身柄を確保している。

 殺すのは選択肢から除外するとして、俺の取るべき行動としては、ドラウニス本人が言うように、解放することを対価に労働させるのが選択肢の一つなんだけど、問題は何をさせるべきかという点であり、それについて俺はあまりにも情報が少ない。


『情報を搾り取れば良い。密偵というからには様々な情報を見聞きしていよう。魔法使いも職業柄、皆博識だ。この辺りの地理、世界情勢など、把握すべき事柄は挙げていけば切りが無いぞ』


 含み笑いを漏らしながら、レアちゃんが俺にアドバイスをしてくれる。

 何だかレアちゃんも、身体を取り返そうとする気配が薄くなっているような気がする。


『簡単なことよ。お前に任せていても、大魔王としての威厳を保つことは可能と判断したまで。人間は勝手に我らに敵対してくる。お前は嫌でもそれを撃退せざるを得ぬからな。我はお前が助けを求める直前まで高みの見物をするのみよ』


 レアちゃんが完全に身体の支配権を取り戻すことを諦めた!?

 え、ちょ、俺一人で全部対応しろと!?


『ああ、心配するな。見捨てるつもりはない。何しろ貴様はもう一人の我だ。前世と今生に、何の違いがあろうか。目覚めた貴様の人格もやがては眠りにつくであろう。そうなれば、自ずと身体の支配権も我に戻ってくる。故に我にも余裕ができたということよ』


 完全に、レアちゃんは落ち着いた態度を取り戻している。

 現状を把握して、冷静になったんだ。


『話を戻すぞ。落としたこの街も、整備しなければろくに使えん。復興を手伝わせるのもいいだろう。お前が判断するのだ。──ところで、そのジジイにいつまで好き勝手させるつもりなのだ貴様』


 うん?


「むぅ。さすがに大魔王レアはガードが固いのう。どのアングルでも暗くて中が見えぬ。一体どういう原理なんじゃ」


 いつの間にかドラウニスが俺の足と足の間に頭を突っ込み、仰向けの状態で転がっている。


「あ、あ、あ、あなた大魔王レアにまでなにしてますの!?」


「あははー。……斬り殺してやる」


「お水じょばー!」


「もう嫌だこんな上司……!」


 エウロッハ君は本当にご愁傷様です。

 怒りすぎてエリンちゃんの頭の血管切れないか心配になってきたし、ついでにいうとユキカちゃんまで段々ヤンデレ染みてきて怖い。

 そしてミリーちゃんがさっきから放尿BOTと化している点について。

 動きが止まって薄ら笑顔を浮かべながら「お水じょばー!」っていうセリフと共に小便を撒き散らしている。怖い。またいつ予測不能な動きをするか分からないのも怖い。

 とにかく、事態を収拾させないと。

 まずはドラウニスさんを止めなきゃいけない。

 そう思った俺の意思に反応し、レアちゃんの身体は躊躇なく足元のドラウニスさんの腹を踏み抜いた。


「げぼあーっ!?」


 俺の足に骨と内臓を潰した生々しい感覚が伝わる。

 違うそうじゃないそれドラウニスさんの生命活動が止まっちゃうからああああああああ!?

 相変わらずレアちゃんの曲解補正が絶好調で、俺は内心うろたえまくりながら血反吐を吐くドラウニスさんの腹を容赦なく踏み躙った。


「ぐはあーっ!?」


「大魔王レア、容赦なくてやっぱり素敵だなぁ……♪」


 悶絶するドラウニスさんを見て、とうとうユキカちゃんがうっとりと手を両頬に当て、蕩けた目を妖しく輝かせて俺を見つめ始める。

 恍惚のヤンデレポーズは怖いので止めてえええええええええ!

 と、とにかくドラウニスさんに意識を集中して乗り切ろう。

 この人地味に【魔神の鉄槌】で迎撃されないように攻撃してきたから、警戒しないと。


「お前は上手く敵意を隠す術を知っているようだからな。まずはその術を吐いてもらおうか」


「ワシは煩悩の塊じゃからな。生まれつき他人に敵意が伝わり難いのよ。大魔王レアよ。貴様の能力をワシは煩悩で欺くことができるのじゃ!」


 嫌過ぎる種明かしである。

 もう言動が胡散臭くて、嘘を言っているのか本当のことなのか分かり辛くて仕方ない。


「……もう良い。街の復旧に当たれ。終われば帰って構わん」


 何だか疲れて適当な用事を言いつけたら、返事がない。


「レア。ドラウニスは先ほどの言葉を遺言にたった今息を引き取りましたわ。さすがに死にますわよ、その怪我は」


 どうやらやり過ぎたらしい。

 確かに流れている血の量は多かった。

 でもあんな遺言嫌すぎるぞ!


「復活じゃあー!」


 何だか生き返ったらしい。

 いやどういうことだよ!


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