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メインクーンはじゃがいもですか?


 目が冷めた葵は、見覚えのある天井にドキリとした。

 耳を澄ますと、例の如く、カッポーンカッポーンと、聞き慣れたししおどしの音に、懐かしいお線香の匂いとそこに混じる畳の匂いに、霧吹の家の部屋だと気付いたが、全身打撲のおかげで痛くて体が動かない。首を回そうにも、ムチ打ちのようになっているので回らない。その首には包帯、体中も包帯でぐるぐるミイラのようになっていた。従って、起きても起きたと合図できないわけだが葵の視覚の隅に黒い丸。


 防犯カメラだ。

 まさかの部屋に防犯カメラ。

 自分の部屋にもあったのかと思うと、末恐ろしくてそれ以上考えられなかった。

 ドッキンドッキンする心臓をなだめ、防犯カメラを凝視する。カメラの中に小さい人がいて、監視されているような気分になる。

 きっとそこには四郎がいるんだろうが。

「起きたか?」

 聞き慣れた懐かしい声が聞こえ、その方を目で追うと、天井角にスピーカー。声はスピーカーの中から聞こえてくるのが分かった。

 そのセクシーなハスキーボイスは相変わらずだった。

「霧吹さん?」

「おお、そうだ」

「私のことひいたの、霧吹さんなんですね」

 今こそ言ってやれ!

「んにゃ(違う)」

 そうくるのも想定の範囲内ってね。

「ちゃんと見ましたから」

「......次郎だ。俺は乗ってただけだな」

「でも車の持ち主は...」「組の物だ」

「......3度もひいたんだか...」

「ひいてねぇ、はねたんだ」

「...はねたんですから、責任取って下さいね」

口だけは自由に動くのをいいことに、スピーカー越しに声を張った。

 無言。

 エベレストの山頂には植物すらないという。生き物がいない場所には音は無い。今こうして生きているから、いろいろな音が聞こえるわけだが、全く生き物がいない場所では音は、『しーーーーーん』と聞こえるということだ。

 今がまさしくそれだった。


「責任って、何を望むんだよ」

 あからさまに面倒くさい声がスピーカー越しにも分かる。 

「傷がつきました。3回も」

「...ああ、そうか。箔がつくなぁ」

「霧吹さんとは違うんです!」

「ブチのめされたいのか?」

「兎に角」


 葵は一回呼吸を整え、深呼吸した。

 肋骨にもひびが入っているのか、大きく呼吸ができない。


「一緒にいさせてくださいね。呼吸がちゃんと出来ないのも、体が痛くて動けないのも、こんな気持ちにしたのも、ぜーんぶ霧吹さんのせいです」

「よし分かった一緒にいてやろう。三日でいいか」妥協した。

「バカなんですか?」

「今からぶん殴りに出向いてやっから、そこで正座して待っとけや」

「ですから、これからも...」

「お前と俺は住む世界が違うし、」「犬山の叔父さんの娘です!同じようなもんですよね」


 美紀子が言ったようなことと同じことを言う葵に、霧吹はじめ舎弟たちももしかしたら葵は美紀子サイドの似たような女なのかもしれない。

 これは、化けるかもしれないなと、闇夜を切り裂く直感で感じた。

「.........」

 そう言われると、またも霧吹の心の中に、天使霧吹と悪魔霧吹が顔を覗かせた。

 心の中で葛藤すること数秒。

「分かりました?霧吹さん!」

「聞こえてるようるせーな」


「分かりました。じゃ、告白します」

 葵以外のみんなは、もう既に告白したではないか!と心で突っ込んだが葵だけはいまだ本気だ。


「霧吹さんのその両腕にいる変な金魚が、時間と共に萎れても...」

「これは鯉だ」

「胸に描かれているひょっとこのお面みたいのが疲れ切ってへんな安物のお面みたいになっちゃっても...」

「般若 怒」

「あー、花びらでしたっけ? そのちらちら散ってる細かいの? それが、えーとなんだその、ブタの足跡みたいに変わっても」

「さくるぁぁぁぁぁ......ふぶくぃぃ(桜吹雪)(怒)」

 霧吹は頭に血が一気に上ってくるのを感じた。

 葵はここでまた一息つく。

 霧吹の後ろに控えている次郎と三郎と四郎が直立したまま一生懸命に、笑いをこらえていた。

 霧吹はモニターを見ながら怒りに顔が真っ赤になっていた。

 葵は更に続けた。


「背中にいる...」


 次郎に三郎に四郎がゴクリと喉を鳴らした。

 霧吹は首を左右にカキカキ鳴らし、葵をボッコボコにする準備を整えた。


「背中にいる、ライオンが...」


「とるぁぁぁぁぁぁぁ!(虎)(怒)」

 

 きんきん声は部屋中にいや、家中に響き、鼻の穴を最大限に開きまくって地団駄を踏み、血管を浮き上がらせた。

「葵さん、若の自慢の虎を」

 思わず次郎が口をはさみ、その口元を手で覆った。


「その虎がこれから年を取って見た目メインクーンみたいな垂れ目の可愛らしい猫になって更に年を取って何やらやつれた老猫になったとしても!」


 一気に言った。


「メインクーン? 老猫だぁ? (怒怒)」


 フンガッフンガッフンガっと鼻息を荒々しく、まるで蒸気機関車のように吹き散らした霧吹は、怒りで目が真っ白になってきた。

 それはさながら獲物を見つけたサメのようだ。


「一緒にいる自信がありますから!」


 ど天然な葵は超真剣だった。これが、葵が思いに思った霧吹への告白だ。

 なんともお粗末極まりない。

 白目を剥き、頭からは角、般若そっくりの表情になった霧吹は、モニターにガラスの灰皿をクリーンヒットさせた。


「このクソ女がー!」


 怒り狂う霧吹を次郎がなだめるが、その顔は笑いをこらえていた。四郎はぶっ壊されたモニターの確認に走り、三郎はガーゼのハンカチで頭の汗を拭った。ついでに笑いをこらえていたために浮かんだ涙をそっと拭う。


 何の声も聞こえなくなった葵は、ひたすらにカメラを凝視し、スピーカーに耳を傾けていた。


「上等だクソアマ! てめーこの野郎、そこまで俺をバカにしたなら、きっちりかっちりその責任を心と体で払ってもらうからな! いいか! 覚えとけ」

 ぶっちぎれる霧吹は、言い切ると怒りを露わにして、部屋のドアを蹴破った。

 もちろん行き先は、葵のところだ。

 残された次郎と四郎は何やら話に小花を咲かせていた。

「葵さんの持ってたスーパーの袋に入ってたものをですね、うちの冷蔵庫に入れたんですが...」

「あ?葵さんの荷物だろうが?何を勝手に」

 次郎は四郎の頭を軽く叩いた。三郎は霧吹を追って部屋を出て行ったが、次郎は四郎に呼び止められて、ここにいるわけだ。


「気になりましてね」「何が」

「さっき葵さん、メインクーンって言ってましたよね?」

「? ああ、メインがなんとかって言ってたな」


 これを見て下さいと、袋を差し出す四郎の顔はクエスチョンマークだらけだ。

 それを手に取った次郎もまた、クエスチョンマークだらけになる。


「葵さんて本当に若のこと好きなんすかね?」

「若のことを.........扱いか?」

 若の背中の虎がメインクーンで、それはじゃがいもで、それが若???

 ん?

 どういうことだ? 解せぬ。

 大の大人が二人、じゃがいもの袋を眺めて疑問にぶち当たる。

 よく見りゃその袋には、『メイクイーン』と書いてあるが、カタカナ語に弱い二人にはそれは『メインクーン』にしか見えなかった。


「次郎さん、もしかして若は」

「葵さんにとっては...じゃがいもってことか?」


 怖い物知らずとは......と青くなる二人の勘違いな男。




「メインクーンはじゃがいもですか?」

「ああ、間違いなくそうとしか考えられねーな」


 次郎は大きく頷いて、葵が元気になったら事の真相を聞き出すことにしようとモニターに目を映したが、霧吹がぶっ壊したモニターには何も映っていなかった。


「メインクーン......手強い敵が現れたぜ」


 次郎は真っ黒いモニターの向こうにいるはずの葵に向かって静かに言う。

 動けない葵はいまだカメラをじっと見つめ、スピーカーに耳を傾け続けていた。

 しかし、その顔は笑顔でいっぱいだった。


                                  【完】



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