第3話:死刑台への招待状
翌朝、私の目覚めはかつてないほど爽快だった。
昨夜の夜会での出来事を思い出すたびに、胸の奥から笑いが込み上げてくる。
あの後、エドアルド様はすぐにミリアを連れて帰ってしまったけれど、それは当然だわ。あんな汚れたドレスを着た女、一秒だって隣に置いておきたくないもの。
「待っていてくださいね、エドアルド様。あと少しで、貴方を縛り付ける『呪い』を解いて差し上げますから」
私はドレッサーの引き出しから、小さな桐箱を取り出した。
中に入っているのは、禍々しい黒色の宝石――闇市で手に入れた『洗脳の魔石(の模造品)』だ。
私のシナリオは完璧だ。
ミリアがこの魔石を使ってエドアルド様を操り、無理やり婚約を継続させている……という筋書きである。もちろん捏造だけれど、今の彼なら、この証拠を突きつければ「やはりそうだったのか!」と我が意を得たりと頷くはず。
私は早速、彼への手紙をしたためた。
『ミリア様の黒い秘密について、重大な証拠を見つけました。貴方様を救いたいのです』
と。
***
返事は、驚くほど早く届いた。
その日の夕方には、公爵家の紋章が入った漆黒の封筒が私の元へ舞い込んだのだ。
「まあ! なんて情熱的なのかしら!」
私は封を開け、達筆な文字を目で追った。
『エリーゼ嬢。
君の勇気ある行動と忠告に、心を動かされた。
その件について、誰にも邪魔されずに二人だけで話がしたい。
明日の午後、我が屋敷の“奥庭”にて茶会を用意して待っている。
――エドアルド』
「……二人きり、ですって」
頬が熱くなる。これは実質的なデートの誘いであり、そして共犯への招待状だ。
彼はもう、私をパートナーとして認めているのだわ。
上機嫌で明日のドレスを選んでいると、背後で髪を梳いていた侍女が、怯えたような声を出した。
「あ、あの……お嬢様。本当に行かれるのですか? ヴァン・クライスト公爵家へ……」
「あら、何か文句でも?」
「いえ、その……最近、街で奇妙な噂があるのです。公爵家へ奉公に上がったメイドや庭師が、誰一人として戻ってこないと……。屋敷の近くでは、夜な夜な何かを押し潰すような音や、悲鳴が聞こえると……」
侍女の手が震えている。
私は呆れてため息をついた。これだから平民は。
「馬鹿馬鹿しい。それはきっと、あの陰気なミリアのせいよ。彼女が癇癪を起こして使用人をいじめているか、あるいは彼女自身が不吉な空気を撒き散らしているから、そんな噂が立つあがるのよ」
「し、しかし……『人喰い公爵』なんて異名も……」
「お黙りなさい! エドアルド様を愚弄することは許さないわ」
私は侍女を睨みつけ、鏡の中の自分に微笑みかけた。
人々が恐れる「人喰い」の噂。それすらも、選ばれし者である私には関係のないこと。むしろ、そんな危険な香りのする彼を飼いならせるのは、私しかいないのだ。
***
そして約束の午後。
私は馬車を降り、公爵家の門をくぐった。
鬱蒼とした森に囲まれた屋敷は、昼間だというのに薄暗く、静まり返っている。
手入れされているはずの庭の薔薇は、毒々しいほど赤く、そしてなぜか鉄錆の匂いが漂っている気がした。
「ようこそ、エリーゼ嬢」
出迎えたのは、年老いた執事ただ一人。
他の使用人の姿はどこにもない。
静かすぎる廊下を歩きながら、私は胸を高鳴らせた。これは、私と彼のためだけに用意された特別な空間なのだ。
「旦那様は、奥の温室でお待ちです」
案内されたのは、屋敷のさらに奥。ガラス張りの巨大な温室だった。
扉が開かれると、むせ返るような花の香りと、湿った熱気が私を包み込む。
そこには、白いテーブルセットが置かれ、エドアルド様が座っていた。
相変わらず息を飲むほど美しい。そしてその隣には――誰もいない。
ミリアはいない。
「来てくれて嬉しいよ、エリーゼ嬢」
エドアルド様が立ち上がり、私に向かって手を差し伸べる。
その瞳は、獲物を見つけた猛獣のように妖しく輝いていた。
ああ、やはり私の勘違いではなかった。彼は私を求めている。
「エドアルド様、お待たせいたしました。……さあ、悪夢を終わらせましょう」
私は勝利を確信し、その手を取った。
背後で、温室の扉が重々しい音を立てて閉ざされ、錠が下りる音がしたことにも気づかずに。
そして、茂みの陰から、虚ろな目をした何者かが、じっと私を見つめていることにも。




